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006.いじらしい妃


 な、なんだってー!!


 ……なんて事には、ならない。だって事前に知ってたからね。


 母様が、


「あの色欲王、また新しい妃を迎えるそうよ。不愉快だけれど、これで《夜伽》の回数が減ると思えばむしろ嬉しい事かしら?」


 と言っていた。時期は忘れたが、結構前だったと思う。


 まあそんな訳で、別に驚きでも何でもなかった。王族には事前に伝達があったらしく、カーティス兄様やフィオレンサ姉様も驚いていない。


 しかし貴族達はさぞ驚きだろう……と思ったが。


「おぉおぉぉ」

「なんですってー?」

「まさかー!」


 棒読み。見事なまでの棒読みである。


 父様の方を見ると、「あれ、こんなはずじゃ」といった表情をしている。


 一瞬どういう事か分からなかったが、すぐに母様が答え合わせをしてくれた。


「もしかして、サプライズのつもりだったのかしら。ああいったものは事前に根回しされるのに。貴族達も偉いわね。わざわざ驚く《ふり》をしてあげるなんて」


 ああ、なるほど。


 父様は貴族達にサプライズしようとしたものの、家臣だかなんだかが先に「陛下はサプライズをする予定だ。驚けよ」みたいな伝達をして、結果こうなった……って感じ?


 わざとらしい貴族達の反応には父様も気付いたようだが、演技してくれた貴族達を尊重してか、そこには触れずに話を進める。


「迎え入れる第三王妃は彼女……グランデンバルグ公爵の妹、シエンナ・デューシュオ・グランデンバルグだ!」


 そう言って、隣に立つ赤髪の女性を指し示す。

 赤髪の女性、シエンナと呼ばれた人は、綺麗に一礼した。

 そして。


「紹介に《預かった》。わっちがシエンナ・デューシュオ・グランデンバルグじゃ」


 ……? 珍しい一人称。転生してから数ヶ月、私は聞いた事がないものだ。


「わっちは、陛下と結婚をする。結婚式の細かい日程は、後日決まるじゃろう」


 シエンナさんは、紫の瞳で貴族達を見回しながら言う。


「それだけを伝えたかったのじゃ。サプライズにしたのは、わっちの未来の夫の悪ふざけじゃ。すまぬ」

「それを言ってくれるな、未来の妻よ」

「はっはっは」


 政略結婚のはずなのだが、二人とも仲が良い。母様よりシエンナさんの方が、父様と仲良しだ。シエンナさんは初めて見たが間違いない。


 二人はひときしり新婚夫婦みたいなーーもうすぐそうなるのだが、そんなラブラブを見せつけると、今度こそ壇から降りてどこかへと去った。


 それを見て、


「見せつけね」


 母様が吐き捨てるように言う。もちろん、小声で。


「シエンナもいじらしいこと。グランデンバルグ家と王家の仲を取り持つ道具にされて、あんな色欲魔に嫁がされたのに、ちゃんと《政治的な》役目はこなしてるのだから」

「……ははうえ? どうしましたか?」


 聞こえているとは思えない。呼吸とそこまで変わらないような、本当に微かな声量だ。だがそれでも、母の異変は感じ取れるのか、カーティス兄様が不安そうに母様を見やる。


 母様はカーティス兄様に笑みを向ける。取り繕いの跡などどこにもない、完璧な笑み。その美貌もあいまって、見た者を蕩けさせる女神のような笑みだ。


「いいえ? あなたの父上の悪戯好きは困ったものねって思ってたのよ」

「そうですか?」

「ええ。ちょっとは注意してくれないと。……シエンナが《矯正》してくれないかしら?」


 台詞の後半、ぼそぼそという呟きもまた、カーティス兄様には聞こえないだろう。だからカーティス兄様が反応したのは、台詞の前半だった。


「でも俺は……いたずらずきでお茶目なちちうえも好きですよ?」

「……」

「あっ、でも、フィオレンサに子供の作り方とか教えるのは、やめてほしいですけど」


 苦労の見える最後の言葉。五歳児なのに、可哀想に。

 でもその苦労話もきっと、母様には届いていない。この親子の間には、身長差以上に遠い、遠い距離がある。

 

 母様の心情を読み取れたのは、母様の腕に抱かれ、ゼロ距離で接している私だけだろう。


 母様の今の想いは、悲しみーー否、寂しさだ。一瞬、ほんの一瞬、数コンマだけ、そういう顔をしていた。


 しかしそれも、すぐに女神の笑みに隠れて。


「そうね。それも、陛下の個性だもの」


 私は思わずにはいられない。


 母様だって、政略結婚だったんでしょ? だから嫌いな父様と結婚したんでしょ?

 だったら。


『シエンナもいじらしいこと。グランデンバルグ家と王家の仲を取り持つ道具にされて、あんな色欲魔に嫁がされたのに、ちゃんと役目はこなしてるのだから』


 それは母様にもそのまま跳ね返ってくるんじゃないの?

 

 ** * **


 もしかしたら、それは母様も分かっていたのかも。

 あれから十五年近く経った今では、そう思う。

 置かれた自分の立場も、それに反抗していない事も理解して、そう言ったのかもと。


 答えが分かる事は、きっとないのだろうけど。


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