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005.少年少女


 父様の言葉から始まり、会はつつがなく進行している。

 赤ん坊を抱いた貴族達が、他より一段高い所に立って子供の名前を言うだけなので、進行の乱れようもないが。


 ちなみに貴族としての階級が低い順に名前を言っていくようで、トップバッターは男爵の子供だった。今呼ばれているのは公爵の子供なので、次くらいが私の番。


「グランデンバルグ公爵家の《総領》、パーシヴァル・デューリュ・グランデンバルグです」

「健やかな成長を祈る」


 何十と繰り返され、聞き飽きた定型文を読み上げる父様。心なしか辟易としているように見える。


 「感謝いたします」とパーシヴァル君の母親が礼をして、下がっていった。


 そして次は、


「アリアリーシェ・ディ・ナウロン」


 私の出番だ。


 私を抱いた母様が、司会進行を務める父様の近くへと歩む。

 緊張したせいか、周りの貴族達もさっきよりざわめいているように……いや。


「見てください。あれが……」

「"鮮血王女"か。《噂》には聞いていたが……」

「本当に赤い瞳だ」


 ひそひそ、ひそひそ。

 気のせいじゃない。好奇や驚愕、恐怖や侮蔑。いろいろな感情のこもった囁き合いが聞こえてくる。


 その中には私を生んだ母様への悪口もあった。

 しかし母様は気にした風もなく、堂々と言った。


「ナウロン王族第二王女、アリアリーシェ・ディ・ナウロン」

「健やかな成長を祈る」


 父様はこころなしか重々しく応じる。

 それから貴族達の方に向き合って、宣言した。


「アリアリーシェの瞳の色に気付いた者もいるだろう。だが、アリアリーシェはここで宣言された通り、我が国の第二王女だ。その事を《ゆめゆめ》忘れるな」


 ざわめきは収まらない。

 だが父様も、これで収まるとは思っていなかったようで、それ以上は言わずに、母様に戻るように促す。


 母様は素直に元の位置に戻る。


 その腕の中で揺られながら、私は自分への偏見や蔑視の根強さをひしびしと感じていた。


 * * *


 私の出番が終わり、後は解散するだけ……と、思いきや。


「では次に、《加護》を授かりし子らを祝福しよう」


 父様が貴族達に向けてそう言った。が、私には一部聞き取れなかった。というか知らない単語だ。


 しかし私が分からなくても会は当然進む。


「まず、マーシェ・バファイ・リンドバーグ」

「ふぁいっ!」


 父様が読み上げ、緊張した子供の声で返事が上がる。微笑まし……

 ……ん? 子供の声?


 さっきまでは、親が返事をしていたはずだ。赤ちゃんじゃ返事なんて到底無理だから。

 でも今のは五歳くらいの子供の声だった。


 これは……どういうこと?


 私が悩む間にも、声の主と思われる少女が父様の前に歩み出る。


「ま、マーシェ・バヒャイ・リンドバーグ、ですっ」


 王である父様の前で噛んでしまったせいか、顔を青くする子供ーーマーシェちゃん。栗色の髪を、銀の髪留めが飾っている。


 だが子供の粗相に声を荒立てるほど狭量な人はおらず、むしろほんわかとした雰囲気になる。

 父様は優しく言った。


「気にせずともよい。なんの《加護》を授かった?」

「侍女の、《加護》……です」

「ほう。今度アリアリーシェ付きになる、そなたの姉と同じ《加護》だな」


 なんて?

 突然重要そうな情報が飛び出して、私は耳を疑う。

 誰付きだって?

 …………聞いてないんですけど!?


「でも、あっ……えっと……お姉様は、優しい人だから、苛めたりしないでく、ください」

「ふむ、よい妹を持ったな。そなたに免じて、アリアリーシェが成長したら注意しておこう」

「か、感謝、いたします」


 冗談めかした父様の言葉に、貴族達から笑いが湧く。そしてしどろもどろに、それでも言い切ったマーシェちゃんに、自然と拍手が起こる。

 マーシェちゃんがその音に肩を跳ねさせていたのが可愛かった。


 ** * **


 ……ああ、そんなこともあったね。

 マーシェ〔アージェ〕を初めて見たのは、この時だったっけ。


 今にして思えば、自分で自分を殺したくなる。

 

 ** * **


 その後も子供の自己紹介は続く。


「ロックハートししゃくれーそく、スティーブ・ヴァイファイ・ロックハートです。むしよけの《かご》をさずかりました」


「メンデンホールはくしゃくれいじょう、リディア・アーファイ・メンデンホールです。とおみの《かご》をさずかりました」


「クロフォードこうしゃくれいじょう、イザベラ・マーリュ・クロフォードです。そくどくの《加護》を授かりました」


 その中でいくつか分かった事がある。


 分かった事その一。発表はさっきと同じく、身分が低い順。

 分かった事その二。年齢はみんな四〜八歳くらいで、子供だけ。

 分かった事その三。「加護」とやらを紹介している。


 つまり。

 ……どういうこと?


 頭の中がクエスチョンマークでいっぱいの私の耳に、フィオレンサ姉様の声が届く。


「ナウロンおうぞくだいいちおうじょ、フィオレンサ・ディ・ナウロンです。けんのかごをさずかりました」


 わ、びっくりした。

 フィオレンサ姉様も自己紹介をするとは思っていなかったので、めちゃくちゃ驚いた。


 一段高い所に立つフィオレンサ姉様は、何故かドヤ顔だ。すぐに父様に降りるように言われたが。


 しかしこうなると、次は。


「ナウロン王国おうたいし、カーティス・ウォン・ナウロンです。かんかの加護をさずかりました」

 

 だよね。壇上……壇上? に上がったのはカーティス兄様だ。

 でも、かんかの加護って何?


 だが、それが分かる事はなく、会は無情にも終了する。


「うむ。これにて加護を受けし子らへの祝福の《儀式》を終了とする。後は友好を《深める》場とするがよい」


 ……まあ、仕方ない。いつか分かるだろう。


 と、父様による閉会の挨拶を眺めつつも、諦めていたら。


「ニアムははうえ。かごって何だ?」


 私の疑問を母様に訊いてくれたのは、さっきこちらに戻ってきたフィオレンサ姉様だった。

 壇上でドヤ顔してたし、てっきり加護については知ってるものだと思っていたのだが、違ったのか。


 母様はかがみ込んで、フィオレンサ姉様と視線を合わせて説明する。


「フィオレンサ、加護というのはね……」


 以下、長くなるので要約すると。


 まず加護というのは、この世界の神であるアルテミスに授けられるもの。五歳前後で発現し、何かしら特別な才を発揮するのだ。

 その内容は髪が伸びやすくなる加護だったり、身体能力が上がる加護だったり、天井を歩く加護だったりと多岐に渡る。また同じ内容の加護でもその強力さは異なる場合が多い。

 ちなみに加護を発現する際、体が異様に熱くなる。それは成長痛ならぬ魂の成長熱とも呼ばれ、誰もが通る道である。


 以上、要約終わり。なんていうか、異世界だなぁ。


「ワタシのかごは? 強い?」

「強いわよ、きっと」

「やったぁ! じゃあワタシ、しょうらい《きし》になる!」

「《きし》……《騎士》の事かしら?」

「うん! 悪いやつぶっ《ころす》!」

「ことばづかいが悪いぞ」


 悪者を斬る予行演習をしているのか、素振りのような事を始めるフィオレンサ姉様に注意したのはカーティス兄様だ。いつのまにか近くにいたらしい。


「んー……まあ、ルーシーと相談なさい」

「わかった、ニアムははうえ!」


 母様はしばらく困ったような顔をした後に、大人特有の汚い返答をする。「また後で」「あの人に聞いてね」は大人の二大卑怯ワードだと思う。


 母様は早速ルーシー義母様に相談しだすフィオレンサ姉様を見ながら、「さて」と言った。


「そろそろ後宮に戻りましょうか」

「こーきゅーって何だ?」

「わたし達が住んでいる、王城の部屋よ」

「ニアム様、他の貴族と談笑しなくてよろしいんですの?」


 フィオレンサ姉様との会話を中断し、ルーシー義母様が訊く。

 しかし母様は首を振った。


「大丈夫よ」

「……そうですの。わたくしはグランデンバルグ家の方と話してから……」


 ルーシー義母様が言いかけた、その時。

 中庭にまた、よく通る声が響いた。


「すまぬ。一つだけ、知らせたい事があるのだ。少々耳を借りさせてもらう」


 見ると、いずこへと引っ込んでいた父様が、再び壇上に上がる。その隣には、赤髪の女性。

 なんだなんだとそちらを見る貴族達。


「余は………………」


 父様はたっぷり、それはもううざったい程たっぷり溜めて、大声で言った。


「余はこのたび! 新たな妃を迎える!」


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