004.ナウロン王家の相関図
母様からお披露目会について聞いてからおよそ一ヶ月。
いよいよ、その日がやってきた。
これが転生してから初めてとなる外出である。と言っても、王城の中庭でするんだけどね。
そう、中庭だ。中庭、のはずなのだが。
私が今いるのは、東京ドームもかくやというようなだだっ広い場所だった。
現在はお披露目会が始まる直前で、たくさんの煌びやかな貴族達が談笑している。
「広いな」
母様に抱っこされている私の斜め下あたりから、男の子の声がする。
そこにいるのは、五歳前後の子供だった。
カーティス・ウォン・ナウロン。母様の息子、つまり私の兄だそう。
母の美貌と髪や目の色をしっかり受け継いでおり、将来は女泣かせになりそうな可愛らしい美少年だ。
で、よく母様の愚痴に登場していた子。つまり母様は自分の息子に面倒だとか言っていた訳だ。
そんなカーティス……カーティス兄様が言った。
「ははうえ。人がいっぱいで怖いです」
可愛いなこの子。撫でてあげたい。
しかし母様は穏やかな微笑みのまま、カーティス兄様に諭すように言う。
「カーティス。あなたは《いずれ》、この国の王になるのよ。《これくらい》我慢なさい。その時はこれよりずっと、貴族が集まるのだから」
そして小声で、私に話しかける。
「アリアリーシェ。あなたはこうはならないようにしなさいね。こんな《頼りない》人間には」
五歳児相手に手厳しいな。
また、反対側の斜め下からは女の子の高い声。
「そうか、あにうえ? ワタシは、たのしいぞ」
赤銅色の髪をポニーテールにし、萌葱色の瞳をきらきら輝かせている、四歳くらいの幼女。幼い事を差し引いても可憐な容姿だ。
名前はフィオレンサ・ディ・ナウロン。私の異母姉にあたるらしい。
親が再婚したとかじゃなく、第二王妃の娘だ。
側室とか、住む世界が違いすぎて目眩がしてくる。結婚どころか彼氏さえろくにいなかった私とは大違いだ。
「フィオレンサは《頼もしい》わね」
「ありがと、ニアムははうえ!」
天真爛漫な笑みで答えるフィオレンサーーフィオレンサ姉様に、カーティス兄様が問いかける。
「《頼もしい》けど、ふしんしゃがいるかもしれないんだぞ?」
「安心して、あにうえ。ワタシがやっつける!」
「やめろばか! けがするだろ! ルーシーははうえに心配かける気か!」
「む。ばかって言った方がばか!」
「お前の方がばかだ。俺は《このあいだ》、文字がかけるようになったからな!」
「そ、それは……あにうえの方が先に生まれたから……」
私が微笑ましい二人の喧嘩を見守っていると、母様が囁いた。
「五月蝿いわね。こんな騒音を《響かせる》なんて」
……厳しすぎない?
流石に呆れる。と同時に、後ろから足音が響いた。それと、男性の渋い声も。
「おお、ニアム。遅れてすまぬ」
母様が体ごと振り向く。それによって、私にも声の主の姿が見えるようになった。
三十……いや、二十代だろうか。鮮やかな金髪に、萌葱色の瞳の老け顔の男性だ。老け顔と言っても年寄りに見える訳ではなく、安心感を与えてくれるような顔。
がっしりした体格の人だ。抱っこされている私には分かりづらいが、身長もかなりあるのではなかろうか。
また、その隣には若い女性もいる。こちらは、誰なのかすぐに分かった。
第二王妃でフィオレンサ姉様の母である、ルーシーさんだろう。髪色がフィオレンサ姉様とそっくりの赤銅色なので、分かりやすい。
呼び方は、ルーシー……ルーシー義母様、かな?
「あら、陛下。こんな時間になるなんて……また性交なのかしら?」
取り敢えずセリフの後半部分には何も言わないとして……陛下って事は王。つまり、私の父か。父様、父様……と。
母様の話だと、この人はとんでもない色欲魔だそうだが。
「うむ。思っていたより《熱中》してしまってな」
「この調子なら、第四子も遅くないわね」
「そうだな。また《新しい》妃も迎える事だし」
「陛下、ニアム様。少々慎みがないですわよ」
いや、慎み……という私の心の声を代弁してくれたのは、ルーシー義母様。
まだ初めて会ってから一分も経っていないが、ルーシー義母様に対する好感度が一気に上がる。
うーん。色欲魔、か? 恥じらいのなさは母様と同レベルに見えるけど。
私が悩んでいるところに、カーティス兄様との喧嘩が終わったらしいフィオレンサ姉様が無邪気に問う。
「ちちうえ、ニアムははうえ。せーこーってなに?」
せーこー。性交の事だろう。なんて答えづらい質問だ。
これには場の空気が凍り……
「フィオレンサ。性交というのは、子供を作るために必要な《儀式》の事よ」
凍り……
「具体的には、《ピー》を《ピー》に《ピー》るのだが、これがなかなか《ピー》でな?」
凍り……
「いやですわ、陛下。こんな真昼間から。《夜》にお相手いたしますので、今は慎んでくださいな」
ルーシー義母様まで向こう側だった!?
高まった好感度がギュルギュル下がっていく音がする。
母様は表面上は優し気に、父様は楽し気に、ルーシー義母様は艶めかし気に。
まったく動じない大人達に、私の方が動揺してしまう。
「あら、どうしたのアリアリーシェ。《なんだか》顔が赤いわ」
あなた達の話を聞いてたせいですけど!?
しかし私の気持ちを理解してくれる人はおらず。フィオレンサ姉様も「《ピー》、《ピー》……」と純粋無垢に呟いてるし。
私が内心、空を仰ぎかけた、その時。
「ちちうえ、ははうえ、ルーシーははうえ!」
唯一の共感者が現れた。
「ん? どうしたんだカーティス」
「ええと。フィオレンサに、変なこと《吹き込ま》ないでください!」
でも、唯一の共感者は嬉しいけど……今の会話を理解してるって事か、カーティス兄様。
「何を言うか。性欲は人間の《三大欲求》。神アルテミスの定めし人の業よ」
「でも、そういうのを教えるのはもっと大人になってからでいいと思います」
「カーティス」
父様にど正論を叩きつけるカーティス兄様に、母様が咎めるように言う。
「陛下が誰か分かっているの?」
「……カルロス・リュヌ・ナウロン、です」
父様の名前はカルロスなんだ。
「リュヌが王の《証》である事も、分かっているわよね?」
「はい……」
「なら口答えはやめなさい」
「……はい」
しゅんと肩を落とすカーティス兄様。
私は流石にどうかと思い母様を睨むも、気付いた様子は欠片もなく。赤ちゃんである事が非常に口惜しい。
母様は一転して、カーティス兄様に微笑みかける。
「強めに言ってしまったけれど、陛下に口答えしたら《不敬罪》になるかもしれないのよ。だから《咎めて》いるだけ。あなたの事は愛してるわ」
それが私にはあまりにも上滑りな言葉に聞こえしまい、思わず、
「『嘘つき』」
と日本語で呟いた。
言ってからハッとしたが、幸い母様は空耳だと思ったらしい。少し不思議そうな顔をしただけで、違和感は覚えなかったようだ。
「……そうだわ。アリアリーシェに熱があったようなのだけれど」
母様が思い出したように言う。
それを聞いて、一番反応したのが父様だった。
「なに、本当か?」
「ええ。先程、少しだけ」
「見せてみろ」
父様が私の額に手を当てる。こそばゆい。
「む……分かりづらいな。余に抱かせろ」
「は? ……まさか、娘に欲情を《向ける》のかしら?」
「違う、そっちの抱くじゃない! 抱っこさせろという意味だ!」
「ああ……」
本気で勘違いしていた母様から父様の元へ、私が受け渡される。
前世含め、記憶にある限りでは生まれて初めての男性の腕の中だ。
私がまたこそばゆさを感じていると、ルーシー義母様の嫌悪感を滲ませた声が聞こえた。
「嫌ですわ、陛下。"鮮血王女"を抱き上げるなんて」
……鮮血王女?
なんとなく嫌な予感を抱きながら、会話を聞く。
「ルーシー。鮮血王女の呼び名は禁じたはずだ」
「でも陛下。銀髪碧眼しか生まれないユーガット《皇族》の血から、赤眼が生まれましたのよ」
「余の娘である点に変わりはない」
「そこは《疑って》いませんわ。ニアム様が、浮気性の方とは思えませんもの」
どことなく険悪な空気を漂わせる大人達。
話から推察すると、私は本来生まれるはずのない目の色で生まれたから疎まれているようだ。そしてそれを揶揄した呼び名が鮮血王女、と。
母様の態度もそれが原因……では、ないな。母様が私に冷たいのは、父様との子供だからだ。
「ルーシー様。わたしは、カーティスとアリアリーシェに区別をつけたりはしないわ。《公的》には王太子であるカーティスの方を大切にするけれど、《私的》には同じくらいの存在よ」
同じくらいの、煩わしい存在、かな? 上手な言い方だ。嘘自体は言っていないだろう。
「《高潔》ですこと。でも分かっていますの? お披露目会では、アリアリーシェ様を生んだあなたにも注目が集まりますのよ」
「心配ありがとう。でも平気よ。そもそも……」
「……あっ……あのっ、ルーシーははうえ!!」
母様の言葉を遮り裏返った声を上げたのは、叱られて気落ちしていたカーティス兄様だった。
「アリアリーシェの目が赤いからっていやがられてるのは、知ってます。でも、アリアリーシェは俺の妹です。さべつ、しないでください!」
カーティス兄様の言葉に、その場の大人達が思ってもみないところから殴られたような顔する。
しばらくの静寂が降りる。
そして口を開いたのは、フィオレンサ姉様だった。
「……ちちうえも、ははうえも、ニアムははうえもどうしたんだ?」
「どうしたって、いえ、それは」
ルーシー義母様は狼狽したように口走るが、意味のある言葉は紡がれなかった。
代わりに父様が何か言おうとするが、それより先にフィオレンサ姉様が喋る。
「ほんとにアリアリーシェの目の色の話をしてたわけじゃないんだろう?」
「……は?」
カーティス兄様の唖然とした声。それを聞き、器用に眉を上げるフィオレンサ姉様。
「だって、ちちうえたちだぞ? そんなくらだない話なんてすると思うか?」
「くらだないじゃなくてくだらない、な。でも……そっか。俺がまとはずれなこと言ってただけか」
「あと、俺の妹じゃなくて俺たちの妹だ」
「わるかった」
「ならよし。ワタシはそれより、せーこーについてもっと聞きたい。早くしないとおひろめかいが始まっちゃうだろう」
「それは……うん……」
「さっきあにうえが話のじゃましたせいで、あんまりよく聞けなかったんだぞ」
「えっと、その……………………ばか!!」
「な、ばかって言った方が……」
そんな、どこか既視感のある喧嘩の横で。
私含め大人達は、毒気を抜かれていた。呆気に取られていた、とも言い換えられるかもしれない。
カーティス兄様とフィオレンサ姉様があんな事を言うとは……いや、違う。
カーティス兄様とフィオレンサ姉様が何かを言うとは、誰も考えていなかった。みんな、二人を子供だと思って眼中にも入れてなかったのだ。私も同じ。
さっき以上に沈黙が続く。それをおもむろに破ったのは、父様だった。
「我が国の将来は、《安泰》だな」
それに頷いたのは母様だ。
「まあ、そうね。優秀な子供がいるのだもの」
ルーシー義母様は居心地悪げに、それでも言う。
「わたくしは、アリアリーシェ様を鮮血王女と呼び続けますわよ」
母様が嘆息した。
「好きになさい。どうせあなた一人を説得した所で、他の貴族を黙らせるのは不可能だもの。それより……」
そこで言葉を切って、父様を見る。
「フィオレンサの言う通り、そろそろお披露目会が始まるわ。陛下は開会の《挨拶》があるでしょう? 貴族達を待たせるのも良くないし、早く行ったらどうかしら」
「む、それもそうだな。では行ってくる」
父様がどこかへと去る。それを見て、フィオレンサ姉様が「あー!」と悲痛な声を上げた。
「せーこーについて聞きたかったのに!」
「ちょっとだまれ! いったんだまれ!」
「あにうえがだまれとか言ったあ!」
フィオレンサ姉様がルーシー義母様にしがみつく。
ルーシー義母様は呆れたようにその頭を撫でた。
「「せーこー」のお話は、また今度しますわよ」
「ほんとに? 《うそ》つかない?」
「ええ、もちろん。なのでいい子で待てますわね?」
「うん!」
フィオレンサ姉様が頷く。
それを見て、ルーシー義母様が微笑んだ。
* * *
父様による、お披露目会の開会の挨拶が行われた。
「皆の者、麗らかな秋晴れの良き日に、神の祝福を受けし子らに感謝するこの会を催す事が出来て嬉しく思う」
貴族達の注目を浴びる父様は大きくない、されどよく通る声で言う。
「子供らには堅苦しい挨拶は退屈であろう。よって、長ったらしい口上は省略する。一言だけ述べようと思う」
そこで一息入れ、そして。
「ここに、お披露目会の開催を宣言する!」
貴族達が事務的な拍手をした。




