003.異世界幼女生活の始まり
「《元気な女の子です》! 《おめでとうございます》、《ニアム様》!」
「《ありがとう》。《あなた達のおかげよ》」
「《いえ》、《ニアム様の努力の成果ですよ》!」
目を開ける。が、周りの様子は全く窺えない。すりガラス越しに見たような感じ。
そういえば、新生児の視力はめちゃくちゃ低いって何かで聞いた事がある。そのせいだろう。
しかし、私が目を開いた途端。
「《え》!」
「《なんで》、《そんな》……」
「《ニ》、《ニアム様》」
周りの空気がぴんと張ったのを感じた。
口々に何かを言う人々。声の高さからして女だが、何を言っているのかは分からない。これがこの国の公用語か。
「《どうしたの》? 《疲れたから、寝たいのだけれど》」
頭上から声がする。私の母親かもしれない。
「《王女殿下の、目が》!」
「《はぁ》?」
ぼやける視界に映り込むなにか。人の顔かもしれないが、分からない。蒼みがかった白銀色だけが、私が識別できた色だった。
「……《はぁ》……。《まあ》、《後で考えましょう》。《寝るわ》」
「《でも》、《ニアム様》……」
「《寝》、《る》、《わ》」
女性の声が苛立ちに染まる。周りの……助産師だろうか。その人達は、女性を恐れるように一様に押し黙った。
「……《承知しました》。《では、心ゆくまでお休みください》」
「《ええ》。《あなた達には》《感謝してるわ》」
「《恐縮です》」
それを最後に、声は聞こえなくなった。
それが私の、異世界での暮らしの始まりだった。
* * *
「アリアリーシェ」
女性私の母ニアムが、私の名前を呼んで抱き上げる。
あの転生した日から数ヶ月。私は順調に成長していた。
身長と体重も大きくなり、ここの言葉も段々と覚えている。今なら最低限の日常会話なら可能だろう。
食事代わりの牛乳は正直まずいけど、私が空腹を感じたらすぐにメイドが飛んできて飲ませてくれる。母乳? 私が断固として拒否した。
私が刃物のある場所に近づいたら、執事が止めてくれる。
こんなお姫様のような生活ができるのは、私が実際に姫だからだ。
アリアリーシェ・ディ・ナウロン。ナウロン王国第二王女。それが転生した私の名前と、地位だ。
「よしよし、良い《子》ね」
抱き上げて塞がった右手の代わりに左手で私の髪を撫でるニアムこと、母様。ナウロン王国の王妃様だ。
銀、というより蒼みがかった白銀の髪と、深い青の瞳。目どころか言葉も呼吸も意識すら奪われそうなほど美しい顔立ち。あと、貧乳だった私としては羨ましい限りの体つき。変態っぽくなってごめんなさい。
体つき以外、神アルテミスとそっくりだった。神々しさはアルテミスの方が強かったけれど。
なぜここまで似ているのかは分からないが、神様とそっくりというだけでその美しさは理解していただけるだろう。
柔らかに微笑む母様は、まるで心まで美しく見える。しかし私は知っている。
「いい、アリアリーシェ。あなたの父上はとんでもない色欲魔よ。あの人の《せいで》望みもしないあなたを《孕んで》しまったの」
この人、結構その……良い性格をしていると。
言葉はまだそこまで分かっていないが、ニュアンスは伝わる。
父の悪口は、まあその父が何をしたのか私は知らないからなんとも言えないが、子供に望んでいなかったとか言わないでほしい。いくら自我がない(と思われている)とはいえ。
しかも、メイドに悟られないよう笑顔で囁いているのが更に性質が悪い。はたから見れば、あるいは耳を塞げば、優しいお母さんに見える事だろう。
前世といい、私は母親に恵まれない宿命なのだろうか。アルテミスも家族の性格は考慮してほしい。
もう一度生まれ変われたら、せめて普通の母を持ちたい。
いっそアルテミスにはそれをお願いしようか悩んでいると、母様が「そういえば」と思い出したように言った。
「《そろそろ》お披露目会があるわね」
……何それ?
「《貴族》の子供をお披露目するのよ。私はこんなに《素敵な子》を生みました、《将来》の我が家は《安泰》です、って」
まだ離乳食も始まってない私に、親切な説明をありがとう。
母様は私をとんとん叩きながら言う。
「まあ、赤《目》のアリアリーシェが《素敵な子供の訳がない》のだけれど。ああ、キスとの子供が欲しかったわ」
……一応、私も最初の頃はドン引きしてたんだよ。
でも、あまりにこういうセリフが多すぎて。最近は逆に笑っちゃうの。
「お披露目会、カーティス《も》来るの《かしら》? 面倒ね」
母様の言葉の四割は、私に対する愛の言葉。もちろん建前のね。
三割は父の悪口。
二割はキスさんとの惚気話。
一割はまだ見ぬカーティスさんの愚痴。
仮にも王妃という立場上、こんな愚痴を言う相手がいないのは分かる。だから言葉も分からない娘にそんな事を話しているのも。だが、刷り込みのような行為をするのはどうなのか。
「アリアリーシェもカーティスも、所詮は《血の繋がった家族》ってだけなのに」
半分以上聞き取れなかったが、私やカーティスさんへの悪口を言われているのは察して、内心で小さくため息をついた。




