002.神界にて
聞いた所によると、暗転というのは舞台用語の一つで、場面転換時に舞台を暗くし、その間に役者や舞台装置を移動させる事らしい。
だとすれば、唐突に目の前の世界が白く変わったのは、暗転による切り替えということだろうか。
『さあ。この世界を舞台として捉えるならば、そういう解釈も可能でしょうが』
私の内心の疑問に答えたのは、目の前にいた女だった。
蒼みがかった白銀の髪を垂らし、全てを見通すようなその瞳は蒼穹よりもなお青い。
綺麗な人、なんて陳腐な言葉はかえって野暮だった。しかし、この世界の美辞麗句を並べ立てたところでこの美しさを表現しきれない。
それくらい、神々しい端麗さを持っていた。
だから、心が読まれても意外ではない。彼女なら何だって出来そうだと思えてしまうから。
『何でもできる、という訳ではありません。それなら、あなたをここに呼ぶ事はなかったのですから』
でも、読心は出来るんだ?
『この空間なら』
便利な能力。
……というか、ここどこ?
『下界を管理する場所、神界と呼ばれています。すぐに転生させるので、あまり気にしないでください』
そう……転生?
『高梨風花としての記憶を持ったまま、別人として赤子から生活する事です』
それくらいは分かるよ、一応。私が聞きたいのは、なんで転生させるのかって事。
『今、わたしの管理する世界は魔物によって危機に瀕しています。あなたを転生させるので、世界を救ってください』
大変な状況……。けど、なんで私?
ただの教育実習生に、何を期待してるの?
『あなたの……高梨風花の人生は、ただの教育実習生です。でもずっと前の生では、あなたは英雄です』
そんな覚えてない話をされましても。
『それに今世だって、いじめられていた男子を一人救ったじゃないですか』
……救ってはないと思うけどな。結局、その場しのぎの解決にすらならなかった訳で。
『うだうだと。拒否権はありません、さっさと受け入れなさい』
暴君かな。せめて悩む時間ないの? 死んだ直後の人間に、扱いが雑すぎだよ?
『早くしないと、転生させるタイミングがなくなります』
さいですか。
『世界を救えるくらいの能力は渡します。お礼として、願いを一つ叶えます。文句がありますか?』
文句じゃなくて疑問なんだけど、そんな事が出来るんなら、最初からあなたが世界を救えばいいんじゃないの?
『できるならしています。下界に降りるのは体力を使いすぎるし、神界から下界に介入なんて碌なことができません。これくらいしか手がないのです』
その割に、力をあげたり、転生させたりするのは簡単なんだ。
『前者はわたしの得意分野ですので。後者は、技術さえあれば可能です』
ふぅん。
まあいいや。お好きに転生させてくださいな。
『言われずとも』
さいですか……って、わ。
女の手が私の胸に触れ、そこから熱が伝わる。
心臓から熱が押し出され、全身をめぐる。
熱い。火の中に飛び込んだみたいだ。
『我慢してください。すぐに収まります』
女が淡々と告げる。直後、熱が収まった。
『これは、結界の力……全てを遮る力。それを使って、世界と魔物の繋がりを絶ってください』
出来るかなぁ。
『出来ます。それと、願い事ですが』
後払いはやめてよ?
『それはしませんが、過ぎた願いは叶えません。世界を壊すとか、死者蘇生とか』
私は破滅願望とかないし、蘇らせたい死者もいないから大丈夫。
それより一つ、どうしても叶えたい願いがある。
『ずいぶん、真剣ですね。なんですか?』
転生したら巨乳にするとか出来ない? Gカップなんて贅沢な事は言わない、Eカップくらいで構わないから。
『本当に、呆れた……』
ごめん、なかった事に。
『どうせ転生したら、そこそこの大きさにはなりますよ。Aカップではありません』
なんで私がAカップって知ってるの!?
『心を読まなくても、一目見ればわかりますよ。それで願いは?』
屈辱……。
で、願い? 願いねぇ。巨乳を外すとなると、そんなにないな。
『どれだけ巨乳に憧れてるんですか』
うるさい。持つ者に持たざる者の悲哀は分からないのであって……持っ……あんま持ってない……?
『不敬』
ごめん。気持ち悪かったよね。しかも、私だって貧乳の悔しさは知ってるのに。
『わたしはあなたほど、巨乳に憧れはありません。哀れんでいるだけですよ』
……辛辣。
『願いがないなら、生まれた後で決めてください』
あ、そんな事出来るんだ。じゃあそれで。
……いや、さっき下界に介入出来ないって言ってたよね?
『世界スケールじゃ介入できませんが、個人の願い一つくらい簡単です』
へー。
『そろそろ転生させますよ』
あ、待って。
『何ですか?』
結局、あなたは誰なの?
『わたしの名前はアルテミス。月の女神です』
アル、テミス……。
『もういいですね。転生させますよ』
うん、どうぞ。
『三、二、一』
カウントダウンなんて、人間らしい事するね。
『ーーゼロ』
あ、眩しい。




