⑥出産と崩壊
前話までのあらすじ。
我が儘皇女だったニアムは、キースという公爵令息と出会い、恋に落ちる。
しかし、政治的な理由により、ニアムはキースと引き裂かれ、隣国の王子・カルロスに嫁ぐ事になった。
「色欲王子」と馬鹿にされていたカルロスだが、結婚したその日の夜、ニアムに罠をかけ、弱みを握る。代わりにニアムも彼の弱みを握り返し、二人は「引き分け」の協定を結んだ。
その後、務めを果たすべく寝室へ向かったニアムは、キースへの未練に涙する。そこでカルロスの優しさに触れながら、未練を残しつつも、二人は一線を越え……。
その後、わたし達は一線を超えた。
それ以降も、わたしは後戻り出来ない寂しさと、変態だけど少しは優しい夫への安堵を持て余しながら、何度も体を重ねーーおよそ一年後、妊娠した。
第一子が生まれたのは、わたしが十八歳の時だった。
カーティスと名付けたのはカルロスだった。自分の名前と響きが似ているから、だそうだ。
そして、子供を一人産んで、ひとまず肩の荷が降りた……と考えていられたのは、産後一年までだった。
わたしの後にカルロスに嫁いできたルーシーが、フィオレンサを産んだ。
……いや、これはまだいいのだ。
大変だったのは、この後の事。
カルロスに、また閨に呼び出された。
* * *
「また、するのかしら?」
灯りを付けた寝室のソファに座り、わたしが微かな怒りを滲ませてそう言うと、カルロスは気まずそうに俯いた。
二年前の初夜の事を忘れたのだろうか、この男は。彼はわたしに悪いと思っているんじゃなかったのか。なのに何故、子供が生まれた今も性行為をしようとするのか。
もちろん言いはしなかったが、思っている事は伝わったようで、カルロスは身を縮こまらせる。
「わ、悪い。ほら……余の夢は、近衛騎士隊を一つ作れる人数の子供を産む事であろう?」
「初めて知ったわそんなの」
「初めて言ったからな」
「冗談はよしてちょうだい。わたしはこれで、王妃の義務を果たしたと思っていたのだけれど」
半眼になりながら言う。
カルロスは慌てたように手を振った。
「す、すまない。だが、子供をたくさん作りたいというのは本当だぞ」
「子供が多ければ、王位継承争いが余計に激しくなるわよ」
「しかしだな、子供が多い方が、それぞれの子供に自分の夢を追わせられるであろう?」
わたしは思わず、目を瞬いた。
カルロスの表情が、思っていたより真剣だったからだ。
「余が即位すれば、次の王太子となるのは、恐らく長子であるカーティスだ。だが、カーティスが王になりたくない可能性もあるであろう。そういった時、こう言ってはなんだがスペアは多い方がいい」
「……サブリナ様がお亡くなりになって、半強制的に王太子にさせられた事、気にしているの?」
「……まぁ、そうだな」
頷くカルロス。
わたしはため息をついて、立ち上がった。
「ニアム?」
「するのでしょう。あなたも準備してください」
カルロスを見らずにそう言う。
小さく、「分かった」という声が聞こえた。
「……ちなみに、したい理由に性欲は何パーセントくらい含まれるのかしら?」
「ふむ……六十パーセン痛いっ!」
「カーティスの時は耐えていたけれど、我慢はよくないわね。子供にカルロスの悪口を吹き込んでやるわ、この色欲王子」
* * *
第二子を産んだのは、カーティスが五歳の時ーーそしてカルロスの戴冠式から三年ほど経った時だった。
妊娠している時は、生まれてくる子供に、カルロスのどんな悪口を吹き込んでやろうかと、少し楽しくなりながら考えていた。
だからーー赤い瞳の子供が生まれてくるとは、思ってもみなかった。
* * *
「子供……アリアリーシェの扱いを、どうするの?」
わたしはベッドで寝ながら、カルロスに聞いた。
今日子供を産んだばかりなのに人と話すのはかなり辛いが、仕方ないだろう。カルロスが自室に呼び出したりしなかっただけ、まだよかった。
カルロスはベッドの横で簡素な椅子に座りながら、腕を組む。
「……弱ったな」
「最悪、アリアリーシェを幽閉するのも……」
「それはせぬ」
ぴしゃりと言葉を遮られる。
じゃあどうするのかという反発はありつつも、カルロスが否定してくれた事に安堵を感じていた。
アリアリーシェを幽閉したくないという思いと同じくらい、自分が政略だったとはいえ結婚した相手が、非人道的な手段を取る人じゃないと再認識出来たから。
「でもじゃあ、どうするの?」
「うむ……」
「……ユーガット帝国には、認識阻害のイヤリングというものがあるわ。それを使えば、隠す事が出来ると思うの」
「それは、四六時中必ず発動するものなのか?」
「え? ……付けっぱなしにした事がないから、分からないわ。イメージさえあれば発動するけれど」
「なら却下だ。イメージが崩れたりしたら、どうなるか分からぬからな」
「……じゃあ、眼帯は?」
「いや……やめておこう。視界を奪うのは危険だ。それに、何かの拍子で眼帯が取れる可能性もある」
なにもかも否定してくるカルロスに、だんだん苛立ちが募る。
こっちは産後で疲れているというのに。
「じゃあカルロスは、何がいいと思うの?」
「そうだな……」
カルロスは、しばし躊躇って、おもむろに言った。
「隠さない」
「……え?」
「隠し事は、いつかバレる。それならば、先手を打って公表するのも手だ」
「……そうすると、アリアリーシェやわたしの立場は……」
「……すまない。だが、隠してバレるくらいならば、最初から隠さず堂々としていた方がいい」
「それは……でもそれは、バレる事を前提としているのでしょう。バレないかもしれないわ」
「でも、バレるかもしれない」
「っ……」
平行線だ。水掛け論でしかない。
どう説得しようか、頭を必死に回転させていると、カルロスがぽつりと言った。
「赤い瞳は悪いのだろうか?」
「え?」
「隠すのは、悪いと思っているからであろう。だが、瞳が赤いのは、悪なのか?」
「ーー……」
翡翠色の瞳は、わたしをーーわたしのお腹を眺めていた。昨日までアリアリーシェがいた場所を。
ーー人間として、負けた気分だった。
いつもそうだ。色欲と煩悩まみれの癖に、たまにこうして高潔な面を見せる。
「……好きにしてください」
「! ……助かる」
「もう帰ってください。産後の母親に、どれだけ負担をかけるつもりなの?」
「それもそうだな。では……体に気をつけろよ」
カルロスが言い残して、去っていく。
わたしはうつ伏せになり、枕に顔をうずめた。
自分の醜さを、見せつけられた気分だった。
* * *
それから、カルロスはわたしに言った通り、アリアリーシェの瞳の色を公表した。
それ以降、わたしへの風当たりは一気に激しくなった。獣人であるルーシーよりも、なお酷い。
わたしはそれでも、どうにかやっていけると信じていた。アリアリーシェの事を愛していけると、信じていた。
根拠のない自信は、あっさりと崩れた。




