④陰謀と脅迫
わたしの結婚は、十六歳の時だった。ナウロン王国の王城で盛大に執り行われ、皇族家も王族家も、色んな人が見に来ていた。
そして、結婚式が終わったその夜。わたしはカルロスに呼び出され、彼の私室に向かっていた。
寝室ではなく私室、というところに引っかかりを覚えたが、どうせ着替えさせるためとかだろう。
そうして向かい合ったカルロスの第一声は、
「ニアムよ。今から、逃げても良いのだぞ?」
ーーだった。
わたしは意味が分からず、目をしばたく。
「あの、逃げてもいい、というのは?」
「そのままの意味だ。急に王太子妃になり、戸惑っているであろう。今なら逃げ出せる。余から酷いセクハラを受けたと言えば、同情も買えるはずだ」
その翡翠色の瞳をわたしに向けながら、淡々と言うカルロス。
そんな彼に対し、わたしの中にふつふつと湧き上がってきたのは、怒りだった。
「この婚約は、ナウロン王国とユーガット帝国の仲を取り持つためのものですよ。わたしの一存で放棄出来ません」
突き放すように拒否すると、カルロスは驚いたように肩を揺らす。そんなアイデアに、わたしが乗ると思っていたのだろうか。
「そ……それは、そうだが……」
「だが? なんですか? あなたは、そんな覚悟でわたしと婚約したのですか?」
「いや……しかしだな、そなたには将来を誓い合った相手がいると聞いておる。だから……」
弱々しく、視線を逸らしながら、言い訳のように呟くカルロスに、わたしは、全身が熱くなるのを感じた。
なんで、キースとの仲について、彼にあーだこーだと言われなければならないのか。
わたしとキースの仲は、わたしとキースのものだ。
「なんですか? わたしと別れたいのですか?」
「ち、違っーー」
「ふざけないでください。わたし達は結婚した、そうでしょう! 結婚するなら、それ相応の覚悟を見せてください!」
わたしが激昂して叫ぶと、カルロスは焦ったように言い募る。
「わ、悪い。悪かった。落ち着いてくれ。……ほら、閨に行こうではないか」
「……」
人は怒りが過ぎると、かえって冷静になる。
何かの小説で読んだフレーズだが、あれが事実だったとは思わなかった。
カルロスとの付き合いは、四年程度。十二歳で婚約が始まり、それ以来、たびたび会ってきた。
その時は、言われているほど愚鈍ではないと感じていたが……どうやら、勘違いだったようだ。
コレに王が務まるとは思えない。
わたしが支配した方が、ずっといいのかもしれない。少なくともカルロスよりは。
姉は素晴らしくとも、弟ははっきり言ってクズだ。
わたしは、肩に手を回してくるこの男に、気絶の加護を発動ーー、
ーー嫌な予感がする。
咄嗟に踏み止まり、肩に回る感触を受け入れた。
「……」
「……」
そのまま、二人で連れ立って歩きーーわたしは振り返り、腕を振りほどき、クローゼットに駆け寄って、そのドアを勢いよく開けた。
中にあったのはーーううん、中にいたのは、赤い髪の大男だった。近衛騎士の礼装を着ている。
どこかで見た覚えがある。記憶を掘り起こし、すぐに思い至った。結婚式の時に護衛をしていた、ナウロン王国の騎士だ。
「……これは、なんのおつもりですか?」
わたしは、カルロスを睨み、低い声で問う。
カルロスは、その翡翠の瞳を見開いて、わたしを見ていた。
「ニアム……」
「これは、なんのおつもりですか?」
わたしが再度問いかけると、カルロスはむっつりと黙った。
「答えるおつもりはないようですね。でしたら、わたしが推測しましょう。あなたはわたしが邪魔だった。いつ乗っ取りに遭うか分かりませんから。だから、わたしを殺そうとした。後ろをこの騎士に背を向けた瞬間に、彼に刺し殺させるつもりだった。違いますか?」
わたしの推理に、カルロスが今度は焦ったように言い返す。
「ち、違う!」
「違う? 何がどう違うのですか? それならば、騎士の彼は何故ここにいるのでしょう?」
「よく見ろ! こやつは剣を持っていないであろう!」
「剣を出す加護だってあります。それに、剣がないなら締め落とす事だって出来ます。わたしは見ての通り、か弱い女ですから」
カルロスがぐっと押し黙る。
一瞬の沈黙。それを破ったのは、クローゼットに鎮座している近衛騎士だった。
「発言をお許しください、ニアム様、カルロス殿下。恐らく誤解が生じているように思われます」
「おま、エリック! 命令だ、黙っていろ!」
「後ほど、私を不敬罪で罰していただきたい。ニアム様、カルロス殿下はニアム様に直接的な危害を加えるおつもりはございません」
「……あなた……エリック、かしら?」
「はい。近衛騎士団長、エリック・シアーズと申します」
近衛騎士団長。やはりか。
「まずは、クローゼットで話を盗み聞くという無礼をお詫びいたします」
「許すかどうかは、話を聞いてからよ」
わたしがエリックを油断なく見据えながら、嘘や矛盾はないか、聴覚をフル稼働させる。
「かしこまりました。それではまず、私がここにいた理由を」
「エリック! 魔喰い刑にするぞ!」
「陛下が殺人未遂の嫌疑をかけられるより、私が処罰を受けた方が、よほどマシかと思われます。それで、私がここにいた理由は、ニアム様が不審な事を口走らないか確認するためです」
「不審な事?」
「はい。例えば元の恋人についてだとか、カルロス殿下への不満だとか。もし何かの間違いでニアム様がカルロス殿下に手を上げてしまわれた場合は、すぐにお止めするつもりで」
ああ、なるほど。
さっきまでのやり取りを思い出し、納得する。
やけにわたしを苛立たせるような事ばかり言っていたのは、挑発するため。
もしそれでわたしがキレて、カルロスへの暴言を吐いたら、その事が醜聞として王宮に広まっていただろう。
わざわざ「将来を誓い合った相手」なんて言ってきたのは、わたしのミスを誘発させるため。
つい「キースとの仲に、あなたは関係ないでしょう!」なんて言ってしまえば、それもまた醜聞になっていただろう。
要は、わたしを嵌めるつもりだったのだ。
「……そこまでして、わたしの地位を落としたかったのですね、カルロス様。大国出身のわたしが王国を支配するのを、恐れたから」
「私はカルロス殿下の計画を全て知っている訳ではありませんので、それについてはなんとも言えません」
「そう。どうして、わたしに計画をバラしたの?」
「隠し通せないと判断しました。カルロス殿下は、自分から言い出す事はないと思ったので、私から言わせていただこうと考えました」
「カルロス様が言い出さないと思ったのは何故?」
カルロスが明かす可能性もあったはずだ。殺人の嫌疑をかけられるより、計画を教えた方がまだマシのはず。
それなのに言わないなんて、まだ計画の続きがあるのだろうかーー、
「男という生き物は、自分が格好つけて作った秘密の計画を明かすのに、抵抗があるでしょうから」
……。
「本当に、そうなのですか、カルロス様」
「え、いや、そういう訳では……」
わたしが呆れて問うと、目を泳がせるカルロス。挙動不審だ。
「そんな、アホらしい理由で……?」
「違う! 別に、ずっと黙っているつもりはなかった!」
「つまり、少しは黙っているつもりだったのですね」
なんというか、男ってみんな馬鹿なのだろうか。
「……まあいいです。カルロス様」
「……」
「あなたはわたしを疑って、挙げ句の果てにわたしを嵌めようとした。そうですね?」
「……だな」
「この事が周りにバレては、困った事になってしまいますね?」
わたしは質問、という名の脅迫をする。
これは脅しだ。バラされたくなければ、わたしの言う事を聞けと、脅しているのだ。
なのに、
「いや? そこまで困る事はなかろう」
カルロスは、きっぱりとそう言った。




