039.葬儀場にて
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その後、私が殺人を起こしたと公になる事は、ついぞなかった。
「結界魔法が使えない」私では、殺人が出来るとは思われなかったからだ。
母様の死は臣下の錯乱として、ナックの死は怪奇現象として、少しずつ忘れられていった。
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王妃の国葬には、大勢の人が参列した。ナウロン王国の王侯貴族もユーガット帝国の王侯貴族も、他の国の王侯貴族も。
その中には、私もカーティス兄様もフィオレンサ姉様も、ヘイスティングスもアリスローゼもクリスティーナも、ルーシー義母様もシエンナ義母様もいた。
父様は、いなかった。
「……」
リンドバーグ邸への襲撃が、はなから囮だったのだ。
近衛騎士の多くをリンドバーグ邸の守りに割き、普段より守りが手薄になったその隙をつかれ、父様は昏睡状態に陥った。そう、聞いている。
多分あの時、魔獣が林から出て来なくなったのは、本命の目的を果たしたからじゃないだろうか。
父様の実子である私にすら面会は許されず、昏睡した様子を見たのは、医者などのごく限られた人間のみだった。
「……」
教皇だとかいう人が葬儀を執り仕切るのを眺めていると、ふとカーティス兄様の手が握り締められ、白くなっている事に気が付いた。
無理もない。母と父を、同時になくしたのだ。涙を我慢しているだけ、偉いだろう。
* * *
王族は中座させられ、私達は式場から控室に移動する事になった。
ただ、移動中に。
「悪い、雉を撃ちに行ってくる」
カーティス兄様がそう告げて、控室とは別の方向に歩いていく。
「でしたら、護衛を……」
「いらない。すぐに戻ってくる」
振り向かず、端的に答える様子は、どう考えてもトイレに行くようなものじゃなくて。
「私も、花を摘んでくるね」
私はそう言って、カーティス兄様の後を追いかけた。
* * *
カーティス兄様は、螺旋階段の途中でうずくまっていた。
ここの螺旋階段、一般人は立ち入り禁止で、下には護衛が詰めている。一人になるには絶好の場所だ。カーティス兄様がここに駆け込むのを見ていなければ、私も見つけられなかったかもしれない。
私は幅の狭い螺旋階段を上りながら、カーティス兄様に近付く。
「カーティス兄様、大丈夫?」
座り込むカーティス兄様の二段下に立って、声をかけて手を伸ばしーー、
「ーー触れるなっ!!」
ーーその手を、払いのけられる。
石造りの螺旋階段に、カーティス兄様の言葉が反響した。
「カー……」
初めて受ける扱い方。兄様に拒絶された事なんて、多分一度もなかった。
私とは違う青い瞳が、母様と同じ青い瞳が、涙に濡れた青い瞳が、私を睨む。
「なんでお前は平然としてるんだ!? 目の前で母上が死んだんだろ。いや、そもそもーー」
「……」
「母上が刺された理由だって、お前を、"鮮血王女"を産んだせいなんじゃっーー」
そこで、反響する叫び声が唐突にやんだ。
「……悪い」
カーティス兄様は、ゆるゆると視線を下げる。
カーティス兄様も、いっぱいいっぱいなんだ。旅行をしていたら急に魔物から侵攻され、その直後に母が死に、帰ってきたら父は植物人間で、顔すら見れない。十歳そこらの子供が受け止めるには、大きすぎる。
だから、私がショックを受けたような顔をしてはいけない。ここで泣いたり怒ったりしたら、余計にカーティス兄様の負担になる。
二十六歳の私が、こんな子供の重荷になってはいけない。
「……大丈夫、気にしてないよ」
目尻を下げて口角を上げて、笑顔を作る。上手く作れているだろうか?
「…………そうか」
カーティス兄様は短く言って、膝に顔を埋めた。
そして、くぐもった声が聞こえる。
「悪い、ちょっと一人にしてくれ」
「……無理はしないでね」
「ああ」
そのか細い返事を聞いて、私は螺旋階段を降りていった。
だから、このやり取りを聞かれていた事には、全く気付かなかった。
* * *
教会の中を、一人で歩く。
ここがどこかなんて、知らない。控室に行く気力はなく、一人で意味もなく散策していたら、気付いたら迷子になっていた。
あれからどれくらいの時間が経ったかは分からない。だが、私は仮にも王族だ。あまり遅くなるのなら、誰かが探しにくるだろう。
探しに来ないなら、ちょっと困ってしまう。でもまあいいや。
「……アリアリーシェ殿下」
ふと、後ろから声をかけられる。
振り向くと、そこにいたのは橙色の髪を縦ロールに編んだ、切れ長の青い瞳を持つ、勝ち気そうな少女。
クロフォード侯爵令嬢、イザベラ・マーファイ・クロフォードが立っていた。
* * *
ついて来いと言われ、イザベラの後を追う。
もうそれなりの時間歩いているはずだが、どこへ行くつもりだろうか。
「あの……イザベラ?」
私が名前を呼ぶと、イザベラは振り向く。
「なんですの、アリアリーシェ殿下」
「なんでイザベラが、あそこにいたの?」
母様の葬式にはナウロン貴族も多く参列しているので、イザベラが教会にいた事自体はおかしくない。ただ、
「中座したのは王族だけで、貴族はまだ式場にいるはずでしょ?」
「人に酔ったので、少々席を外していたのですわ。何か不都合でもあって?」
「いや、ないけど……辛辣だね」
率直な感想を告げると、イザベラが口元をへの字に曲げる。
「生まれつきの性分でしてよ。王族ともあろうお方が、この程度で目くじらを立てるんですの?」
「本当に王族だって思ってる? 不敬罪まっしぐらだよ?」
二人でそんな会話をしていると、急に強烈な光が差す。屋外に出たらしい。
「……ねぇ、本当にどこに向かってるの?」
「もうすぐ着きましてよ。黙ってついてきてくださいませ」
「私、一応は王族だからね?」
不敬罪の意味を知らないのだろうか、この子。
それからは黙って移動していく。
周りが花や木々で囲まれた、大理石のガゼボのようなところで、イザベラが立ち止まった。
「……。ここ?」
「その通りですわ。お入りくださいませ」
「はぁ……」
よく分からないが、とりあえず言われた通り中に入り、座る。汚れとか酷そうだと思ったが、ちゃんと清掃はしてあるのか、中には枯れ葉一つない。
イザベラは私の隣に腰を下ろした。
「さて、アリアリーシェ殿下」
「うん」
「ここでは、誰も聞き耳を立ててはおりません。人払いは済んでおります。腹を割って話してもよろしいのではなくって?」
「腹……?」
とぼける。
心臓が早鐘を打っていた。割るべき腹なんて、心当たりはナックの死因しかない。
バレた? どうして? あの場には、イザベラはいなかったはずだ。
「とぼけないでくださいませ。わたくし、聞いておりましたのよ」
「聞っ……。どこから?」
「最初からですわ」
最初。だとすると、私が先天魔法を使ったってところから?
「なんでイザベラが、あんなところに!」
「少々人に酔ったからですわ」
「そんな、無理矢理な言い訳っ……。………………。……………………人酔い?」
「ええ。先程も説明した通りでしてよ」
……じゃあ、ナックの事じゃないのか。
「あれ? それだと、腹を割るって何の事?」
「まだとぼけるんですの? 螺旋階段で、カーティス殿下と話しておられたでしょう?」
「! ……聞いてたんだ」
あの螺旋階段は、一般人は立ち入り禁止。貴族令嬢とはいえ、王族でない人があそこに入ってこれるとは思っていなかった。
「でも、あそこの話はあれで終わりだよ。イザベラが聞いた事が全部」
「嘘ですわよね」
「……なんでそこまでして、話が聞きたいの?」
不信感と共にそう聞くと、イザベラが青い瞳を伏せた。長いまつ毛がそっと揺れる。
「まあ、半分は王族に取り入るためですわね」
「正直だね。もう半分は?」
「もう半分、は……」
イザベラはしばらく躊躇って、ふぅと息を吐く。
「……説明させないでくださいまし」
何を怒っているのか、頬は少し朱を帯びていた。
「え、なにそれ? 納得出来ないよ」
「説明! させないで! ください! な!」
「なんで怒ってるの?」
「〜〜っ! 鈍感!」
急に怒鳴られ、さすがにむっとする。
わざわざ連れてきておいて、失礼すぎない?
「説明されなきゃ分からないに決まってるでしょ!」
「分かりましたわ、説明して差し上げます。あの会話を聞いて、何も言わず黙って立ち去るほど、わたくしは薄情ではなくってよ!」
「それって、どういう……」
意味? と聞こうとして、ある可能性に思い至った。
まさか、イザベラは。
「……もしかして、慰めようとしてるの?」
「最初っからそうですわ! 何を今更!」
そう考えると、頬に差した朱の意味も変わってくる。
「あれで、慰め……?」
「うるさくってよ。口が悪いのは、生まれつきの性分ですわ!」
そう叫ぶイザベラ。
私は思わず、吹き出した。
「ぷっ……あはははは!」
「なっ、なんですの!? 笑わないでくださいませ!」
「無理っ、笑う、笑っちゃう……あははっ」
笑っていると、目の端に涙が浮かんでくる。
「あはっ、あははははっ、あふっ、ふっ、うっ……」
「アリアリーシェ殿下……」
「うっ、ふぇっ……」
笑い声は嗚咽になり、涙がぽたぽたと垂れる。
頭に腕が周る感触がし、直後、私は倒れた。柔らかい何かに受け止められる。
「イザ、ベラ……」
「泣きたいならば、さっさと泣けばいいのですわ」
「っ……。うっ……ぁあっ……」
「それを咎めるような狭量な方なんて、お気にかける価値もなくってよ」
頭上から、イザベラの声が降ってくる。
さっきまでとなんら変わりない声のトーンで、言ってる事はやっぱり攻撃的で、でも優しかった。
「私っ……辛い、よぉ……」
「知ってましてよ」
「大人、だからぁっ……暗い顔しちゃ、駄目って思ってっ、我慢してたけど……それでも、嫌だよっ……」
「アリアリーシェ殿下は子供ではありませんの」
「うっ、ふぇっ……イザベラの、馬鹿ぁ……」
「……納得出来ませんわ……!」
何か言いたげなイザベラの声を聞きながら、私は小さく笑った。
そのまま泣き止むまでずっと、私はイザベラの胸の中にいた。




