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037.母様とのお話


 二人の知人の名付けという、責任重大なミッションが終わった直後だった。

 ドアがコンコンとノックされ、響いたのは母様の声。


「アリアリーシェ、ちょっと来なさい」

「? 母様?」


 いつになく複雑そうな声色に、違和感を覚えた。非常事態だし、普段と様子が変わるのは分かるけど、それだけじゃない気がする。


 セイラ改めアウルが、確認するように私を見た。首を上下に振ると、彼女はドアを開ける。

 そこにいたのは予想通り母様と、母様の護衛騎士ナックだった。


 母様は私の部屋の中を見て、小さくため息をついた。


「アリアリーシェ、今から一人で、部屋を移動出来る?」

「う、うん。出来るけど」


 出来るけど、なんだか妙に高圧的だ。


「……母様らしいと言えば、らしいかな」

「今なんて言ったの?」

「何にも。一人で移動して、何するの?」


 私が問いかけると、母様は少し迷った後、「王妃として、確認したい事があるのよ」と答えを返した。


「それより、早く行くわよ」

「はぁい……。アウル、アージェ、行ってきます」


 私が部屋の中に向かって挨拶をすると、二人は挨拶を返してくれた。


 * * *


「あなたが先天魔法を使えるとは、聞いていなかったわ」


 母様の部屋でソファに座って横並びになり、第一声がこれ。

 驚きすぎて心臓が口から出るかと思った。


「せ、せんてんまほーって何の事……」

「しらばっくれるのはやめなさい。状況的に、屋敷に結界を張ったのはアリアリーシェでしょう」


 四歳児のふりをして逃げようとする私に、やけに確信的に言い切る母様。おかしい、バレないための認識阻害のイヤリングなのに。


「……なんでそう思ったの?」

「途中で、黒髪黒瞳の不審人物を見かけたの。で、その人の耳には認識阻害のイヤリングがはまっていた。それだけよ」

「認識阻害のイヤリングってだけなら、カーティス兄様の可能性も……」

「ないわね。カーティスは、普通の十歳児。魔獣を片っ端から圧殺していくほど度胸はないし、それで平然としていられるほど狂ってもいないわ」

「狂って……!?」


 私はあまりにもあんまりな物言いにぎょっとした。


「実の娘に酷くない!?」

「事実よ。母親の浮気を認める子供の、どこが狂っていないのかしら」

「ニアム様!?」


 ぎょっとしたように母様の名前を呼んだのは、母様の後ろに立っていたナックだった。彼は母様の前に立って、必死そうに言った。


「ニアム様、キー……彼との話を、アリアリーシェ様にしたのですか!?」

「したわよ」

「いつ!」

「帝国にいる時に」


 母様は、「それより」と私に青い瞳を向けた。ナックが可哀想になる。当のナックは、定位置である母様の後ろに、すごすごと戻っていった。


「さっきの言葉、認めたって事でいいかしら」

「え? ……あー……」


 確かに、そう取れなくもない台詞だったか。


「……あれはその、そういうのじゃなくて……」

「いいわよね」

「……はい」


 最後の抵抗も虚しく押し切られ、私は肩を落とした。

 まさか、こんなにあっさりバレるなんて……。


「……悔しい」

「そう。腹芸も学ぶ事ね。……そういえば、途中でリンドバーグの当主が襲われていたけれど、あれもアリアリーシェの仕業でしょう。何のつもり?」

「あー、あれ?」


 何のつもり、と言われると、


「……義憤と、私怨?」


 そうとしか言えない。

 それを聞いた母様は、ため息をついた。


「まったく。次の当主決め、揉めそうね」

「次……? いや、マディは死んでないよ? 結界で包んでたから」

「ならいいけれど、個人的な感傷であんな事はしないようになさい。ましてあなたは、先天魔法使い……大きな力を持っているでしょう」

「……でも、虐待が……」

「虐待?」


 母様の青い瞳が見開かれた。


「虐待って……リンドバーグの当主が?」

「う、うん。マーシェっていう子が……」

「……へぇ」


 母様は、今度はすぅっと目を細める。それは怒りと軽蔑の中間のような感情をたたえているように見えた。


「自分の愛した人の子じゃないから、かしら。歴史あるリンドバーグも落ちたものね」

「あ、母様、それは……」


 違う、と言いかけて、やめる。

 セイラとマーシェの入れ替わりは、世間には知られていない。なら、母様の認識が一番自然だ。


 そして、入れ替わりについて、二人に無断では話せない。だから、ここは黙っておいた方がいい。


「どうしたの?」

「……なんでもない。私、母様の子供でよかったのかも」


 少なくとも母様は、虐待なんてしていない。それだけではあるが、マディの娘になるよりマシな生まれだった。


 母様は、かすかに狼狽したような顔をする。


「…………藪から棒に」

「初めて思ったよ、こんな事」

「ああそう。神アルテミスに感謝しなさい」


 おかげでここに生まれてきたのだから。


 そう告げる母様の服に、赤いシミのようなものがあるのに気付く。


「母様、それ……」

「え? ああ、これかしら? 安心なさい、ナックの血よ」

「安心出来ないよ!?」


 急にショッキングな情報が出て、思わず叫んだ。

 ナックの血って、なんで!?


「途中で結界が消えて、その時に魔獣が入ってきたのよ」

「あ、私が諸用で離れてた時?」

「……。あの緊急時での諸用は気になるけれど、まあいいわ。ナックがそれを倒した時に、腕を怪我したの」

「そっか……。ナックに悪い事しちゃったな」

「どうせ二週間もあれば治るわ。ねぇ、ナッーー」


 母様が喋りながら、後ろを振り向いて。


 ーー衝撃。


「え」


 腹部をつき飛ばされる感触がし、私はソファの上に倒れ込む。

 つき飛ばしたのは母様だった。母様は私のお腹に頭を乗せて、私に覆い被さっていた。

 視界は塞がれていない。だから、見えた。見えてしまった。



 ナックの剣が母様の背に突き刺さり、私の瞳と同じ色の液体が、母様の服を濡らしているのを。



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