036.名付けのプレッシャー
セイラ/マーシェは、アリアリーシェの友人兼侍従長
マーシェ/セイラは、虐待を受けていた栗色の髪の子
……というように表記しております。スラッシュの前を参考にするといいかもです。
結局、あれからかなり長時間待ったが、新しい魔物は湧いてこなかった。私はこうして戻ってきて、騎士達も一旦リンドバーグ邸に戻った。オーラは念の為番をすると言って、まだ屋根の上に残っている。
針が尽きたんじゃなかったのか、と聞くと、大して魔獣がいないから、接近して噴射しても大丈夫だと言われた。
任せっぱなしは申し訳ないので、私は屋敷内を見回って侵入した魔物を外に出している。殺さないのは甘すぎるかもしれないが、目の前で獣の圧殺死体を見るのは、……ね?
多分、外に出した魔獣は、オーラが討伐してくれているはずだ。彼女にはいつか菓子折りを持っていかなければ。
「うーん、だいたい追い払ったかな」
私は独りごちる。
つい数時間前まで荒事には程遠かった私が、今やこんな真似をしているとは。
なんとなくおかしみを覚えつつ、私はリンドバーグ邸の衣裳部屋に足を向けた。
* * *
メイド服をタンスに突っ込み、転移で自分の部屋に移動した私は、現在生まれたままの姿だ。本当に締まらない。
転移の加護の、微妙な性能にがっくりしていると、ふと変な事に気付いた。
「あれ? セイラどこ?」
部屋の中に、見慣れた紺色の髪が見当たらない。
私が声を上げると、廊下に繋がるドアの向こうから慣れ親しんだ声がした。
「あ、アリアさん」
「……セイラ? 外にいるの? なんで?」
「実は、さっきマーシェが訪問してきたんです。アリアさんに無断で中に入れるのも問題かと思ったので、廊下で待たせてました。でも、久々に姉妹で語らいたいなと思ってしまって」
「それで、セイラが外に出たと?」
「はい」
「この前の誕生日より、成長してるね」
シエンナ義母様を無断で招き入れた時の事をなじると、セイラの声が気まずそうな響きになる。
「あ、あれは、申し訳なかったというか……」
「誕生……日?」
「なんでもないですよ、マーシェ。私のちょっとした黒歴史というか……」
「もう怒ってないけどね。二人とも、入っていいよ」
ごにょごにょと言い訳するセイラを遮り、部屋に入る許可を出す。
すると扉が開き、焦茶色の瞳が私を捉える。
「アリアリーシェ、様」
「どうしたの?」
「部屋……だと、服を着ない……人、なんですか?」
「……あ」
裸に慣れすぎて、忘れていた。
* * *
「いい? 今のは気のせいだよ。夢。単なる夢なの」
「アリアさん、しつこいですよ。耳がタコに侵食されるくらい言われました」
「この子の中で私が痴女認定されたら、死んでも死に切れないっ」
「分かり、まし……た。今のは、夢、です」
「いたいけなマーシェを洗脳しないでください」
「ざ、罪悪感……」
服を着た私は、マーシェ/セイラが素直に頷くのを見て、良心が痛むのを感じた。
セイラ/マーシェはそんな私を見て、呆れたように首をすくめた。のを、マーシェ/セイラが咎める。
「こら……セイラ、主人様、に……そういう、態度、取らないの」
「今のは友人としてなんですけどね。まあ、分かりました、マーシェ」
「二人とも」
私が二人の侍女を呼ぶと、彼女達は私を見る。
「二人って、お互いの事を体の名前で呼んでるの?」
すると侍従長が、少し困ったように、紺色の髪を揺らして頷く。
「そうです。というか、入れ替わりの事も聞いたんですね」
「うん。この子に聞いた。……彼女から、そう聞いてないの?」
私がマーシェ/セイラに視線を向けて侍従長に問うと、彼女は「当たり前ですよ」と言う。
「マーシェがいたのは廊下ですし、そんな秘密話は出来ません」
「それもそっか」
私が納得していると、栗色の髪の少女がセイラ/マーシェを真剣に見つめて口を開く。
「セイラ。一つ……お話、いい?」
「なんですか、マーシェ」
「わたし達の、呼び……方、アリアリーシェ様……に、決めて、貰わない?」
「呼び方?」
「うん。じゃなきゃ、大変……でしょ? 呼び、分けるの」
「それは……」
セイラ/マーシェは藍色の瞳を彷徨わせ、悩む素振りを見せる。ややあって、こくりと首を上下に振る。
「賛成です」
「……本当、に?」
「そっちから聞いてきたんでしょうに。それに、もともと自分の名前に執着はないですし」
藍色の瞳を細めて苦笑する侍従長に、マーシェ/セイラは少し寂しそうな顔をする。
「……ないの? 自分の、名前……なのに」
「ん、まぁ……どうせ転生したら変わりますし」
ジョークっぽく笑うセイラ/マーシェ。
「転、生……って、セイラも、経験した……やつ?」
「はい、そうで……え!? 気付いてたんですか!?」
セイラ/マーシェが、藍色の目を丸くする。
マーシェ/セイラはそんな妹に苦笑した。
「割と、昔……から、なんとなく、ね。普通より、ずっと……賢かった、し」
「でも私、隠してましたし……」
「ただの、子供が……突然、大人になって、適応……出来る訳、ないでしょ」
「……」
セイラ/マーシェは、目を伏せて、小さく呟いた。
「……隠してて、ごめんなさい」
マーシェ/セイラは、目を細め、小さく笑う。
「別に、いいよ。だって……お姉ちゃん、だもん」
「……私の方が、精神年齢は上ですけどね」
「それでも、お姉ちゃん、は……わたし、なの」
姉妹が笑い合う。
血が半分しか繋がってなくても、片方の中身が別人でも、その笑みはよく似ていると、私は思った。
* * *
「それで、私達の呼び方、どうするんですか?」
セイラ/マーシェが、私を向いて聞く。釣られるように、マーシェ/セイラも私を見た。
二人に見つめられた私は、ここまでに考えていた事を口にする。
「それなんだけど……アウルとアージェとか、どう、かな……って……」
言っているうちに自分のネーミングセンスに自信がなくなり、言葉が尻すぼみになっていく。
思いついた時は、素敵な呼び方だと思ったんだけど……いざ音にすると、なんか……気取りすぎな感じがしてきた。
「由来は何ですか?」
「聞かないでよ恥ずかしいっ」
「え!?」
セイラ/マーシェを理不尽に怒鳴り、私は斜め下を向く。
「でも、一応私の名前になる訳ですし、知りたいんですが」
「わたし、は……アリアリーシェ様が、言い……たくない、なら、聞かないで……おき、ます。だけど、セイラ……が、知りたいなら、教え……て、あげて、ください」
健気なマーシェ/セイラに、私の良心が再び痛む。
ふーっと息を吐いて、私はぼそりと言った。
「……元素記号」
「え?」
「だから、元素記号! アウルが金で、アージェが銀!」
「金と銀……」
目を丸くするセイラ/マーシェに、私は言わなきゃよかったと後悔する。
由来は、さっき言った通り、金ーーアウルムと、銀ーーアージェントだ。やっぱり気取りすぎな気がする。
そして、わざわざ金銀にした理由が、
「もしかして……私達の、髪留めの色ですか?」
セイラ/マーシェが、自らの金の髪留めに手を触れる。マーシェ/セイラも、そっくりの動作で銀の髪留めを触った。
全く同じ模様の髪留めを。
「うん、まあ。その髪留め、印象的で。……もちろんこれはただの案だし、嫌なら別のを考えるけど」
私がごにょごにょとそう言うと、二人ががふわりと笑う。
「いいんじゃないですか?」
「素敵、だ……と、思います」
「……本当に? 後悔しない?」
「しませんよ。……多分」
「多分って何!?」
他人の名前を考えるとか、もう二度としたくない。
私は疲れた思いで、二人の侍女ーー紺色の髪の侍女長アウルと、栗色の髪の少女アージェを見守っていた。
** * **
……って、これで終われば、単なる素敵なお話だったのにね。




