035.呆気ない幕切れ
「……怒ってる?」
マディに魔獣の群れが襲いかかるのを見る私は、マーシェ/セイラに恐る恐る聞く。
マディは、どんな事情があってもマーシェとセイラの母だ。そんなマディを痛めつけられて、不快に感じてないだろうか。
マーシェ/セイラは、私の質問の意図を完全に汲み取り、首を振る。
「い、え。これに……怒る、関係……だったら、そもそも、こう……は、なって、ない……と、思います。それ、に……怪我は、させてない……でしょう?」
「流石に、ね」
いくら頭に血が上っていようと、人殺しには抵抗がある。
マディは魔獣に襲われているが、ちゃんと結界で保護してある。単純に怖いだけで、実害はない。
トラウマになるくらいに怖がってほしい、と思う私は、性格が悪いのだろうか。
「……でもやっぱり、自分勝手だけど謝らせて。あなたの親にあんな事してごめん、マー……えっと……」
呼び方に悩み、口をつぐむ。
マーシェ/セイラは、少し考える素振りを見せて、言った。
「アリアリーシェ、様……が、わたし達の、呼び方……を、決めて、くだ……さい」
「え?」
「わたし、達……の、どっちを、マーシェって、呼んで……どっちを、セイラ、って、呼ぶ……か。あるいは、もっと、別……の、呼び方に、するのか」
「……それって、プレッシャーが大きくないかな」
マーシェ/セイラの提案に戸惑う。
なにせ、実質的に二人の人間の名前を決めるようなものだ。考えただけで胃が痛い。世の中の親は、こうしたプレッシャーに耐えて名付けをしたのだろうか。
……いや、生まれた時の天気で名付けた前世のお母さんとか、名前を回文にしようとした父様は、そんなもの感じてなかっただろうな。
父様の名付けを制止してくれたルーシー義母様に改めて感謝していると、マーシェ/セイラはもう一度首を振った。
「わたし、は、構いません。アリアリーシェ……様、に、してほしい……です」
「……そう」
そこまで言われたら、私が決めるしかない。
「セイラ……セイラ? の許可が取れたら、そうするね」
「はい」
「……私、いい加減、屋敷の守りに行かないと。オーラに怒られる」
外では、戦闘音がかすかに鳴り響いている。オーラがへばってないといいけど。
私はそう考えながら、認識阻害のイヤリングを耳に付け、割れた窓を通る。そして、マーシェ/セイラの方を振り向いた。
「私、今から外に行くけど、早まらないでね? 絶対に」
「は、い。もちろん……です」
「絶対にだよ? 死んだら許さないよ。お葬式の時に、思い切り罵るからね」
「死なない……ので、そんな……事、しなくて、も、大丈夫……です」
「そう。信じるよ」
「はい」
何度も念を押して、今度こそオーラがいるであろう屋根に登っていった。
* * *
「遅いわ〜」
結界で作った階段を上り切った直後、針を投げ続けているオーラに睨まれた。そこに本気の怒りを感じる。
「ご、ごめん」
「謝る暇があるなら手伝って〜」
「うん」
私は言われるがままに結界を作り、魔獣を押し殺していく。もはや流れ作業だ。
私が下の階に行ってから、思っていた以上に時間がかかったらしく、魔獣の数はかなり減っていた。
「途中で結界がなくなって、そこそこの数、魔獣が侵入していったのよ〜。騎士の人達がいなかったら、もっと侵入してたところだわ〜。中にいる人に何かあったら、どうしてくれるのかしら〜」
「それは……中の護衛騎士に頑張ってもらうしか」
母様の護衛騎士、ナックを思い浮かべる。もちろん彼以外にも護衛騎士はいるため、対応し切れないという事はないだろう。
「はぁ〜……まあいいわ〜。それより、わたしが一番聞きたいのはあれよ〜」
「あれ?」
オーラが顎をしゃくる先を見ると、そこにいたのは、私が追い出したマディだった。
遠くて表情はよく見えないが、外傷はなさそうでひとまず安心した。怪我させたら、私の気分が落ち着かないし。
「あれ、フウカちゃんの仕業でしょう〜。なんでこんなところに連れて来たの〜?」
「……私だって、マディがいつまでも言い訳してなかったら、もう少し柔らかい罰にしたし……」
「あなたこそ、言い訳しないの〜。あそこに一般人がいるせいで、しばらくあっち側に針を打てなかったのよ〜」
「途中で守られてるって気付いて、打ちまくったけど〜」と嫌味っぽく言うオーラに、頭が上がらない。
ただ、一つ気になった事もある。
「人がいるせいでって言うけど、それを言い出したら色んなところに騎士がいるでしょ?」
「戦闘職と一般人は別でしょ〜?」
「ごめんなさい」
初対面の印象がほんわかした女性だっただけに、怒った様子はかなり怖い。
私は余計な口をきかず、魔獣潰しに専念する事にしたのだった。
* * *
それから、更に三十分程度が経過し。
「それにしたって、こんなに大量の魔獣、どこから湧いているのかしら〜」
針が尽きたと言って、私の隣に座り込むオーラは、ローズピンクの髪をいじりながらぼやいた。
「どこからって、そこの林からでしょ?」
私はその疑問を不思議に思いつつ、小さな林に視線を向ける。
まだ少しづつながら魔獣が出てきている。戦闘は長引きそうだ。
オーラは首をすくめて説明する。
「それはそうよ〜。だけど、あのサイズの林に、こんなに大量の魔獣は住めないと思うの〜。それに、あんなに住み着いていたって分かってたなら、わたし以外の冒険者もここに来ているはずよ〜」
「つまり?」
「あんなに出てくるのは、不自然すぎるわ〜」
金の瞳を細め、オーラが顎に手を当てる。
「今度、調査する必要があるわね〜。彩虹の冒険者の誰かを誘って、林を調、べ……?」
その独り言が、急に失速する。原因はすぐに分かった。
林から、魔獣が出て来なくなったのだ。
オーラは立ち上がり、私は結界作りを一旦中止する。
「……突然、どうしたのかしら〜?」
「終わった、のかな。魔獣がこれ以上いないとか」
「それにしては、収まり方が急すぎると思うのよ〜」
「だけど、そうとしか考えられないよ」
「そうよね〜。残りの魔獣を片付けながらしばらく様子を見て、それで判断するしかないかしら〜」
私はオーラの言葉に頷いて、騎士達と交戦している魔獣に結界を向け、殺す。
それを繰り返しているうちに、魔獣の群れは完全に滅んだのだった。




