032.虐待疑惑
「異世界人召喚の魔道具……?」
私が耳慣れない単語に眉を寄せると、マディが頷いて説明する、
「はい。この絨毯の上に、外の世界の人間を喚び出す事が出来ます。現在はそれを使おうとしていました」
「それをしてどうなるの?」
「今の危機を喚び出した方に解決していただきます」
「急に召喚されて、出来る訳ないでしょ」
「異世界人の方には強大な力がありますから」
「仮にそうだったとして、そもそもっ……」
倫理的にどうなのか、という問いを、喉の奥に留める。
話がずれている。召喚に対する倫理観なんて、今はどうでもいい。
「……それより、使おうとしてたって行ってたけど、マディがやろうとしてたの?」
「いいえ。マーシェがやりたいと言ったので、マーシェが召喚する予定でした」
「マーシェが?」
嘘臭い。直感でそう感じる。
言葉の後半には真実味があるが、前半は十中八九嘘だ。
そもそも、さっきの殴った音は聞き間違いじゃなかった。マディが強要していたと考える方が自然だ。
私はマーシェに視線を向ける。
「……なんであなたはやりたがったの?」
「自分も騎士達の手助けになりたい、と」
「マディには聞いてない。マーシェに聞いてるの」
そう言ってマーシェをじっと見ると、彼女はぴくりと肩を震わせた。
「……おっ、お母様、の……言う通り、です。今、危険……だから、なんとか、しないと、って」
「……」
マーシェの言葉にも、やはり演技っぽさが滲み出ている。
しかし、追及しても無駄だろう。
「マーシェ自身も、そう言っているでしょう?」
「……まあ、それはそう。でも、なんでマディは止めなかったの?」
魔道具というのは、魔力を消費して使う。
そして魔力というのは、例えるなら細胞のようなもの、だそうだ。
あるのが普通で、なければ生物とは呼ばない。そんなもの。
それを使い切るとーー実例こそないがーー体に深刻な影響を及ぼす、と言われている。
なのに、何故制止しなかった?
「マーシェの決意があまりにも固かったので、止められませんでした」
「決意が固いってだけで? 確認するけど、二人は親子でしょ?」
「はい」
「なのに、自分の娘が危険に飛び込むのを、傍観してたんだ?」
「はい」
即座に返され、閉口する。
私自身、前世も今世も家庭環境に恵まれたとは言えないが、リンドバーグ家はより劣悪だ。
「……それなら、マーシェの父親は? 止めなかったの?」
「この子の実の父は、死んでますよ」
「えっ」
「八年くらい前に、病死しました」
目を丸くして、声をあげる。
セイラからは、そんな話は聞いてない。秘密主義すぎやしないだろうか。
「じ、じゃあ、今のリンドバーグ家当主は誰なの?」
「私です。リンドバーグ家は、そもそも女系なので」
自分の胸に手を置くマディ。
「……マーシェが召喚するって聞いた時、セイラはどういう反応だったの?」
「あの子には、伝えていませんよ」
淀みのないマディの返答に、歯噛みする。
思い付くままに質問をしようと口を開いて、
割れた窓から飛び込んできた影に、それを遮られた。
* * *
その影に照明が当たり、姿形がはっきりと浮かぶ。
それは鳥だった。カラスのような黒い全身に、赤い二つの瞳がよく映える。魔獣だ。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げたのは、マディだった。そちらを見ると、彼女はマーシェの後ろに移動していた。
「……盾にするつもり?」
移動した意図に気付いた途端、腹の底から怒りが湧き上がる。
「お、お父様……」
涙目で、カラスのような魔獣に視線を向けるマーシェの口から、すがるような声が出る。
私はその様子に、更に怒りをたぎらせ、
「黙りなさいセイラっ!」
マディの怒鳴り声とその内容に、唖然とする。
マディは、自分の吐いた言葉に、血の気の引いた顔をしていた。
「今、セイラ、って」
「い、言い間違いです。そんな事よりも、今はあの魔獣への対処を考えて……」
私はすぐに結界を作り、魔獣を閉じ込める。屋敷の外にも作る。
会話に夢中で、屋敷の結界が無意識のうちに解けてしまったのだろう。だからここまで入って来れたのだ。ここまで食い止めようと頑張ってくれたであろうオーラには、頭が上がらない。
心の中で感謝と謝罪をしながら、マディを睨む。
「安心して、魔獣はもう動かない。それより、セイラって呼んだのはなんで?」
「なっ……なんで、魔獣の動きが止まって……」
「知らない。今のうちに話して」
「そういう訳にはいきません。いつ動き出すかも分からないので、あいつを殺すのが先です」
「〜〜あぁっ、うるっさい!!」
感情のままに、叫んだ。
怯えたように肩を揺らしたマーシェを回り込み、マディの脛を蹴る。
「さっさと答えなさい! なんでさっきセイラって呼んだの、マーシェを虐待していたの!?」
ここに来て数分しか経っていないのに、やけに腸が煮えくり返るのを感じる。
ここまで怒りを感じたのは、パーシヴァルに貧乳扱いされた時以来。ううん、あの時なんかよりもっと激怒している、
「何を根拠に虐待など……」
「さっき、殴った音がしたでしょう!」
「聞き間違いではありませんか?」
「そんな訳ないでしょ、私は一部始終をベランダで聞いてたの!」
ブラフを言った途端、マディが焦りを見せる。
「……なっ、何故、ベランダに」
「言い訳を考える時間稼ぎ? 十秒以内にさっきの質問に答えて。じゃなきゃ、あなたはあの魔獣と同じ状態になる。永遠に、ね」
もはや黙秘権なんてものもないが、そんなの知らない。マーシェを盾にしようとした時点で、極悪人は確定だ。
マディはわずかな逡巡の後に、口を開く。
「……セイラと言ったのは、ただの呼び間違えです。虐待は、していませんが……少し、躾が過ぎたかもしれません」
「それが答えでいいんだね? 嘘だったら、もっと酷い目に遭うけど」
「……はい」
躊躇いがちに頷くマディ。
私はマーシェの方に向き直った。
「マーシェ。一つ聞かせて」
「……ひ、ぅ」
「大丈夫。首を縦か横に振ってくれればいいから」
私はそこで膝立ちになり、マーシェと視線を合わせた。
「あなたは十歳より下の年齢?」
「……ふぇ?」
予想外の質問だったのか、焦茶の瞳を丸くするマーシェ。しかしすぐに首を上下に動かした。
「ありがとう」
礼を言って、立ち上がる。マディを見た。彼女は青ざめた顔で首を横に振っている。
「ち、違います、その子はもう十二歳で……身長が低いだけなんです」
「調べれば分かると思うから、無闇な言い訳は見苦しいよ」
マディの言い訳を切り捨てて、私は疑問を口にする。
「なんでマーシェが、八年前に死んだお父さんを呼んだの?」




