031.窓ガラスの割れた音
共同戦線が張られて三十分。戦況は、じりじりと私達有利になっていた。
私が魔獣を結界魔法で押し殺し、オーラが毒針を投げて殺す。誤爆に気をつけるだけの流れ作業だ。針が二十メートル先の標的に当たる光景には、違和感しかないが。
そんな違和感だらけのオーラが、針を投げながら言う。
「凄いわね〜、フウカちゃん。おかげで随分と楽になったわ〜」
オーラに称賛されるも、凄いのは神様に貰った結界魔法であって私ではない。反応に困り、とりあえず曖昧な笑みを浮かべておく。
「あ、ありがとう?」
「お世辞じゃないわよ〜。あなた、冒険者にならない〜?」
「冒険者?」
「知らないの〜? 魔物を倒す、ハンターみたいなお仕事よ〜。一般常識だから、覚えておいた方がいいわ〜」
「あはは……」
まだこの世界で四年しか暮らしてないから。常識には疎いんだよ。
「まあ、冒険者に必要なのは魔物への知識だけで、他はなんにもいらないわ〜。全裸で出歩いても、強ければ許されるから、安心して〜」
「それは魅力的……ってそうじゃない」
転移の加護のデメリットが消える点を魅力的に思っただけだ。しかしまるで私に露出趣味があるような言い方をしてしまい、慌てて口を塞ぐ。
幸いオーラには聞こえなかったようで、熱心に冒険者のアピールポイントを語っている。
「強い冒険者なら、素敵な二つ名も貰えるのよ〜。わたしは、"以毒制魔"っていう二つ名があるの〜」
「以毒制魔……以毒制毒のもじり?」
「そうそう〜」
なるほど。毒を以て魔物を制すって事か。毒針を使っているオーラにはぴったりの二つ名だろう。
「他には?」
「う〜ん、そうね〜。"被虐趣味"とか……」
「……」
「あ、待って、うそうそ違うのよ〜! ダリウスの二つ名は例外! 他は大体全部かっこいいわよ〜」
側から見たら割と余裕で会話をしているように見えそうな私達だが、一応やるべき事はやっている。また一匹、兎っぽい魔獣を潰した。
思っていたより精神的に来ないのは、助かるけど嫌だ。なんだか私がサイコパスみたいだ。
私が押し潰した魔物を遠目で見ながら、オーラがぼやく。
「そうね〜。あなたなら、"圧殺機械"とか……」
「絶対嫌!」
「だったら、切り口を変えて……屋敷を守ってるから、"難攻不落"とか、"守護天蓋"とか〜?」
「"守護天蓋"はいいかも……」
「まあ、どうなるかは分からないけれど、ね〜」
オーラは、言葉の最後で針を振りかぶって、ダーツのように投げる。
気のせいだろうか? 二体同時に倒したように見えたけど。
「他には、"金城湯池"とか、あるいは"金城鉄……」
オーラが何かを言いかけた、その瞬間だった。
「ーー早くしなさい、マーシェ!」
下から、そんなくぐもった声が響いたのは。
* * *
私はオーラと顔を見合わせる。
私達が今いるのは屋敷の屋根の上。今の声がしたのは、恐らくここの下の階からだろう。
しかも、呼ばれたのはマーシェーーオーラにナンパされていた少女で、声の主は、気のせいでなければセイラの母マディだった。
オーラが眉をひそめる。
「マーシェちゃん……結局あの後、お部屋に返せなかったのよね〜」
「部屋に返す?」
「戦いが始まりそうだって感じがした時に、近くにいた子供はみ〜んなお部屋に帰らせようとしたのよ〜。でも、マーシェちゃんだけ逃げちゃって〜」
私はオーラを部屋に連れて行った事を思い出し、あの奇行の意図に合点がいく。
「どうする? なんだか不穏そうだけど」
「どうしようもないわよ〜。下の階まで行ってる時間はないわ〜」
まあ、それはそうか。
気にはなるが、後回しにせざるをーー、
「つべこべ言わず、やりなさい!」
「ぃたっ」
人が人を殴るような、小さくて鈍い音が耳に届く。
『イエティ、明日は覚悟しとけよ!』
四年前の前世の記憶が、フラッシュバックする。
このまま放置していれば、あの時の二の舞……否、なお悪い。
「っ、フウカちゃん!?」
オーラの狼狽した声を気にも留めず、私は駆け出していた。
* * *
結界で下の階へ続く足場を作り、音の発生源と思われる部屋に辿り着く。
窓はカーテンごと閉まっていた。結界でなんとか鍵を開けてーーいや。そんな悠長にしている暇はない。中の状況が気になるし、早くオーラのところに戻らなければならない。
割る? だけど……。
「そこに立ちなさい、マーシェ!」
「っ」
躊躇いを、その高圧的な言葉が吹き飛ばす。
「ごめん、後で弁償する」
私は誰ともなしに謝る。
そして、窓ガラスに結界を押し当てた。
* * *
パリン、という音がする。圧力に耐え切れず、窓ガラスの割れた音。
私は窓枠をまたぎ、カーテンをめくって中へと足を踏み入れる。
そこは絨毯が敷かれただけの、殺風景な部屋だった。中にいたのは二人。
「なっ……何者ですか!」
そう叫んだのは、予想通りマディだった。その隣で座っているのは、マーシェ。
二人は、同じ焦茶色の瞳で、私を見ていた。
「……そうか。二人って、親子なんだ」
瞳の色、髪の色、顔のつくり。全てが似通ったマディとマーシェを見て、場違いながらに納得する。
マディは私を睨んで、問い直す。
「質問に答えなさい。何者ですか」
「フウカ」
端的に答え、マディを睨み返す。
「私の質問にも答えて。今は何をしようとしてる?」
「……あなたには、関係……」
「ある」
即答する。大切な友人の、妹が関わっているから。ない訳ない。
しかしマディは、「はぁ?」とでも言いたげに眉を上げた。まあ、それはそうかもしれない。彼女からすれば、私はーー認識阻害のイヤリングをつけ別人になった私は、ただの不審者だ。
「ある訳ないでしょう。不審者に教える事など」
「……あっそ。じゃあ」
私は認識阻害のイヤリングを外す。マディとマーシェが目を見開いた。
「不審者じゃなかったらいいんでしょ。教えて、何をしてるの?」
「……例えアリアリーシェ様の願いであってもーー」
「願いじゃない。命令」
「っ……」
マディは言葉を詰まらせて、少しの逡巡ののち、諦めたように視線を下げる。
「ここに、絨毯があるでしょう」
「? うん」
「これは、古くから我がリンドバーグ家に伝わる魔道具なのです」
「魔道具……? どんな?」
私が聞くと、マディは視線を私に向けて言った。
「異世界人召喚の魔道具です」
と。




