029.急転
リンドバーグ邸を一人で徘徊する私は、さっきの事を思い出してぶつぶつとぼやいていた。
「はぁ〜……もう、信じられない……」
信じられない。頑固なセイラも、その腹いせに家出みたいな事をした私も。
多分今ごろ、セイラは困っているはずだ。何せ、主に逃げられたのだから。私の目論見は無事成功したと言える。
「これじゃ正真正銘の四歳児だよ……」
と、とぼとぼと歩いていた私は、
「いっ、いえっ、私は……」
「別にいいでしょ〜?」
ふとそんな会話を聞いた。
声の方向を見ると、そこにいたのは二人の女性。
一人は 少し癖のあるローズピンクの髪と、金の瞳を持つ、二十代中盤くらいの女性だ。何より特徴的なのが、頭に生えた動物のような耳。獣人だろう。
もう一人は、少女という言葉が似つかわしい、十歳くらいの子供だ。猫背気味で、栗色の髪を銀の髪留めでまとめている。なんだか見覚えがある。
私は彼女達が気になって、声をかける。
「なんの話?」
「ひゃいっ……」
肩を跳ねさせたのは、栗色の髪の少女だった。そんなに驚かせただろうか。それとも、私の目の色が原因だろうか。
「今ね〜、マーシェちゃんのお部屋に行きたいって言ってたの〜」
そう答えたのは、ローズピンクの髪の女性。少女とは対照的に、余裕のある態度だ。
しかしその内容はあまり笑えない。
「マーシェちゃんって、この子の事?」
「そうよ〜?」
「ナンパ?」
「違うわよ〜? マーシェちゃんも可愛いけど、わたしはやっぱり、かっこいい男の人と結婚したいわ〜。優しくって〜、顔が綺麗で〜、背が高くて〜、安心感があって〜」
「あ、もういいです」
具体例を挙げだす女性を、私は制する。
というか、肝心のマーシェはこの間にどこかに消えたし。
「あ〜、マーシェちゃんどこかに行っちゃった〜。……まあいいわ〜、後で探しましょう。そうだ、あなたのお部屋はどこかしら〜?」
「はい??」
「折角だから、あなたのお部屋に連れて行ってほしいの〜」
「教えないよ? 個人情報!」
「それなら、わたしの個人情報も教えるわね〜。わたしの名前はオーラ、職業は薬師兼冒険者で〜……」
「私は教えないから!」
* * *
結局連れてきてしまった。
自分の部屋の戸の前で、私は遠い目をしていた。
あんな子供っぽい理由で飛び出したのにとんぼ返りなんて、恥ずかしいにもほどがある。
私がとんぼ返りした原因である女性ーーオーラは「あら〜。ここがそうなのね〜」と呑気に呟きながら、ドアをノックし、
……ドアを、ノック!?
「申し訳ありません。今アリアさんは……」
「あら〜? それってもしかして、わたしが連れてる子じゃない〜?」
「はい!?」
オーラが言った途端、扉がばっと開く。
そして、藍色の瞳と目が合った。
「……」
「……」
「「……」」
とんでもなく気まずさを感じていると、オーラが「じゃあ、さようなら〜」と言って去っていく。何がしたかったんだこの人。
「……ええと、おかえりなさいアリアさん」
「……た、ただいま……?」
こうして、私の初めての家出(?)は幕を閉じた。
* * *
「一瞬、アリアさんが人質になったかと思いました」
部屋に入り、セイラがオーラと話した時の心境を語る。
私は、まだ気まずさを感じていた。
だって、謎の理由で部屋を飛び出して、一時間どころか5分もしないうちに戻ってきたって、恥ずかしすぎる。黒歴史確定だ。
「オーラさんの話は聞いていたので、今にして思えばありえない事でしたけど」
「……オーラって、そんなに凄い人なの?」
居た堪れなさを心の隅に押しやり、質問をする。
セイラが話を聞くほどの有名人なのだろうか。
「確か、冒険者っていう、魔物退治の専門家の中でも最強である事の証……"彩虹"の位を持っているとか」
「へぇ。よく分からないけど、自己申告通り凄いんだね、まだ精神年齢は私と同じくらいだろうに」
「……実は、オーラさんの実年齢は結構高いという噂もあります」
「何歳くらい?」
「それは、私の口からはちょっと……」
セイラが口ごもる。
……三十くらいだろうか?
「というか、オーラの話っていつの間に聞いてたの?」
私は疑問を抱き、セイラに問う。
セイラは基本的に私と一緒に行動しているが、私はセイラがオーラの話をしているのを見た事がない。
「ああ、昔一度、マディに聞いた事があったんです」
「マディ?」
「私の母ですよ。ここに来た時、私達を出迎えた人」
「……ああ! あれ、セイラのお母さんだったの!」
栗色の髪の女性を思い出し、ぽんと手を打つ。
セイラとはあまり似ていなかったので、親族だとは思わなかった。
いや、セイラは不義の子だったから……んんん、この思考はよそう。
「お母さんの事、呼び捨ててるんだね」
考えの方向を変えるため、思いついた事を話す。
「そうですね。私は……」
セイラが返事をしかけた、その時。
どたどたどたっ。
荒々しい足音が廊下から響いた。
私とセイラは顔を見合わせる。
ここは貴族邸だ。こんなに品のない足音を立てる人物がいるはずがないのに。
「すみません、少し見てきます」
セイラがそう言って立ち上がる。のと、同時だった。
「ーー失礼します!」
激しいドアのノックと共に、先程の女性ーーマディの声が響いたのは。
* * *
「マディ!?」
セイラが驚いたように彼女の名前を呼ぶ。
さっきの話からすると、マディは一介の侍女ではなく、貴族だ。
それが、あんな足音を立てる?
「どうしたんですか!?」
セイラが叫ぶと、マディもドア越しに叫び返す。
「一旦部屋に入らせてくださいっ!!」
マディのただならぬ様子に、セイラは私を見る。
私は頷いた。
「いいよ、入れて」
「……分かりました」
セイラはドアを開ける。マディが中に入ってきて、開口一番、早口でまくしたてた。
「アリアリーシェ様、ただいまこの屋敷は魔獣に包囲されています。大変恐縮なのですが、私がお呼びするまで部屋でお待ちいただけますでしょうか」
「…………え?」
あまりにも急すぎる言葉に、頭がついていかなかった。
ほうい? それって、あの包囲?
「包囲、って。どういう事ですか、マディ!」
「そのままの意味です。幸いな事に、今この屋敷にはグールドナー様……彩虹の冒険者様がいらっしゃいますので、彼女に頼ればアリアリーシェ様方に危険が及ぶ可能性は低いと思われます」
「それでも、一人じゃ……」
「話を聞いていましたか? グールドナー様だけでなく、近衛騎士団の方々にも来ていただいております。一人ではありません」
目の前で繰り広げられる、セイラとマディの親子喧嘩。
私はそれを聞き流しながら、窓に歩み寄ってカーテンをそっと開けた。
そこにあったのは、無数の赤い光。違う、光じゃない。太陽の光を反射して煌めく、赤い瞳だ。
そしてその瞳の持ち主は、全部獣ーー魔獣、だ。
赤い瞳は、魔物の特徴。
私と同じ色の目が、この屋敷をじぃっと見つめていた。




