026.トロッコ問題
コンコンと、カーティス兄様用の部屋のドアをノックする。
「カーティス兄様。正門のところまで一緒に行かない?」
しばらくして、ドアが開く。
その先にいたのは、当然のごとくカーティス兄様。
しかし、その格好は見慣れないものだった。
庶民服。まごう事なき庶民服。
カーティス兄様が王族として以外の服を着ている。珍事だ。
「おい、そんなに俺を見てどうした?」
「何でも。可愛い服だなって思っただけ」
「可愛い……」
何故か複雑そうなカーティス兄様に首を傾げる。
……まあいいか。
「ほら、早く行こ?」
「わ、分かった……」
私は、兄様の手を取って歩き出した。
* * *
「このイヤリングの使い方は、そんなに難しくない。耳につける、なりたい姿を想像する、以上。それだけで、顔も声も匂いも変わる。分かったかい、鮮血王女さん」
「うん。ありがとう、教えてくれて」
鮮血王女、という単語にイラッとしつつも、礼を告げる。
目の前の少年ーーユーガット帝国第三皇子、ティボールド・ユーガットは、「礼を言われるまでもない」と蒼白銀の髪をかき上げた。
「ボクみたいな神アルテミスに祝福されし存在は、その他の有象無象に優しくする義務があるからね……ああ、この完璧な身が呪わしい」
「まず付けて、なりたい姿を想像……」
「曖昧な想像だと、自分の身長と同じくらいじゃないと発動しないからな。気をつけろ」
「カーティス兄様、ありがとう」
また自己陶酔に浸っているティボールドを他所に、私は認識阻害のイヤリングを使ってみる。
想像するのは……まずは目の前にいるティボールドにしよう。
「ぼ、ボクの姿を借りるとは何たる不敬……! 確かにボクの姿は美しい、それは認めよう。だがしかし……」
やっぱり、実在する人物の姿形を真似るのはやめとこ。
もっと曖昧な……"金髪の子供"とかでいいや。
「成功したな。さすがだ」
「カーティス兄様……と、ティボールドのおかげだよ」
「当然だ。ボクを何だと思っている? ティボールド・ユーガットだぞ。兄上と兄上の弟で、ユーガット帝国の第三皇子……」
「知ってる」
「兄上二人を呼び分けてくれない? ややこしい」
ちなみにティボールドは、現在十四歳だ。将来が恐ろしい。悪い意味で。
「あとは、一応偽名も決めておくか。俺の事はカートと呼べ」
「どうせボクの神々しさはちゃちな魔道具と偽名程度で隠せないだろうが、ボクはティビーと呼べばいい」
「分かった。私はアリアで……」
「安直な。もう一捻り加えたらどうだい?」
「なんでだ」
兄様がツッコミを入れる。しかしティボールド、ならぬティビーは意見を曲げようとしない。ティビーだって十分安直だろうに。
言い返すのも面倒になったので、別の愛称を考える。
何だろう。愛称……。いっそ前世の名前とか? フウカ……変な名前って言われそう。
フウカの方に捻りを入れようかな。確か風花、すなわち雪が由来だったはず。
そこから取って……スノー、ホワイト、ニベア、ネージュ……
……ネージュ!
「ネージュはどう?」
「ふむ、なかなか端麗な響きだ。認めよう」
「いいとは思うが、なんでネージュ?」
不思議そうにしばたくカーティス兄様、ならぬカート。
私は「なんでも!」と答えて誤魔化した。
* * *
「これが帝国の新技術、貨車です」
作業員のような人に紹介された、貨車。
それは前世でいうところのトロッコだった。
「こんなものが走るのか?」
「はい、線路の上を通って。将来、これを炭鉱での作業に役立てる予定です」
「どんな仕組みなんだ?」
「失礼、これ以上は機密情報ですので」
「むぅ……」
父上に教えたかったのに、というカートの心の声が聞こえてきそうだ。
ちなみにこれは前世でいう工場見学みたいなもので、作業員が丁寧に説明してくれる。出来ない部分も多いようだけど。
平民でも普通に見学可能なので、なんで王族の私達がこんな事してるんだろうと思ったり。まあ、楽しいけどね。
「どうだ? 凡俗どもであっても、群れになればこの程度のものは作れる。それが我が国の素晴らしいポイントだ」
「ティビー、作業員さんの顔が引きつってる」
内心、なんだこのガキって思ってそうだ。
にしても、トロッコを見てるとあれを思い出す。なんだっけ……そう、トロッコ問題。
「ねぇカート、ティビー」
「なんだ?」
「どうした鮮血おごふっ」
余計な事を言おうとしたティビーの脛を蹴り、思いついた質問を始める。この世界の文化に合わせて、アレンジは加えるけど。
「あなたは暴走する馬車に乗っています」
「お、おう」
「馬が向かうその先には五人の人が立っており、暴走馬車に気付く様子はありません。このままだと馬に食い荒らされます」
「そんなことあるか?」
「どうも馬はお腹が空いたせいで暴れているらしく、お肉を食べさせれば暴走はやむと思われます。しかし、馬車の中にある肉はあなたともう一人の同乗者だけ」
「御者が行方不明に」
「あなたは痩せており、馬に食べさせても暴走は止まりません。しかし同乗者は太っており、それだけあれば馬を満足させられるでしょう」
「……いや、そもそも馬って人肉食べるのか?」
「馬は先に立つ五人を食べる、あるいは同乗者一人を食べる事で落ち着きます。さて、あなたはどういう判断を下しますか?」
一気に言い終える。
合間合間に相槌を打ってくれたカートは、「うーん」と悩むような仕草を見せる。ティビーはいまだ痛みに悶えてる。
「そもそも同乗者が抵抗するんじゃないか?」
「……寝てるんだよ同乗者」
「すごい胆力だな。そんな重い人間を運べるとは思えないが」
「それは、火事場の馬鹿力的な?」
「あと馬って草食だろ」
「もう、架空の話だよ! で、どうするの?」
粗をつつかれ、恥ずかしさを誤魔化すように問い直す。カートは間髪入れず答えた。
「まあ、同乗者をいけにえにするだろうな」
「仮に同乗者が、カートと仲良しでも?」
「ま、そうだな。被害者は五人より一人の方がいいだろ?」
「なるほどなぁ」
カートは合理派かあ。なんだか予想通りだ。
と、そう考えているタイミングで、ティビーが「おい」と不満気な声をあげる。
「貴様、このボクに暴力を振るうとは何事だ鮮血おごあっ」
「既視感だな」
カートが呆れたようにため息をつく。
帝国の技術見学は、そんな風に進んでいった。
** * **
ああ、そうだ。
もしこのやり取りがなければ、辿る未来は違ったものになっていたのかもしれない。
思わずにはいられない。
第二皇子が技術見学に誘っていなかったら、私は異世界人召喚をしていただろうか?
……やっぱり、時期が後ろにずれるだけで、最終的には召喚してたかもなぁ。




