023.絶対にサービスシーンではありません
「ふわぁ〜……」
私はお行儀悪く天蓋付きベッドに飛び込み、そのふわふわさを堪能する。
このベッド、ユーガット帝国が用意してくれたものなんだけど……なんか、やたら気持ちいい。人を駄目にするタイプのベッドだ。父様の部屋にあった椅子といい勝負。
四年間も高級なベッドで寝て起きて昼寝していた私を、こうまで堕落させるとは、ユーガット帝国恐るべし。
「楽しそうですね、アリアさん」
「楽しいよ? セイラもやる?」
「やめておきます。私がやると、二度と起き上がれなくなりそうなので」
「そっかー」
もったいないな、とは思うけど、やらないだろうと予想はしてたので、落胆はない。この部屋にいるのが私達だけとはいえ、メイドであるセイラがこんな事は出来ないだろう。
……ああ、そうだ。実を言うと、今この部屋にいるのは私とセイラの二人だけなのだ。普段は一応他にもいるんだけど。
理由は単純に、これ以上必要ないから、だ。
侍従の仕事は、もちろん主の衣食住を整える事だが、衣服は魔道具なるものを使って洗濯し、食事は毎食ユーガット側が準備してくれる。住、すなわち清掃も、私が望めばユーガットの人間がぱぱっとやってくれるらしい。
そのため、現状のセイラは荷物持ち以上の働きが出来てなかったりする。
それでも一緒に来たのは、せっかくだしセイラも来てほしいと私が所望したっていうのと、ユーガット帝国から出た後にやる事があるからだ。
それは、セイラの里帰り。割と前から決まっている予定だ。
セイラの生家であるリンドバーグ家は、ナウロン王都とユーガット帝国の中間あたりに領地を持っている。だから、この機会にまとめて帰省しようという事になった。
その際も、母様や兄様とは一緒の予定だ。
「セイラってさ」
寝転がったまま、私の荷物を整理するセイラを横目で見る。
友人に自分の世話をさせて平然としている私は、王族という立場にかなり毒されているのだろう。
「両親と、どんな関係なの?」
「両親との関係、ですか?」
「念の為言っておくと、今世のね」
私の質問に、旅行鞄から荷物を取り出す動きを中断して顎に手を当てるセイラ。そんなに難しい事を聞いただろうか。
「そう、ですね……近衛侍女を輩出するためだけに存在するリンドバーグ家は、かなり特殊なので。ちょっと話しづらいです」
「そうなんだ。…………あ」
『なにせ、リンドバーグ家の長女は不倫の末に生まれた子供と言われておりますものね』
そういえば昔、こんな言葉を聞いたような。
「変な事聞いてごめん!」
かつてのルーシー義母様の言葉を思い出し、青ざめながら謝ると、セイラは「いえいえ。気にしてませんよ」と首を振る。そして閃いたように言った。
「あ、申し訳ないって思ってるなら、アリアさんの両親について教えてくれませんか? 私、前々から少し気になってたんです」
「私の両親?」
「念の為言っておきますと、前世のですよ? 今世の両親の事は、もう知ってますから」
さっきの私の台詞を真似するように笑うセイラ。だが少なくとも、母様の事はまだ全然知らないと思う。
多分、母様が父様達を罵倒したのは、赤ちゃん時代の私の前でだけだ。
「私の両親、ねぇ……」
私はベッドのシーツを意味もなく蹴り上げ、困惑していた。
だって、私の両親の話とか聞いたって面白くない。絶対に。
「私、前世の両親とはそこまで仲良くなかったんだよね。ヤングケアラーだったから」
「え?」
セイラの意外そうな声が響いて、口に出ていたと気付くがもう遅い。
ここで話を切られてはセイラももやもやするだろうと思い、仕方なく話す。
「お母さんがいわゆるアル中っていうの? それで、しょっちゅう二日酔いになってて。お父さんは、仕事が忙しいって言って、そんなに家に帰ってこなかったんだよね」
「……」
「あ、お父さんが帰ってこなかったのは、本当に仕事の忙しさもあったと思うよ? 何せ弁護士だから」
もう名前も記憶していない両親を思い出す。
お母さんはアル中が祟って脳卒中になり、私が高校生の頃に死んだ。お父さんは昔からATM。
情の薄い家族だったと思う。お母さんのお葬式の時すら、私は涙の一つも浮かべなかった。お父さんは来なかった。お母さんの友人らしき人に、薄情だと罵られた事もある。
けれど私自身、これが悲劇めいた事ではないと思っている。
確かに素敵な家族とは言いがたかったけど、それでも長い家事歴は何気に私の自慢の一つだったし、家電も充実していてそこまで苦にはならなかった。
「産んでくれたのには感謝してるし、私を養ってくれたのはありがたいって思ってるよ」
言いつつ、なんだか皮肉めいてるな、と思う。
産んでくれたのに感謝をしていても、その体は死んでしまったし、今私を養っているのはお父さんじゃなくて父様だ。
話し切り、セイラが沈痛そうな表情をしているのを見て、だから嫌だったんだとため息をつく。この話をすれば、重い雰囲気になるのは目に見えていた。セイラに気を遣われるのは嫌だった。
「ま、そんな感じ。……そうだ、私後で帝都観光したいな」
暗い空気をかき混ぜるように提案すると、セイラがこくりと頷く。
「そう、ですね。ただ、そのためにはベッドから起きないといけないですが」
「うわ、嫌だ」
私は枕に顔を埋め、苦鳴をあげる。
ここから起きる? 無理。五センチ上半身を起こして力尽きるのが目に見えている。
ワープでもしないかな。そしたら起き上がる苦労もって痛ぁ!
「アリアさん??」
理由不明ながら、突然お腹あたりにぶつけたような鈍い痛みが走った。そこにセイラの困惑の声が降る。
私は痛みに耐えつつ、体を起こす。
「い、痛い……。何今の?」
「それは私の方が……っていうかアリアさん」
「何?」
「その……大変言いづらいんですけど……」
クッション言葉を交えて、歯切れ悪く喋るセイラ。
私が眉をひそめると、セイラは意を決したように言った。
「お召し物が、ないですよ」
「え?」
言われて体を見下ろす。
そこにあったのは、子供の張りのいいお肌。以上。
「あ」
私の声にならない悲鳴が、帝国の空につんざいた。




