019.第二王妃と第三王妃の修羅場
秋。
あいにくの曇天となった王城の中庭。
相変わらずキラキラしい貴族達。
今日は、お披露目会の日だ。
王族の中で参加するのは、私、父様、ルーシー義母様、ルーシー義母様の息子、シエンナ義母様、シエンナ義母様の娘達だ。カーティス兄様とフィオレンサ姉様は参加ではなく見学。
お披露目会は四年に一度周期で行われるそうで、年齢の違う子が同じ会に参加する事もままあるらしい。
照りつける日差しに目を細めていると、後ろから声をかけられた。
「アリアリーシェ様」
振り向くと、そこにいたのは赤銅色の髪の女性。檸檬色の瞳を、私と同じように細めている。久々に会ったが、間違いなくルーシー義母様だ。
そして、その腕の中には二歳くらいの男の子。
ルーシー義母様と同じ赤銅色の髪から、猫のような耳が生えている。
「ルーシー義母様、その子が?」
「はい。わたくしの息子、ヘイスティングスですわ。獣人の特徴が色濃く出ていますけれど」
「獣人? そんなのあるんだ」
その特徴って、猫のような耳の事だろうか。
人の頭から猫耳が生えているのは、ちょっと違和感がある。
天使族とやらの話をセイラにされていなければ、もっと大きな違和感を覚えただろう。
「ええ。人間、エルフ、鬼族など、数多ある種族の内の一つですわよ。わたくしも、獣人の生まれでしたわ。わたくしにはあまり、その血は継がれなかったようですけれど」
ルーシー義母様は檸檬色の瞳を伏せる。
そして、掠れるような声で言った。
「これまで、あなたを鮮血王女と罵ってきた事……謝罪、いたしますわ」
「え?」
意外すぎる言葉に目を見開く私に、ルーシー義母様はゆるゆると首を振る。
「なんでも。わたくしの自己満足です。我ながら、愚かだと思いますけれど」
自嘲するように口元を歪めるルーシー義母様の胸元で、ヘイスティングスがきゃっきゃと笑った。
* * *
「皆の者、麗らかな秋晴れの良き日に……」
父様が四年前と全く同じ口上を述べる。
それに、隣にいるシエンナ義母様が首をすくめた。それに合わせて、赤い髪がさらりと揺れる。
「変わり映えせぬの」
「う、ぅあー」
返事をするように声を上げたのは、シエンナ義母様の侍女の腕に抱かれている金髪の赤ちゃんだ。
シエンナ義母様の娘で、つまり私の妹だ。名前はクリスティーナという。
更にもう一人。
「あぁう?」
無邪気に笑う、これまた金髪の赤ちゃん。
クリスティーナの双子の姉、アリスローゼ。
そう、シエンナ義母様が産んだのは双子の女の子だった。性別を当てたのは凄いとしか言えないが、流石に双子とまでは予想出来なかったらしい。
「では、神アルテミスの祝福を……」
父様が、これまた四年前と同じ口上で会を進める。
男爵から順に子供の名前を紹介していくのをぼんやり眺めつつ、私はさっきのルーシー義母様の言葉について考えていた。
『これまで、あなたを鮮血王女と罵ってきた事……謝罪、いたしますわ』
ルーシー義母様は、私を、正確には私の目を嫌っていた。これは間違いない。
しばらく会ってはいなかったが、父様が私を抱き上げたら嫌悪感を露わにし、事あるごとに私を非難していた。
なのに、あの急な心変わりは何?
子供を産んで、母性に目覚めた? いや、子供自体はフィオレンサ姉様だっている。理由だとは考えづらい。
でも、他に理由が思いつかない。
「浮かない顔じゃの、アリアリーシェ。何か悩みでもあったか?」
シエンナ義母様が私の顔を覗き込む。
でも、言えない。さっきから一言も発さないが、反対側の隣にはルーシー義母様もいるのだ。その前で、こんな悩みを相談出来ない。
「ううん、何も……」
ないよ、と言おうとしたが、シエンナ義母様はにやりと口元を歪める。
「さては、ルーシーに何か言われたかや?」
「っ」
図星を突かれ、私は小さく肩を跳ねさせる。それを見て、シエンナ義母様はますます口角を上げた。
「気にする必要はない。あれは、本人も言っていた通りただの自己満足じゃ」
「その言い方。シエンナ義母様、聞いてたの?」
「おっと、バレてしもうたな。すまぬ、盗み聞きの趣味はないのじゃが」
どこまでが本気か分からない態度で認めるシエンナ義母様。
ルーシー義母様がどんな反応になるか、戦々恐々としつつ彼女を見る。が、ルーシー義母様は何の反応もしなかった。
ただ、ヘイスティングスを見ているだけ。
これにつまらなさげにしたのは、シエンナ義母様だ。
「ふん、少しは反応したらどうじゃ? それとも獣人をお披露目するのが怖くて、返事も出来ぬか?」
「ここは子供達の成長を祈る場。あまり大人の話を持ち込むのも無粋でしょう」
ようやっとシエンナ義母様に顔を向けるルーシー義母様。だが、その反応は私にとって不可解なものだった。
一瞬、ここの言葉を聞き取る能力が落ちたかと思ったくらいだ。
「かような建前を持ち出すとは、難儀な生き方じゃの。それでヘイスティングスを守り切れるのかや?」
「どれだけ綺麗な中身でも、外装が醜ければ排斥される。それは逆もまた然りですわ」
「外装、のう? 例えば容姿。あるいは血か?」
二人の会話がまるで成立していないように見える。だが、火花が散っている事だけはなんとか察する事が出来た。
「確かにその通りじゃ。現にアリアリーシェは、どのような清らかな中身を持っていても嫌われる。赤い目のせいでな。そなたも露骨に蔑視しておったの」
「ーーっ」
「その視線が、己が息子に向けられると思った瞬間に掌返しか。難儀な生き方というのは訂正しよう。見下げた生き方じゃ」
苛烈なシエンナ義母様の台詞。ルーシー義母様が何か口を開きかけたところで、
「クリスティーナ・ディ・ナウロン、並びにアリスローゼ・ディ・ナウロン」
父様の読み上げる声がした。
シエンナ義母様は、即座にルーシー義母様から視線を外して壇上に向かう。後ろにシエンナ義母様の侍女が付き従っていた。
その場には私達だけが取り残された。
「……ルーシー義母様、さっきの会話の意味って何?」
私はルーシー義母様に問う。だが、
「後で、シエンナ様に聞いてくださいな」
と返され、答えは得られなかった。
そうこうしている間にシエンナ義母様の番が終わり、ルーシー義母様が壇に向かう。
入れ替わりで戻ってきたシエンナ義母様は、私を見て「ふん」と鼻を鳴らす。
「ルーシーは説明をしなかったか」
「え、うん、まあ。なんで分かったの?」
「顔を見れば分かる」
そんなに顔に出ていたか、と顔に手を当てると、シエンナ義母様が微笑む。
「そなたはまだ気にせずとも良い。それより、さっきの会話の意味を知りたいかや?」
「……知りたい」
後ろで銅像に徹しているセイラに聞けば分かるかもしれないが、出来れば早めに知っておきたい。
私の反応を見たシエンナ義母様は、「なに、そう難しい事でもない」と壇上に上がったルーシー義母様を指し示す。
「まず前提として、人間と獣人は仲が悪い。赤い瞳ほどではないが、人間社会に混ざる獣人は排斥される」
「えっ」
驚く。が、納得出来てしまう。
猫耳の生えたヘイスティングスに、私はさっき違和感を覚えてしまった。他の人が同じように思っても、不思議ではない。
「獣人であるルーシーが曲がりなりにもナウロン王国に馴染んだのは、少なくとも見た目は人間だったからじゃ。その娘のフィオレンサも、獣人の特徴は外見には出なかった」
フィオレンサという言葉に、私とは離れたところにいるフィオレンサ姉様を見る。
どこからどう見ても人間だし、私もそのつもりで接していた。獣人なんて、概念すら知らなかった。
「じゃが、次の子であるヘイスティングスには、獣人の最大の特徴である獣耳がある。さて、するとどうなる?」
「……ヘイスティングスが差別されて、その流れでヘイスティングスを産んだルーシー義母様にも非難の目が向く?」
要は、私の時と同じだ。
子供の容姿が悪い。子供が叩かれる。おまけで親も叩かれる。
「正解じゃ」
「だとすると、『獣人をお披露目するのが怖くて』っていうのは、『獣人の特徴を持つ子供を披露する事で、ルーシー義母様が不当な差別に遭うのが怖くて』って意味?」
「その通り。それに対してルーシーは、『大人の理論で子供を差別する事なく、純粋に子供達の成長を祈りましょう』と返した訳じゃ」
そこまで言われると、だんだんその後の会話の意味も分かってくる。
『そんな建前を本気で持ち出すのはルーシーだけじゃ。そんな戯言でヘイスティングスを偏見から守れるのかや?』
『本音が綺麗でも建前が汚ければ嫌がられるように、本音が汚くても建前が良ければ問題ありませんわ』
『確かにアリアリーシェは、どれほど綺麗な中身を持っていても赤い瞳という外装のせいで嫌われる。そなたが嫌っていたようにな』
『ーーっ』
『自分の息子が同じように嫌われると思った瞬間、アリアリーシェに謝るのか。見下げた生き方じゃな』
……こんな感じだろうか?
これならば、ルーシー義母様の態度の変化にも理由がつく。
これまで、私の容姿については部外者だった。母様がどれだけ偏見の目に晒されようと、ルーシー義母様にはなんの痛痒もない。
しかし、獣人の特徴を持つ子を産んだ途端に、ルーシー義母様の立ち位置は変わった。部外者ではなく当事者になった。
それで反省したのかは知らないが、ともかく私へ強く当たる事が出来なくなった。
自己満足と言っていたのは……あれか。ルーシー義母様が私に面と向かって鮮血王女と呼んでいたのは、私が二歳の頃までだったからかな。
私が転生者じゃなければ、ルーシー義母様とは初対面にも等しい存在。そんな相手に謝ったところで、って事か。
そう考えると、ルーシー義母様と普通に会話したのは不自然だったかもしれない。だが、今はいいか。
私が言うべき事は……なんだろう。
ルーシー義母様とシエンナ義母様の仲が悪化している事への心配? ルーシー義母様にあったであろう葛藤への配慮?
なんだか違う。……ああ、そうか。分かった。
「シエンナ義母様」
「なんじゃ」
「獣人は嫌われるんだろうけど、ヘイスティングスを差別しないでね」
かつてのお披露目会でカーティス兄様が言っていた言葉を、再現する。
その元にあるのは単なる義憤だから、兄妹愛ゆえのカーティス兄様の言葉とは根本が違うだろうけど。
大人の問題は大人が解決すればいい。私に言えるのは、これだけだ。
シエンナ義母様は私の言葉を聞き、紫の瞳を細めて言う。
「当たり前じゃ。わっちは、幼子には甘いからの」
父様から聞いたシエンナ義母様の人物像が、間違いでなかったと判明した瞬間だった。




