018.親子+1の談笑
私の加護の発現から一週間。私はカーティス兄様と共に父様の私室を訪れていた。
「アリアリーシェ、カーティス、よく来たな!」
父様が満面の笑みで私達を出迎える。
ここは父様の私室と言っても、ここだけでそこいらの豪邸くらいの面積がある。調度品もそれはそれは立派なものだ。
私は初めて来たので、かなり気圧されてしまう。
そんな私とは対照的に、一緒に来たカーティス兄様は落ち着いている。
生まれ育ちがいいからなぁ、この子。なにせ王族だし。
「父上、あの」
「なに、まずは座れ」
カーティス兄様が口を開きかけ、父様に椅子を勧められる。素直に従って豪奢なソファに座るカーティス兄様。
私も、高級感溢れるソファに気後れしながら座っ……柔らか!! 何これ、ふわっふわすぎるでしょ!! これで寝たい!!
だが、深く座ると二度と立ち上がれなさそうなので、ソファに背を預けたい誘惑に抗い、浅く座る。
「アリアリーシェよ、もっとソファに身を任せて良いのだぞ?」
「遠慮しときます、父様」
私がぶんぶんと首を振ると、父様は首をすくめた。
「で? 二人とも、今日は何の用事で来たのじゃ?」
父様が切り出す。
それに答えたのは、カーティス兄様だった。
「ユーガット帝国を訪問する話なのですが」
「硬いのう。タメ口で話せ」
「えー……っと……」
「王様にタメ口で喋れない」という価値観と「王様の命令は絶対」という価値観とで板挟みになっているカーティス兄様。
私が何か助け舟を出そうとしたが、その直前に父様が呵々大笑する。
「別に、無理強いはせぬ。気が向いたらで構わん」
「は、はぁ」
「それで? ユーガットがどうした?」
「あ、はい。アリアリーシェと一緒に行こうと思います」
カーティス兄様がそう言った途端、父様がなんともいえない表情になる。
「父様? どうかしたの?」
このユーガット帝国行きを提案したのは、父様だ。だからそんな顔になる理由が分からないのだが。
戸惑う私に、父様は言う。
「少なくとも我がナウロン王国では、加護が発現していない子供をどこかに出す事はない。外で魂の成長熱が出たら大事だからな」
「えっと、つまり?」
「余は、『アリアリーシェの加護が発現したら』という前提で話したのだ」
なるほど?
要は、私の加護の発現がまだだったら行けなかったという事か。
でも私、シエンナ義母様からそんな事聞いてないけど。
「多分、伝達役のシエンナが端折ったな。本当にマイペースというか……」
私の疑問を、父様のぼやきが解消する。
「シエンナ義母上、マイペースなんですか?」
カーティス兄様は意外そうだ。
だが私は、かなり納得していた。
私達が話していると「飽きた」って言うし、堂々と読書を始めるし。マイペースという言葉がぴったりではないだろうか。
だが、次の父様の言葉は納得しがたかった。
「マイペースなだけではなく、かなりの毒舌家だ」
「「毒舌家??」」
毒舌って、シエンナ義母様が? そんな素振り、一度もなかったけど。
しかし父様は首肯する。
「ああ。シエンナに心を折られた貴族は、指の数に収まらないという噂もある。子供には甘いから、そなたらは知らないかもしれぬが」
「意外……」
「かくいう余も、あやつの毒舌にはかなりやられてのう。シエンナとの初夜は、被虐趣味の扉を開いてしまったわ。……ああ、シエンナが意味もなく政略結婚を駄目にするような真似をしたのではなく、余がシエンナに頼んだのだ。誤解するなよ?」
「「………………………………」」
「カーティスよ、シエンナとの初夜を聞きたげじゃな? よかろう、教えてやる」
「いや、いらない。……です」
「そんなつれない事を言うでない。あれは去年の夏の事だ。暑かった。戸を開けていたが、それでもやはり暑かった」
「戸を開けてって、このだだっ広い部屋じゃなきゃ出来ないね」
「というか、この部屋は冷暖房完備だろ。……ですよね」
「暑い中でまぐわうのも、また趣きがあるであろう。だが、その熱も鎮めるようなシエンナの冷たい毒舌が……」
こうなった父様はもう止めても聞かないので、適当に相槌を打ってやり過ごす。ここで顔を赤くしてはいけない。それは父様の思うつぼ。幸い、今回の話はシエンナ義母様の毒舌がメインなので、そこまでエッチではない。
と、私が必死に平静を保とうとしていたその時、ドアをノックする音がした。
「すみません、カルロス。入りますね」
そしてドアが開く。
扉を潜ってやってきたのは、優男という言葉が相応しい男性だった。
緑色の長い髪を纏め、文官の服に身を包んでいる。身長は、父様より少し上くらいだろうか。逆に年齢は父様より少し下くらいに見える。
突然の訪問者に私が驚いていると、父様が面倒臭そうにその男性に話しかけた。
「今、余らが親子の交流を深めておったのが分からぬか?」
「そうなんですか? いつものように艶笑譚を語っていたのかと思っていましたよ」
「不敬じゃ。そなたでなければ魔喰い刑だぞ」
「それは怖い」
「そも、予告なしに余の部屋を訪れよって。門番は何をしておる?」
「顔パスでした」
「ふん、職務放棄だな」
自然に会話をする父様と男性。
どういう事? という私の疑問を感じ取ったか、男性が私達の方を向いた。
「これは失礼しました、カーティス殿下、アリアリーシェ殿下。私はギャレット・アーシュオ・メンデンホール。宰相の職を拝命しております」
宰相?
日本で言う内閣総理大臣だよね?
「親子の歓談を邪魔してしまい、申し訳ありません。出来れば私も混ぜていただけますか?」
「さりげなく混ざるでない。それに、余がこの時間に二人と面会する予定なのも知らなかったのか?」
「そんな、スケジュール管理は秘書の役目でしょう? 宰相は政治が仕事です。王の予定なんか知りませんよ」
両手を天に向ける男性ーーギャレットさん。飄々と、とでも言うのか、父様に何を言われても柳が風を受けるが如しだ。
「結構、距離が近いんだね?」
「私と陛下は幼少のみぎりからの付き合いでして」
言いながら、彼は父様の隣に座る。三人用なので、窮屈さは全くない。
「それで、お二方は何のご用事で?」
「余の英雄譚を聞きに」
「英雄色を好む、ですね。カーティス殿下、何のご用事で?」
「あー、母上の里帰りについての話だ」
「ニアム陛下の?」
ギャレットさんは記憶を探るように眉を上げ、すぐに手をぽんと打つ。
「カルロスがそんな話をしていましたね」
「カルロス? 誰それ?」
「ああ、ここの変態親父ですよ」
「おい」
隣の父様を指差すギャレットさん。父様の言葉も、完全に無視だ。不敬罪にならないといいけど。
にしても、そうか。父様の名前はカルロスだっけ。聞いた事はあったが、陛下って呼ぶ人しかいなかったから忘れていた。
「ちなみに、カーティス殿下の名前と響きが似ているのは、カルロスに寄せたからです」
「へぇ、俺の名前にそんな由来があったんですね」
「敬語だなんて、おやめください。私にはカルロスのような横柄な口調で接してもらって結構です。名前も呼び捨ててください」
「そうか? じゃあそうする、ギャレット」
「はい、是非。アリアリーシェ殿下も」
「了解。えっと、ギャレット」
私がそう名前を言うと、満足そうに微笑むギャレットさん、改めギャレット。
そこに父様が言う。
「アリアリーシェの名前は、もとはアリアリアだったのだが、ルーシーに猛反対されてしまっての。あれは痛恨であった」
「アリアリア……?」
「回文だ。面白い名前であろう?」
「娘の名前を面白さで決めないでほしいな」
歯を光らせる父様を無表情で見る。
転生する前にそんなやりとりがあったとは。ルーシー義母様に感謝だ。
「なら、フィオレンサは?」
「あやつの名も、ルーシーが独断で決めおった。その弟のもな」
「ルーシー義母上は危険予知能力があるな」
「そういえば、ルーシー義母様って最近見かけないよね」
私はなんとなく思い出し、呟いた。
ここしばらく、ルーシー義母様の顔を見ていない。最後に見たのは、確か私の部屋が変わる前だから……二年前!?
戦慄していると、父様が遠い目をする。
「まあ、ルーシーにもいろんな事情があるからの」
「え?」
「なんでもない。それより、ニアムの里帰りについていく話だが、半年ほど待ってもらっても良いか?」
「半年も? そんなにですか?」
カーティス兄様が不満気に問い返す。子供の半年は長いからね。
父様は苦笑気味に答える。
「しょうがあるまい。間の悪い事に、ユーガット帝国側との都合がその辺りしか合わぬのだ」
「むぅ……」
「カーティス殿下、その直前にはお披露目会もあります。アリアリーシェ殿下の勇姿を見られますよ」
「本当か!」
ギャレットに囁かれるが否や、表情を一転させるカーティス兄様。勇姿って、そんなにハードルを上げないでほしい。
なお、お披露目会は、加護が発現した子の、その加護の内容を紹介する場でもあるらしい。四年近く前に子供達が自己紹介していたのは、そういう理由だ。
「まあ、そんな訳だ。旅行はしばらく先になるが、我慢出来るな?」
「もちろん!」
「よし」
父様が頷く。
こうして、初めての父様の私室訪問は終わったのだった。




