017.加護の発現
「アリアさん!?」
私の異変を察したか、セイラの狼狽した声が響く。でも、どこか遠くで反響しているような気がした。
「どうしたんですか!?」
私はセイラに抱き起こされる。……抱き起こされる? ああ、私、倒れてたのか。
どうしたと聞かれても、それはこっちが聞きたい。一体、私の体に何が起こったの?
しかしその疑問は、すぐにセイラが解消してくれる。
「……っ、まさか、加護?」
……加護? なんでそれが……ああ、あれか。昔の記憶が蘇る。
『加護を発現する際、体が異様に熱くなる。それは成長痛ならぬ魂の成長熱とも呼ばれーー』
……あれ? 記憶違い?
私の体は、熱いだけじゃなく冷たくもなってるよ?
「加護の発現って、こんな感じ、なんですか?」
聞かれても知らないけど。セイラは経験者なんだから、私より詳しいでしょ。
「……ごめんなさい、聞いても困りますよね。とりあえずベッドに運びます。少し揺れますね」
お好きにどうぞ。体が熱くて冷たすぎて、多少の揺れなんて気付かないだろうし。
むしろセイラの声を聞き取れてる私、すごいよ。
でも、それにしても。
冷たい、熱い。
* * *
熱い。冷たい。熱い。冷たい。熱い。冷たい。
全身が沸騰したかのように熱いのに、凍えるほど冷たい。身を任せたくなる安心感があるのに、身の毛もよだつような恐怖もある。
結界の力を神様から貰った時の熱に、風邪を引いた時の寒気をブレンドしたような感じ。
世の中の子供は、こんな目に遭ってるのか。よく耐えられるね。
成長痛にしては、きつすぎるでしょ。
* * *
* * *
* * *
* * *
「ーーアさん!」
誰かの声で、目を覚ます。窓から差し込む陽光が目を灼いた。
最初に感じたのは、喉の渇きだった。
思わず手探りで水を探す。ひんやりとしたグラスのような触感が手に当たり、本能のまま乱暴にそれを取って、中身を飲み下す。
そこでようやく、さっきの声の主と、グラスを私に差し出した人がセイラである事に気付いた。
「セイ、ラ……」
「成長熱……収まったんですか?」
問われ、気付く。
体の熱が、冷たさが消えている。
「収まった……みたい?」
私がそう答えると、セイラが胸を撫で下ろす。
「よかったぁ! 誰もが通る道とはいえ、あまりに辛つらそうだったので心配でした」
「私、そんなに辛そうだったの?」
「そう、ですね。とっても」
その様子を思い返したのか、痛まし気に顔を歪めるセイラ。
私は正直、成長熱の最中の記憶がほぼない。だから他人事に感じてしまう。
だけどセイラが心配してくれているのは分かって、頭を下げてお礼を言おうと上体を起こし、
「っ」
「アリアさん!」
ふらついて、セイラに支えられる。
体に力が入らない、というより、力を使い果たしているような。
「無理しないでください。魂の成長熱で体力を使ったんだと思います」
「……分かった」
素直に頷く。
セイラはそれを確認し、私をベッドに再び寝かせる。
「何か欲しいものがあれば、言ってください」
セイラがベッドの脇に膝をつき、そう言う。
同じ高さにある藍色の瞳を眺めつつ、私は要望を伝えた。
「じゃあ、何か食べ物ない? 水で、胃腸が目覚めたというか……すごくお腹空いたの」
「それなら、さっき剥むいた林檎りんごをそこに置いておいたので、それをどうぞ」
セイラが指差す先を辿り、皿に乗せられたうさぎ林檎をサイドテーブルの上に発見した。横にはそれを剥くのに使ったであろう果物ナイフが置いてある。
私はうさぎ林檎に手を伸ばした。が、四歳児の手では上手く林檎を掴めず、空中に手を彷徨さまよわせる。
そして、
「危なーーっ」
「え?」
カチャンと、何かが落下する音。セイラが悲鳴のような声をあげる。
何が起こったのかは、セイラが血のついた果物ナイフを拾い上げた事で理解した。
さっき、手が果物ナイフに当たって……。まだ意識がぼんやりしていたせいで、普段ならするはずのない失敗をしてしまったんだ。
手を見る。
薬指の付け根のあたりを、かなり派手に切っていた。
血が滲んでいる。
血がーー
「大丈夫ですか!? ごめんなさい、刃物をこんなところに置いてしまって」
セイラが何度も謝りながら、果物ナイフを私の手の届かない場所に移動させる。
それを視界の端で捉えつつも、私の意識は別のところにあった。
薬指の付け根から血が垂れる。
私はこれを動・か・せ・る・。何の脈絡もなく、そう感じた。
「アリア、さん?」
「セイラ」
戸惑ったようなセイラの声。私は被せるように言った。
「私、加護の内容が分かった」
「え? 加護って、今アリアさんが発現した?」
「うん」
私は再び体を起こす。今度はバランスを崩さなかった。
そしてセイラに向き合って、怪我した薬指を見せるように掌てのひらを開く。
「見てて」
そう言った途端、鮮血がぬるりと動く。
私はほとんど何もしていない。ただ念じただけだ。
「ね?」
「え……っと、これが加護ですか?」
「うん」
断定する。
これが何かの見間違いやポルターガイストなどではなく加護であると、私のどこかが確信していた。あえて言うなら、成長熱の出た魂が、だろうか。
「血を操る加護、ですか?」
「多分そう」
「それは、なんというか……ライトノベルでたまに見かけますけど、尖った性能ですね」
「あはは……」
私もそう思う。
血を操るって、いつどこで使えるんだろう。
女の子の日の赤いものがシーツに付いた時には、除去するのに便利かもしれない。あと最低でも五年は待たないといけないが。
「傷、手当てしますね」
セイラがそう言って、私の手に消毒液をかける。
ビリッと痛みが走る。
「あたっ」
「大丈夫ですか? すぐ終わりますよ」
「大丈夫だって。……痛いけど」
小さい子は痛みを強く感じやすい、という研究か何かを見た事がある。
精神年齢がいくつでも、そこに変わりはないようだ。
セイラがぺたりと絆創膏を貼る。
「はい、終了です。ナイフも不用意な場所には置かないようにしますね」
「あれは私の不注意もあるから、そんなに肩肘張らなくても大丈夫だよ? 加護の内容が分かって結果オーライだしね」
「まあ、現実じゃああまり有用ではないと思いますけど」
「使えない加護が発現する事も多いらしいし、内容については不満は言わないようにしよう」
そう、加護には役立たずのものも存在する……というか、そういうのばっかりらしい。
例えばカーティス兄様。あの子の加護は"甘香の加護"といって、常に身体中から甘い香りが仄ほのかに漂うというものらしい。言わずもがな、使い道のない加護である。
他にも"虫寄せの加護"とか"横向き寝の加護"とか、何のためにあるのか分からないものも多数。
フィオレンサ姉様のは"剣の加護"で、これは人によっては結構使えるそうだけど。
父様は確か"透視の加護"だったか。母様は、教えたくなさそうだった。
「まあ、それはそうですね。結界の力もあるので、加護が便利でも結界の影に隠れそうですし」
「ん……」
「アリアさん?」
歯切れの悪かった私の相槌に、セイラが訝し気に私の名前を呼ぶ。
どちらかというと、セイラに聞かせるものではなく、独り言のような感じで呟く。
「いや……私、結界で魔獣を倒すようにって言われて転生させられたでしょ? でも、今はまだ何もしてない」
「それは……まあ、そうですね」
「このままでいいのか、気にかかったんだよ」
仮にも頼まれ事。なのに私はこの四年間、ひたすら食べて寝てたまに話してを繰り返す生活。神様、怒ってないだろうか。
「でも、四歳児のアリアさんが外に出て、謎の力で魔獣を血祭りに上げてたら、引かれますよ?」
「知ってるけど言わないでよ……」
「せめて成長した後に、覆面つけて戦った方がいいかと思います」
「暑そう。成長ってどれくらい?」
「ぱっと見で子供だって分からなかったら、どれくらいでもいいんじゃないでしょうか。少なくとも四歳はダメです」
まあ、それはそうだよね。
私はベッドにもう一度寝転んで、天井を見上げる。
「成人……いや、せめて十五歳くらいなら……」
「あ、アリアさん。この国の成人は十五歳ですよ。十一年後には、お酒も飲めます」
「お酒はいらないけど、そうだったんだ」
まあ、どちらにせよ今すぐには神様からの頼まれ事をこなすのは無理そうだ。
「…………はぁ。一応は引き受けた以上、やり遂げたいんだけどね」
私がため息をつくと、セイラが苦笑する。
「アリアさんって、真面目ですよね」
「よく言われるよ。良くも悪くも」
口をへの字に曲げた私に、セイラが宥なだめるように言う。
「まあまあ……。加護の発現で疲れてるでしょうし、寝たらどうですか?」
「ん、んー……じゃ、そうしよっかな」
そう答え、目を瞑る。
意外と疲れていたのか、眠気はすぐにやってきた。
「おやすみなさい、アリアさん」




