016.新しい妹
「妹!?」
そう声を高くしたのは、私ではなく兄様だった。
姉様が兄様を見て、ぽつりと呟く。
「兄上は、妹が好きだからな」
「おい待て、なんだそのごへいのある言い方。俺は妹なら誰でもいい訳じゃないぞ」
「つまりワタシ達じゃないとだめだと?」
「そうだ……何を言わせる!」
兄様がもう一度、姉様にデコピンを喰らわせる……のを、姉様がさっと避ける。
「なに!?」
「ふっ。そうなんども当たると思ったか?」
「くっ、おのれ……!!」
どんなコントなの、これ。
兄妹漫才は置いておいて、シエンナ義母様に話しかける。
「妹って、シエンナ義母様が妊娠したの? それとも母様かルーシー義母様?」
「わっちじゃ。最近体が怠かったのじゃが、まさか孕んでおったとはの」
「なんで女の子って分かったの?」
この世界では、子供の性別は生まれるまで分からない。なので弟の可能性もある。
そこから出た疑問だったが、シエンナ義母様は即答した。
「母の勘」
「勘かー」
勘じゃ、しょうがないねー。
「でも、妹。妹か」
「楽しみかや?」
「そりゃね。初めての妹だし」
なお、二年前にルーシー義母様が生んだのは男の子だったそうだ。
その弟については名前しか知らず、会った事もないので、未だ実感がなかったりする。
「生まれたら、私も会いに行っていい?」
「無論。存分に愛でれば良い」
「やった!」
前世含めて初めての下の兄妹との約束を取り付け、私は顔がほころぶのを感じる。早く行きたいな。
……ああでも、生まれた直後に行くのは迷惑かな。お世話は侍女がするんだろうけど、産後は情緒不安定になるって言うし。
「あ、俺も行く!」
「ん? ……ワタシも!」
姉様との漫才を終わらせた兄様が、乗り遅れると焦ったのか慌てて手を挙げる。姉様は、なんだかノリで言っているように見えたが。
シエンナ義母様は微笑む。
「いくらでも来い。準備をして待っておる。侍女が」
「うん。いつ生まれる!?」
「ま、あと半年もすれば生まれるじゃろ」
姉様の質問にシエンナ義母様は首をすくめて答える。だが、姉様は頬を膨らませた。
「えぇー、遅い。もう少し早くできないのか?」
「できるわけないだろ!」
兄様が無作法を咎めるように怒る。しかし姉様はへこたれない。
「まじないかければ早くなるって聞いたことが」
「フェイクニュースじゃない?」
「どうやってかけるんだ」
兄様の言葉に、姉様が立ち上がる。そして奇妙なポーズを取って、体を揺らし出す。
「……こうやって踊る?」
「実演しなくても……」
「王族のひんいが下がる!」
姉様の、なかなかオリジナリティ溢れる踊りを見る。振り付けがあれだが、ダンスの才能はありそうだ。素人の意見だけど。
「いや、やめろよその踊り。社交ダンスの練習してろ」
「射幸ダンス?」
「幸せを射るって……いや、いい意味なのか?」
「二人のやりとりが高度すぎてついていけない……」
この二人が何を言っているのかがよく分からないが、またいつもの漫才が始まっているのは理解した。
踊りながら喋るという器用な真似をしている姉様に、地味に感心していると、シエンナ義母様が「それと」と付け足した。
「もう一つあるのじゃが」
「え? まさか、第四王妃を迎えるとか?」
「いや、わっちの夫も、政治に色欲を介入させる事はなかろう。そうではなく、伝言じゃ」
「伝言?」
「ニアムの里帰りに付き合わぬかと、そなたの父から」
……母様の、里帰り!?
考えてもなかった事を言われ、目を丸くする。
母様の事だから、里帰りなら一人で行くと思っていた。
……いや、父様からの伝言って事は、母様が言い出した訳じゃないのか。
「カーティスも誘えと言われたな」
「え、俺が母上の里帰りに?」
姉様と話していたのに、すぐに反応する兄様。こっちの話も聞いてたのかな?
「母上の故郷って、隣のユーガット帝国だろう?」
「そうだと思う。行った事ある?」
「一度だけ。あの時は……母上が妊娠してたから、父上と行ったが」
「何の用事で行ったの?」
「ユーガットの皇帝が、甥っ子の俺に会いたいって言い出して、それで。……そういやあの時に認識阻害のイヤリングも貰ったんだっけ」
「認識阻害のイヤリング? 何それ」
「確か……」
兄様は記憶を掘り起こすように、頭に手を当てる。
「……つけると、違う人間の見た目になれるっていう魔道具だった、はず。ほぼ使ってないが」
「え、おまじない?」
「いや、魔道具だ」
魔道具とは。
怪しい宗教が使ってそうな言葉に、眉をひそめる。
そんな私に、シエンナ義母様が解説してくれる。
「魔道具は、魔力を使って動かす道具じゃな。高価ゆえに、わっちらのような金持ちと見栄っ張り以外は持たぬ」
「魔法があれば、魔法の道具もある……の? でも、魔法の道具なんて杖と空飛ぶ絨毯くらいのもので……」
「空飛ぶ絨毯か。面白い発想じゃの」
「あ、どうも」
確かに、これを考えついた人は凄いと思う。絨毯や箒で空を滑空するなんて、そうそう思いつかない。
閑話休題。異世界なんでもありすぎでしょ。そもそも魔力って何だ。宗教か詐欺じゃないのか。
私が疑心を深めていると、シエンナ義母様がぼやいた。
「空飛ぶ絨毯、か。今度王研の奴に話してみるかの」
「王研?」
「王立研究所の略称。研究内容は多岐にわたるが、その中に魔道具の研究部門もあるのじゃ」
「ふーん」
「特に、今の所長は魔道具研究に特化しておるからの。魔道具を作らせるにはうってつけじゃ」
「そう、なんだ?」
魔道具を作るとか言われても、魔道具の存在自体信じ切れないので、曖昧な返事しか出来ない。
いや、あるんだろうけど。あるんだろうけど、やっぱり詐欺を疑ってしまう。
「もしかしたら、ユーガットに行ったらアリアリーシェも貰えるかもな」
「え、その認識阻害のイヤリングを?」
「多分。知らないが」
兄様が首をすくめる。私も実物を見れば信じられるだろう。それまでは、無理に信じようとしなくてもいいかな。
にしても、私だって四年もこの世界で過ごしてるのに、それでも魔道具を知らなかったなんて。我ながらびっくりだ。
「ま、行くかどうかはそなたらが判断しろ。行くのなら、先に陛下に伝えておけば良い」
「了解。わざわざ伝えに来てくれてありがと、シエンナ義母様」
「なに、わっちも義理の子供らの顔を見ようと思っただけの事。伝達はもののついでじゃ」
シエンナ義母様は、そう言って立ち上がる。
「あれ、もう帰るの?」
「うむ。用件は終わったからの」
シエンナ義母様の言葉に、姉様がダンスをしながら兄様を見る。
「じゃあ、ワタシ達も帰るか? シエンナ義母上と一緒に」
「そうだな」
そこでやっと動きを止めた姉様。トトトッとシエンナ義母様に駆け寄る。
「よし、ワタシが後宮まで送ろう」
「騎士の真似事かや?」
「違う、練習だ!」
ドヤ顔で言い切った姉様。可愛い。将来の夢は騎士って言ってたからね。
「じゃ、俺は普通に部屋に戻るな。アリアリーシェ、その万年筆役立てろよ」
「うん」
「短剣もな!」
「……うん」
どうやって? とは言わない。多分、一回くらいは役に立つだろう。いつか私が大人になった頃に。
「ほれ、ゆくぞ」
「うん、シエンナ義母上」
「また来るな、アリアリーシェ」
「バイバイ」
私は部屋の外に出る三人を見送った。
* * *
「よかったですね、誕生日プレゼント」
三人を見送り、セイラが声をかけてくる。
私はそんな彼女をジト目で見た。
「セイラ、シエンナ義母様が来るって伝えなかったよね」
「ふぇ? ……なんのことでしょう」
「普通、人が来るなら知らせるでしょ。王族なんだから」
そう、誰かが王族の部屋に訪れる場合、侍従長にアポを取らなければいけない。そして王族には侍従長から連絡が入る。
なので、今日のように急に人がやってくる事はまずありえないのだ。
だというのにシエンナ義母様が不意打ちでやって来たという事は、侍従長、すなわちセイラが悪巧みしていたからに違いない。
私がじーっとセイラの藍色の瞳を見つめると、セイラが気まずそうに視線を逸らした。
「……すみません。シエンナ様なら信頼できると、勝手に判断してしまいました」
「普段あれだけ身辺に気をつけろって言ってるのに? 他人を信頼しすぎるなって口を酸っぱくしてるの、誰だっけ?」
「私です……」
「私はセイラの言う通り、人を信じすぎないようにしてたんだけどなー」
裏切られた、という感情が一番大きい。
セイラの言葉をちゃんと聞いてたのに、肝心のセイラ自身がそんな迂闊な事するんだ、って感じ。
実際、もしシエンナ義母様が私に対して悪意を持っていたら、ものすごく危なかった。
部屋に毒を散布するとか、油断したところを刺すとか。方法は私ですら色々思いつく。
居た堪れなさそうに体を小さくしていたセイラは、思わずといった風に呟いた。
「シエンナ様が、アリアさんの目の色を気にしてなかったので、つい。……ごめんなさい」
「……っ」
それは、私の悪感情を消すのに一番効果的な呟きだった。
……あぁっ、もう。我ながらちょろい。
「そういう事なら、まあ許してもいいけど」
「え?」
「言っておくけど、次はないから。次やったら許さない」
セイラはしばらく状況が呑み込めずに、目を白黒させていたが、やがて顔を明るくした。
「はい。もう二度としません!」
「絶対だよ?」
「もちろんです」
自信満々に言うセイラだが、本当に分かっているのだろうか。
私は無断でシエンナ義母様を入れた事よりも、セイラが自分で言っていた事と逆の行為をした点に怒ってるんだけど。
まあ、怒りの原因が反抗期の子供っぽくてなんだか恥ずかしいから、あえて言ったりはしないが。
私は、そんな事を考えていただけだった。だからそれが来たのは、まさしく青天の霹靂で。
起こった事を簡単に説明すれば、こうだ。
突然、体が熱く冷たくなった。




