015.誕生日プレゼント
「……万年筆?」
出てきたのは、お洒落な万年筆だった。
複雑な幾何学模様が描かれており、高級感が漂うが……それ以上に目を引くのが、ふんだんにあしらわれたガーネットだった。
ガーネット。この王城での四年間、多少なりとも目を肥やしてきた私には分かる。これ、本物だ。
下手をすると美術館に展示されるような代物。間違っても誕プレとして、包みに入れて渡していいものではない。
「えっと、これは」
「すごいだろう? 特注だ。国お抱えのなんたら細工師に頼んだ。まあ、俺と父上からの共同のプレゼントだ」
ティーンメック・レバイオスンの事は一旦忘れたのか、カーティス兄様が説明する。
「いくら?」
「確か……」
告げられたのは、なかなか凄まじい額だった。一生遊んで暮らせる、とまではいかないが、普通に暮らしていればご飯に困る事は生涯ないだろう。いくら王太子といえど、ぽんと出せる金額ではない。
「お金を出したのは……」
「父上と折半。俺のしょじきんが足りなかったから、父上に無利子? で借金にしてる」
……そこは七:三……いや、九:一でしょ。息子にそんな金額出させるんじゃない、父様。しかも借金まで作らせて。
「わ、きれいなペンだな」
フィオレンサ姉様は呑気な反応。シエンナ義母様は無反応だ。
カーティス兄様は照れ臭そうに言う。
「きれいだろ?」
「綺麗、ではあるけど……父様に借金作ってまで、なんで……」
これを買ったのか、という私の質問は、途中で途切れる。
カーティス兄様が、思っていたより真剣な表情だったから。
借金の怖さを知らない子供でも、見栄を張った王子でもなく、妹に素敵なプレゼントを贈りたがる兄としての表情。
「きれいだろ? ーー血みたいな赤色だけど、それでも」
もう一度繰り返された質問と、付け加えられた言葉。それでやっと、カーティス兄様の意図を理解した。
「血みたいな、赤。鮮血王女……」
とりとめもない呟き。カーティス兄様はそれを聞いて、
「俺は……お前の目も、きれいな色だと思ってる。だからこれは、その証というか、思いを伝えるというか……ええと、ああ、もう!」
だんだん言葉が纏まらなくなり、癇癪を起こしたようにフィオレンサ姉様を指差した。
「フィオレンサのせいで、上手く言えなかったじゃないか!」
「なんで!?」
突然指し示られたフィオレンサ姉様が、本気で叫んだ。
カーティス兄様は怒りか羞恥かーーまあ、丸分かりなんだけどーー、顔を赤くして怒鳴る。
「だって、ドメスティック・バイオレンスが正しいのか分からなくなったせいでちゃんと出来なかったんだぞ!」
「兄上、正しいのはてぃーんめっく・ればいおすんだぞ!」
「うるさい!」
「じじつだ!」
二人は至近距離で向かい合って言い合う。
私は立ち上がり、そんな二人に近寄って、抱きしめた。
「だから、それは……って、アリアリーシェ?」
「どうした?」
くぐもったカーティス兄様とフィオレンサ姉様の声。だが私は、何も答えずにひたすら腕に力を込める。
子供特有の高い体温が、伝わってくる。
そして五秒経ち、私は力を緩めた。
「……ふう。ごめんね、急に」
「いや、別にいいけど……どうしたんだ?」
「どう……なんだろ?」
フィオレンサ姉様の質問に、首を傾げる。
急に、抱きつきたくなった。それだけだ。
そんな気持ちになった理由は、言葉にしがたい。
カーティス兄様が可愛かったというのもあるし、人の体温を感じたかったのもある。二人とくっつきたかったというのもあれば、喧嘩を止めたかったというのもある。自分でも、どういう感情なのかがよく分からない。
「……何かあれば、言えよ?」
「うん。ありがと、カーティス兄様」
「ま、大丈夫なら、とりあえずワタシのプレゼントを開けないか?」
「何がとりあえずなんだ?」
カーティス兄様が不思議そうに目を瞬く。
まあカーティス兄様の方が正しいが、早く見てほしいというフィオレンサ姉様の気持ちも分かるので、私は言われた通りに小箱を開ける。
そこにあったのは、
「一ヶ月で学ぶ! 剣術基礎〜最強の剣豪になるために〜……か」
予想通りにすっごく尖った本だった。
「へー、この字ってけんごうって読むんだな! 読み上げれてかしこいぞ、アリアリーシェ!」
「ありがと……」
いや、ありがとうなんだけど。なんだけど……これ、四歳児に贈るやつか?
フィオレンサ姉様のプレゼントを後回しにしたのは、正しい判断だった。
「騎士団のやつらが薦めてたから、間違いないと思うぞ?」
「騎士団って、確かフィオレンサ姉様が剣術指南をつけてもらってるんだっけ?」
「そうだ!」
そう。実はフィオレンサ姉様、王国の騎士に剣を教わっているのだ。
フィオレンサ姉様が七歳の頃、父様の前で"剣を習ってみたい"と言ったのがきっかけだった。その後、あれよあれよと言う間に騎士団総出でフィオレンサ姉様に剣術を指導する事になったというのが、事の次第である。
もちろん騎士団総出と言っても、一部の騎士から教えを受けているのが実情だが。
「まあ、それなら信頼出来るかな……いつか使うね」
「あ、待って」
使わない時の常套句を口にし、「一ヶ月で学ぶ! 剣術基礎〜最強の剣豪になるために〜」を小箱に直すーー直前、フィオレンサ姉様に呼び止められた。
「どうしたの?」
「その中、もう一つプレゼント入ってるんだ」
「え?」
慌てて確認する。……ほんとだ。小箱の中に薄い小箱があった。どうりで重い訳だ。
二重底状態になっていたせいで、気付かなかった。
「中身は?」
「開けてみたらわかる!」
「なるほど、じゃあ開けるね」
薄小箱を取り出そうと、手をかける。そして開けて……開けっ……取り出せないよ、この薄小箱。指を入れる隙間がないんだけど。
仕方ないのでひっくり返そうとすると、フィオレンサ姉様が焦り顔で止めた。
「待て! ひっくり返しちゃだめ!」
「え、なんで?」
「……なんでもだめだ!」
「えぇー……」
そんな事言われたら、小箱を破壊するしかなくなる。どうしろというのか。
困っていると、声をあげたのはカーティス兄様だった。
「貸せ」
「え? カーティス兄様、開けれるの?」
「多分……」
自信なさげなカーティス兄様。でもこのまま手をこまねいていてもどうしようもないので、カーティス兄様にパスする。
床に小箱を置いたカーティス兄様は、じっと小箱を見つめる。
そして、
「!?」
薄小箱が、浮き上がった!?
突然の怪奇現象に度肝を抜かれる私の隣で、カーティス兄様が得意気に鼻をかく。
「こないだ、魔法が使えるようになったんだ。まだみじゅくだけど」
「魔法って……え、カーティス兄様も使えるの?」
いつか、セイラがこの世界には魔法があるとか言っていた。
てっきりごく一部の限られた人しか使えないと思っていたのだが、
「ほう。カーティスは風系統かや? それで小箱の隙間に風を起こし、浮かせたという訳じゃな」
「そうだ。さすがシエンナ義母上」
「風か! いいなー!」
「お前も土を使えるだろ」
「見えないと利点があるって、騎士の誰かが言ってた」
「誰かってな。名前覚えろよ」
魔法に驚かない三人の様子を見るに、誰でも使えるらしい。魔法まで誰でも使えるって、自由すぎるな異世界。
個人にそんな力を上げても大丈夫なのだろうか……と考えている最中にそれ気付いて、カーティス兄様に声をかける。
「あの、カーティス兄様」
「名前覚えは社交界での基本って、父上が……ん、どうした?」
「薄小箱、落下したけど」
「うすこばこ? ……って、あ」
「てぃーんめっく・ればいおすんするからだー」
「ドメスティック・バイオレンスだし、今関係ないわ!」
その後、薄小箱は無事引き上げられた。
* * *
さて、その薄小箱の中身だが。
なんと、短剣だった。
レプリカとかじゃなく、ちゃんと切れるやつだ。装飾も綺麗だが、実用品としても機能するだろう。いや、短剣を実用するのかって話ではあるが。
「短剣……危なくないか?」
カーティス兄様が困惑している。お互い、何を渡すかは話してなかったらしい。
フィオレンサ姉様は胸を張って言う。
「護身用だ!」
「それでアリアリーシェが怪我をしたら元も子もないだろ」
カーティス兄様が声を尖らせる。その原因が私が怪我をする可能性であるあたり、やっぱり妹に甘いというかなんというか。
しかしこれ、私はどっちに味方しようか。
カーティス兄様の気持ちは嬉しいが、フィオレンサ姉様のプレゼントを否定するのも嫌だし。
そうやって私が悩んでいると、先にシエンナ義母様が口を出した。
「別に持たせてもいいのではないかや?」
「えっ」
カーティス兄様が裏切られたようにシエンナ義母様を見る。それを気に留めず、シエンナ義母様は続ける。
「持たせたって、危険な行為はそこな侍女が止めるじゃろう?」
そう言って指差したのは、セイラだった。
突然の指名に、セイラは一瞬ぴくりと肩を震わすが、すぐにこくんと頷いた。
「はい、命に代えても!」
「代えなくていいよ」
「の? アリアリーシェが怪我をしたら、侍女の首を刎ねれば良い」
「本当に命懸けだった。……いや刎ねさせないけど」
怪我くらいで人を殺してたまるか。
そんな私の思いは無視し、シエンナ義母様は「それに」とわざとらしく欠伸をした。
「そなたらの会話は愛いが、そろそろ飽きたからの。さっさとわっちの用件も済ませたい」
「「飽きたって」」
私とカーティス兄様の呆れ声が重なる。
マイペースだな。しかも子供相手に。
だが、フィオレンサ姉様はあまり気にしなかったらしい。味方を得て笑顔になっている。
「ほら、シエンナ義母上もそう言ってるだろう?」
「む、むぅ……」
「別に渡してもかまわないよな?」
「……わかった」
カーティス兄様が渋々許可する。義理とはいえ母に言われては、文句も言いづらいようだ。
それを聞き、フィオレンサ姉様は私に抱きついた。さっきと真逆だ。
「よし、これで短剣はアリアリーシェのものだな!」
「えっと、うん」
「存分に使え!」
「あはは……」
かくして、私は短剣を手に入れた。
……錆びないといいけど。
* * *
「で、シエンナ義母様の用事って?」
短剣を丁重に片付け、シエンナ義母様に聞く。
待ち疲れて優雅に読書を始めていた(本は従者が持ってきた)シエンナ義母様は、本から顔を上げた。
「ああ、もう終わったかや?」
「うん。だから聞いてるの」
「それもそうじゃな。で、わっちの用件は」
シエンナ義母様は、なんてことない小さなニュースのように言った。
「そなたらに妹ができると、伝えようかと思ってな」




