011.よく似た名前
「……」
当然のように答えられ、私は何も言えない。
今更だが、私に子供はいない。なんなら夫も、どころか彼氏すらいなかった。
だから先入観で、セイラも子供は持ってなかったのだと思い込んでいた。
「え、アリアリーシェ様? そんなに衝撃でしたか?」
「……うん、凄く」
私はショックが抜け切らないまま、こくりと頷く。
セイラは驚かれた事に驚いているようだった。
「そんなにびっくりされるとは思ってなかったです」
「いや、すっごいびっくりしたよ? ……もぐもぐ」
「そうですか……」
セイラは腑に落ちないような表情だ。
しかしすぐに「まあいいですか」と言った。
「そんな訳で、今あの子は、あっちの世界で健やかにすくすく生きてると思います」
「ふぅん? 子供想い、なんだね」
「照れますね」
耳が少し赤いセイラを見ながら、母様やお母さんもこうだったらなぁ、と思う。
「あむあむ。まあ、その子も幸せじゃない? 良いお母さんで」
「そう、だといいですけどね。……私はそこまで、素敵な母であれたとは思えませんが」
表情が微かに曇ったセイラを見て、私ははっとする。
セイラが転生したって事は、前世で死んだって事。つまり、セイラの子供の母親は。
「……ちなみに、今の精神年齢いくつなの?」
デリケートな部分に触れてしまったと気付き、咄嗟に話題転換。
セイラはすぐに乗ってくれた。
「あ、ダメですよ! 女性の歳はタブーなので!」
「今世で十六年生きて、前世で……めちゃくちゃ少なく見積もって十五年だと……」
そこまで口にして、セイラが微妙な表情である事に気が付く。
「どうしたの? まさか、十五より下……」
「一応二十は過ぎてましたから!」
「なら良かった。小さい頃の出産は、体に悪いって聞くからね。あむあむ」
心外とばかりに叫ぶセイラに胸をなでおろした。だが、セイラに生暖かいものを見るような目をされる。
「そこで出てくる感想が、性への感覚に対する注意じゃないあたり、アリアリーシェ様って純粋なんですね」
「んっ? あ、そっか、そういう見方も……」
「気付いてなかっただけでしたか」
確かに言われてみれば、普通そっちが先か。
んんー、子供とセッ……性交渉が結びつかないんだよなぁ。
「顔赤いですよ?」
「いや、セイラが食事中に変な話するから……」
「もしかして、耐性ないんですか?」
セイラに問われる。無言を肯定として返した。
「そうでしたか、それは失礼しました」
「セイラに分別があってよかったよ。ごくごく」
父様みたく、セクハラをやり出すかもしれないと身構えていたので、ちゃんと謝ってくれる人だと分かり安心する。
「いやですね、私にもそれくらいの分別はありますよ」
やや不満気なセイラ。だがすぐに表情を切り替えた。
「ところで、アリアリーシェ様の前世の名前って何なんですか?」
「ん? 私の名前?」
唐突な話題転換に戸惑うが、それが私の苦手な話をやめるためだと理解し、セイラに内心で感謝する。
「私は……えっと、そう、タカナシ……フウカだ」
名前を忘れかけていた事に自分で戦慄する。漢字も、分かりそうなのに分からない。
使わないと自分の名前でも忘れるものなんだね。
セイラは私の言葉を聞き、口をぽかんと開けた。
「……セイラ? どうしたの?」
「あっ、ご、ごめんなさい。ついうっかり……」
私が聞くと、セイラは我にかえって口を閉じる。そして弁解するように言った。
「いえその、私の前世の名前がタカナシユウカだったので、物凄く似ているなあと驚いてしまったんです」
「へえ、そうなの? 凄い。下の名前はともかく、タカナシなんてそうそういる苗字じゃないのに。私、家族以外で初めて自分と同じ苗字だった人と話したかも」
私はこれまで、家族以外のタカナシさんに会った経験はない。
セイラも同意する。
「私も、ほとんど会った事がありません。まさか異世界くんだりまで来て会えるなんて」
「ね、ほんとに。なめなめ」
「スプーンを舐めない。お行儀悪いですよ。でもほんと凄いですね。親戚以外にもタカナシさんがいたんだなって思います」
「逆に元親戚だったりしない?」
「どうでしょう。前世の知り合いの名前は全部忘れてるので、なんとも……」
「全部? 十六年も経つとそうなるんだ」
やっぱり人間の記憶力なんて所詮そんなものか、と思ったが、セイラが首を振る。
「いえ、そうじゃなく、転生すると忘れるんですよ。他人の名前」
「え? どういう事?」
「さあ。詳しい事は私も知りません。ただ、前世の事は結構忘れるんです」
「記憶力の問題じゃなく?」
「それは……反論材料が見当たらないんですけど、違います。そうだ、試してみますか?」
「試す? ぱくぱく」
「私の言ってる事が本当か、です」
セイラは聞く。
「アリアリーシェ様。……いえ、タカナシフウカさん。あなたの母の名前は何でしたか?」
真面目な顔。だがあいにく、私はお母さんの事をしっかり覚えている。
お母さんの顔も、生年月日も、布団で寝ている姿も、アルコールの匂いも、何もかも。
だから答えられる。
そう、思っていた。
「それくらい覚えてるって。お母さんの名前は……」
「ーー」
「名前は……」
思って、いたけれど。
分からない。思い出せない。
「ね、忘れてるでしょう?」
「……うーん」
セイラの言う通り。
お母さんの名前が分からない。どれだけ頭を捻っても、全く出てこない。
「……本当っぽいね」
しばらく考え、諦める。
これまで忘れたって感じた事はなかったのに。
「そうなんですよ。当たり前のように忘れてしまうので、なかなか気付けないんですけど。私も気付いたのは……四年前、でしたっけ、アリアリーシェ様?」
「知らないけど、四年前だと……セイラが十二歳の時?」
「あ、女性に年齢の話題はタブーですよ」
「十二歳なのに!? ……はぐはぐ」
「たとえ何歳でも、です」
いまいち納得出来ないが、それも私がもう少し歳を取れば分かってくるのだろうか。
「そういや、話が変わりますけど、アリアリーシェ様が魔族退治って、そんなの出来るんですか?」
「多分? 魔族退治は、神様に力貰ったからそれを使うん感じだと思う。ごちそうさま」
「お粗末さまです。力って何ですか?」
「確か……結界の力、とかなんとか……」
「へー、結界。見せてもらっても良いですか?」
「あー、それは……」
私はくちごもる。
だって、私はこれまで結界を使った事がない。だから使い方が分からないのだ。
これまでの毎日、ずーっと誰かが私のそばにいたので、使うタイミングがなかった。
もしその力がレアなものだったらーー神様がわざわざ授けた以上、確実にレアなのだろうがーー人前で使えば、"超能力使い鮮血王女"という訳の分からない称号を手にしてしまう。それは避けたかった。
でも、
「ダメでしょうか?」
そう問いかけるセイラなら、見せても良いんじゃないだろうか。
彼女なら、私と同じ異世界からの転生者だし。それに、赤い瞳を恐れなかった子だ。
その理由も……多分、元の世界の価値観が残ってたせいだろうけど、それでも。
「駄目じゃない。いいよ、見せる」
私が答えると、セイラが嬉しそうな顔になる。
「分かりました! じゃあ、お皿洗いを他の侍女に任せたら、見せてください」
「了解」
そう言って銀製のお皿を運ぶセイラを見送った。
** * **
それが、セイラ・バファイ・リンドバーグ〔アウル〕ーーその後も長い付き合いになる彼女との、初めての会話だった。




