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009.はじめてのおしゃべり


「アリアリーシェ様、可愛いですね」


 おかゆっぽい何かをスプーンで掬い、私に食べさせながらセイラがひとりごちる。

 まあこの歳の子供は可愛いものだからね。可愛いと褒められて嬉しくないと言えば嘘になるが、あまり舞い上がりすぎないように気をつけねば。


「私にもこんな娘がいたらなぁ」


 気をつけ……


「天使みたいです」


 ……頬が緩みそう。


 だがしかし、私は二歳児。話の内容を理解してはいけない。のだけど。

 正直、こんなにベタ褒めされるのは転生前を含め、初めてだ。今世の母は()()だったし、前世にもそういう関係性の人はいなかったし。兄様と姉様も、こんな感じの褒め方はしなかったし。

 つまり、めちゃくちゃ嬉しい。


「夜泣きもしないし、イヤイヤ期もないし。育てやすくて助かります」


 ……ん、可愛いってそういうこと? 私がおとなしいから?


 私が若干テンションを下げると、セイラがフォローするように言う。


「ああ、手がかからないってだけで可愛い訳じゃないですよ? 小さい子は存在自体が可愛いんです。だからそんな暗い顔しないでください」


 そんな顔してた?


「ほーら、美味しいごはんですよー。食べられるかな?」


 ……。


「よしよし、食べれて偉いですねー」


 セイラの手が私の蒼銀髪を撫でる。


 これ、私が転生者だって教えたらどんな反応になるんだろう? まあそんな事はしないけども。


 私がそう思った、矢先。


「いやでも、私何やっちゃってるんでしょう? キャラと違いすぎます。ここに他の人がいたら結構恥ずかしいですね。それか」


 セイラが再び、ひとりごちた。


「アリアリーシェ様が、転生者だったりしたら」

「っ!?」


 私は声にならない悲鳴をあげる。


 まさか、知られて……いや、落ち着いて。今のは「もしかしたら」という可能性を語ったにすぎない。

 いや、でもこの世界に転生っていう概念があるの? ……分からない。でもセイラからそれを聞いたなら、あるという事だ。


 私が自分をそう納得させている間、セイラは私をじっくり見つめていた。


「ん? 今、アリアリーシェ様が私の言葉に反応してた気が……」


 さっき私があげた悲鳴の事だろうか。声には出ていなかったはずだが、体が跳ねてしまったかもしれない。


 セイラはしばらくして、首を傾げつつも仕事に戻る。私の食事を再開させた。


「ただの気のせいでしょうか。まあ、流石にありえないですよね。アリアリーシェ様が、転生者なんて」


 今度は二回目だったため、どうにか何の反応もせずに済む。

 しかし、セイラの次の言葉は、あまりに予想外すぎて。


「転生者の私が転生者のメイドなんて、数奇な運命にも程がありますし」

「ーー!?」


 私は目を大きく見開く。見開いて、しまった。


「え?」


 セイラが凝然と私を見つめる。探るようなさっきとは違い、「信じられない」といった表情で。


「いや、まさか……でも……」


 しばらく逡巡するように呟く。しかしふと決断したように聞いた。


「アリアリーシェ様、転生者なんですか?」


 次に逡巡するのは私だった。


 どうする?

 言うべき? でも、喋る二歳児なんて……いや、あの言葉から推測するに、セイラだって転生者。なら、不都合なんてない。

 言っても、なんら問題はない。


 だけど、それを躊躇ってしまうのは、急な展開への戸惑いのせい。二年間、誰にも伝えなかった秘密を知り合って間もないセイラに明かす事への抵抗感のせい。


 どうする?

 言わないのは、セイラに対して不誠実じゃないのか。けれどもそう簡単には言えない。

 これは、ただの意地だ。だけど。


「……急にこんな事言われても困りますよね。ごめんなさい」


 時間切れになったか、セイラが謝る。そしてスプーンを握り直しながら、


「もし転生者じゃなかったのなら……変な事を聞いてすみません、アリアリーシェ様」


 と、目上の人を相手にするように謝罪した。


 セイラに言えないのは、ただの意地。だけど。


「……も、し……転生じゃ、なかったら……セイラは今、二歳児に謝ってる事になるんだけど?」


 なにげに初めて喋る、この世界の公用語。かなり怪しい発音だったが、言いたい事は伝わっただろう。


 セイラに言えないのは、ただの意地だった。

 でも、謝るその表情はまるで、同類だという勘違いを自嘲するようなもので。同類を見つけられなかった事への落胆もあって。

 ただの意地だけでそんな顔をさせるのは、罪悪感が刺激されすぎちゃうから。


 今度こそその藍色の瞳を丸くしたセイラを見て、私はつい、失笑してしまった。


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