最高位の激突と、白銀の固定具(ギプス)
ガギィィィィィンッ!! ズガァァァァァンッ!!
沸騰する太平洋の孤島に、鼓膜を破るような神威の激突音が連続して響き渡る。
万物を両断する理を得たレオンの白銀のクレイモアが、神速の軌道を描いてアーサーの『アテナの絶対防壁』へと乱れ打たれていた。
「……ハハッ! どうした覇王! 頑丈な殻に引きこもってねえで、お前の剣を抜いてみろよ!」
レオンのトレンチコートは、アーサーの放つ太陽の熱線を至近距離で浴び続け、すでに所々が炭化して燃え上がっている。
だが、レオンは止まらない。
防御など一切考えず、迫り来る雷霆の槍を白銀の刃で『両断』し、その反動を利用してさらに重い一撃を防壁へと叩き込む。同じ【6】の階位同士。レオンの純度百パーセントの剣技と概念干渉が、アーサーの防壁をわずかに軋ませていた。
「野蛮な猿が。我の理に泥を塗るな」
アーサーは黄金の防壁の内側で、不快げに眉をひそめた。
「レオンのオッサンだけに良い格好はさせねえ! アタシも活路を……ッ!」
その時、後方から跳躍した紅刃が、大剣にありったけの『紅蓮の炎』を纏わせてアーサーへと斬りかかろうとした。
雅もまた、神速の抜刀術で防壁の死角を突こうと駆け出す。
だが——彼女たちの刃が届くよりも早く、残酷な『権能の階位の壁』が立ちはだかった。
ジュワァァァァンッ!!
「……なッ!?」
紅刃が目を見開く。彼女の放つ全力の炎が、アーサーの周囲数メートルを覆う『アポロンの熱』の領域に触れた瞬間、いとも容易く”蒸発”して消え去ったのだ。
雅の神速の刺突も、防壁に触れることすらできず、表面を覆う圧倒的な神威の密度に弾き飛ばされ、両腕の骨がミシミシと悲鳴を上げる。
「……身の程を知れ、羽虫ども。貴様らの矮小な魔力など、太陽の前にかざした蝋燭にも劣る」
アーサーが冷酷に吐き捨てた。
「クソッ……! 階位が違いすぎる……アタシらの攻撃じゃ、あの防壁に触れることすらできねえのかよ!」
紅刃が、炎を失った大剣を握りしめ、己の無力さに唇を噛み切る。
どれほどの意志と連携があろうと、下位の権能では【6】の理の城塞に傷一つ、ヒビ一つ入れることはできない。それが、神殺しの闘争における絶対的なルールだった。
「紅刃さん、雅さん! あなたたちは下がって、沸騰する海水と熱風からすばる君たちを守りなさい!」
絶望しかけた二人の前に、白く焦げた髪を振り乱した翠蓮が躍り出た。
彼女の手に握られた青龍偃月刀が、武神『二郎真君』の神威——極東陣営が誇るもう一つの【6】の理を極限まで圧縮し、アーサーの防壁へと叩きつけられる。
「——神槍・百花繚乱ッ!!」
ガガガガガガガガガンッ!!!
翠蓮の連撃と、レオンの両断剣。
二柱の最高位による同時攻撃が、ついにアーサーのアテナの防壁を激しく揺さぶり始めた。
「ハハッ、良い連撃だぜ姉ちゃん! だが、こいつの盾は異常に硬えな!」
「……ええ。彼自身が一切の代償を風に逃がし、豊穣で魔力を無限供給しているからです。ですが……いくら理不尽な城塞でも、彼自身の意識の処理速度には限界があるはず!」
二つの【6】の猛攻を前に、アーサーの蒼い瞳が初めて微かに動いた。
完璧な防壁を維持するため、彼はレオンの剣と翠蓮の槍に、己の魔力と意識の大半を割かざるを得なくなっている。
一方、その後方の安全圏——紅刃たちが必死に熱風を弾き飛ばしてくれている空間で。
俺は、ガラス化した地表に膝をつきながら、自身の右腕を強引に引きちぎらんばかりの力で押さえつけていた。
ウロボロスの超再生が、砕けた骨を繋ぎ合わせている。
だが、遅い。圧倒的に遅い。先ほどの無限大質量の反動は、俺の想像を遥かに超えていた。このままでは、あのバケモノに二発目を叩き込む前に、レオンと翠蓮が焼き殺されてしまう。
「……クソが、動けッ! 治れって言ってんだよ俺の腕!!」
俺が焦燥に駆られて右腕を殴りつけた、その時だ。
「……統。私に、任せてください」
セリアが、俺の隣にすっと片膝をつき、両手で俺の血まみれの右腕をそっと包み込んだ。
「セリア……? お前、さっきヤツの豪雨で魔力を使い果たしたんじゃ……」
アーサーの神罰を防ごうとした際、彼女の白銀のバリアは一瞬で融解させられた。最高位の前では、彼女の防御など紙切れ同然だった。
だが、今のセリアの翡翠の瞳には、一滴の迷いも、無力感もなかった。
「……私のバリアでは、あの覇王の理は防げない。紅刃さんたちと同じで、私自身の攻撃も通じない。……なら、私の魔力は、統を守るためではなく、統の『刃』を折らないために使います」
セリアの白く細い両手から、眩いほどの白銀の魔力が溢れ出した。
だがそれは、空間に展開される広域のバリアではない。俺のボロボロの右腕の『表面数ミリ』に直接巻き付き、砕けた骨と筋肉を外側から限界まで圧縮して強引に固定する『白銀の固定具』へと形を変えたのだ。
「……ッ、セリア、お前」
「私の魔力障壁の強度すべてを、統の右腕一本の『固定』に全集中させます。これなら、あの超音速の理不尽な反動が来ても、絶対に腕は千切れません」
セリアは、額に玉のような汗を浮かべながら、俺を見つめて誇り高く微笑んだ。
それは、俺の剣となり盾となることを誓った、極東の『第一騎士』の最高に美しい顔だった。
「私の誇りごと、あの防壁に叩き込んでください。……統!」
「……ああ。上等だ。お前のその覚悟、全部チップにして、あの傲慢な盤面に叩きつけてやる!」
俺は、セリアの白銀の魔力でガチガチに固定された右腕を握り込み、立ち上がった。
痛みはまだある。だが、腕が吹き飛ぶ恐怖は完全に消え失せた。
前方では、レオンと翠蓮の二柱が、己の命を削りながらアーサーの防壁に猛攻を加え続けている。
だが、アーサーの無限の回復力により、防壁を完全に破るには至っていない。
「……不愉快極まりない。揃って灰になれ」
アーサーが二人の神威の鬱陶しさに苛立ちを覚え、ゼウスの雷霆で彼らをまとめて消し飛ばそうと、防壁の出力を一瞬だけ攻撃へと反転させた——まさに、その刹那の綻び。
「——退けェェェッ! 二人とも!!」
俺の絶叫に呼応し、レオンと翠蓮が一斉にアーサーの正面から左右へと飛び退いた。
五百年のバケモノの眼前に、ただ一人、魔力を持たないはずの最弱のイカサマ師が肉薄する。
俺は、白銀に輝く右腕を構え、足元のガラスの大地に【2の目】の斥力を最大出力で展開した。
狙うは、二人の最高位が防壁の出力を偏らせて生み出した、微小な死角。
「全部乗せ(オールイン)だ……ッ!! 砕け散れェェェェッ!!」
【1の目】による質量ゼロの超音速加速。
そして激突の瞬間、無限大への極限反転。セリアの白銀のギプスが、俺の腕が弾け飛ぶ限界の圧力を、外側から悲鳴を上げながら押さえ込む。
極東のイカサマ師の、仲間たちの祈りと神の理を超越したパラドックス(無限質量)を乗せた二発目が、五百年の覇王の絶対防壁へと、再び真っ直ぐに叩き込まれた。




