五百年の逆鱗と、万物を両断する剣鬼
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!!
灼熱の絶島を揺るがす轟音。
俺の全存在を懸けた【超音速質量弾】が、アーサーの顔面に直撃した瞬間、黄金と白銀の神威が爆発的に弾け飛んだ。
「ガァァァァァァッ……!!」
直撃と同時、俺の右腕は内側から爆竹を鳴らしたように弾け飛んだ。
音速の運動エネルギーと無限大の質量変換。その理不尽な負荷に、俺の肉体が耐えきれるはずがない。筋肉は断裂し、皮膚は裂け、砕けた骨が皮膚を突き破って白く露出する。
不死性の神格が即座に細胞を繋ぎ合わせようと蠢くが、脳を真っ白に焼き切るような激痛に、俺は声にならない絶叫を上げながらガラスの地表へと吹き飛ばされた。
「統ッ!!」
セリアが悲痛な声を上げ、吹き飛んだ俺の体を間一髪で受け止める。
凄まじい衝撃波が熱風を撒き散らし、沸騰する海をさらに激しく波立たせた。
「……ハァ、ハァ……。やったか……?」
俺は、右腕から滝のように血を流しながら、爆心地の土煙を睨みつけた。
だが。
「……貴様。底辺のネズミの分際で、この我の顔に、泥を塗ったな……」
煙を切り裂いて現れたのは、五百年の覇王の、夜叉のように歪んだ顔だった。
直撃のコンマ一秒前。アーサーは咄嗟にアテナの絶対防壁を顔面に多重展開し、俺の無限大の質量を相殺していたのだ。
しかし、完全な無傷ではなかった。
防壁を貫通した僅かな運動エネルギーが、アーサーの白く端正な頬を薄く切り裂き、その金色の髪を僅かに乱していた。頬を伝う一筋の赤い血。
それは、五百年間、安全圏の玉座から神の理を弄んできた彼にとって、決して許されることのない『屈辱』の証明だった。
「万死に値するぞ、極東の狂人ども。……その汚い血肉ごと、太陽と雷霆の理で消し炭に変えてくれる」
アーサーの蒼い瞳が、極寒の殺意に染まる。
彼が静かに右手を天に掲げた瞬間——島全体を覆っていた空気が、物理的な『重圧』を持って俺たちを押し潰した。
「……ッ、息が……!」
雅が妖刀を杖にして膝をつき、紅刃でさえあまりのプレッシャーに冷汗を流す。
アーサーの背後に浮かぶアポロンの黄金の光背が異常な熱を帯び、頭上の空がどす黒い雷雲で覆い尽くされた。五百年の王が放つ、怒りによる純粋な神威の暴走。
次元が、格が、あまりにも違いすぎる。
「消えろ——【神罰の豪雨】」
アーサーが腕を振り下ろした。
空からはゼウスの青白い雷霆が『数千の槍』となって降り注ぎ、同時にアポロンの黄金の熱線が『無数の光矢』となって、島全体を絨毯爆撃のように包み込んだ。
一つ一つが、王の肉体を容易く消滅させる必殺の理。
「くッ……私が、護りますッ!」
セリアが俺の前に立ち塞がり、彼女の持ちうる最大の魔力を注ぎ込んだ『白銀の障壁』を頭上に展開した。
だが——それは、あまりにも無惨な結果だった。
パリンッ……。
降り注ぐ雷と光の雨が障壁に『触れるよりも早く』。アーサーの放つ圧倒的な熱量と魔力の圧力だけで、セリアの全力のバリアは薄氷のように融解し、瞬く間に粉々に砕け散ったのだ。
「え……?」
セリアが、為す術もなく絶望に目を見開く。
これが、最高位の神を3つもその身に宿す覇王の、理不尽なまでの暴力。翠蓮でさえ、己の相反する神話を押さえ込むのに必死で、防御に回る余力など一ミリも残されていない。
「姉貴! セリア! 下がれッ!」
俺が血を吐きながら叫んだ、その時だった。
「……ハハッ。五百年のバケモノが、ずいぶんと派手な『花火』を打ち上げてくれるじゃねえか」
絶望的な光と雷の豪雨の中。
大剣を肩に担いだレオンが、ただ一人、無防備な立ち姿のまま俺たちの前に歩み出た。
「レオンさん! 無茶です、死にますよ!」
セリアが静止する声も聞かず、レオンはニカッと無邪気な笑みを浮かべた。
「安心しな、嬢ちゃん。……魔力だの概念だの、難しい理屈は俺には分からねえ。だがな、俺の剣の『間合い』に入ってきたもんは、雷だろうが太陽だろうが、斬り落とすだけだ」
レオンが、肩から白銀のクレイモアをゆっくりと下ろし、正眼に構える。
その瞬間。レオンの全身から、あの奥多摩の山中で見せた『【6】の神威』が、火山が噴火するように爆発的に立ち昇った。
彼が黄金の剣神・クリューサーオールから簒奪した権能。
それは、自らの剣技の威力を神域まで引き上げ、刃に触れた『あらゆる魔力・概念』を物理的に両断する【万物両断の黄金刃】。
極めてシンプル。ゆえに、最強。
だが、その権能の真価は、ただの人間が持っても決して引き出せない。光の矢や雷の槍を斬るには、それを見切るだけの神がかった『動体視力』と、神速の『剣速』が不可欠だからだ。
——三十年間、すべてを捨てて強者との死闘のみを渇望し、狂気的なまでに剣技を磨き上げ続けてきたレオンだからこそ、この権能は史上最悪の刃へと昇華される。
「行くぜ。——『絶空・無双』ッ!!」
ズバァァァァァァァァァンッ!!!!
レオンの放った純白の剣閃が、空間そのものを両断するような凄まじい軌道を描いて天を裂いた。
そして、信じられない現象が起きた。
空から降り注いでいたゼウスの雷霆の槍も、アポロンの光矢も。レオンの振るう神速の剣の軌道に触れた瞬間、概念そのものを『真っ二つに斬り裂かれ』、無害な魔力の霧となって霧散したのだ。
「……なッ!?」
アーサーが、今日二度目の驚愕に目を剥いた。
「……ハハハッ! 良いぜ、最高に斬り甲斐がある! もっと来いよ、金ピカ野郎! お前が上から降らせる理屈、全部俺が剣一本で叩き斬ってやるよ!」
レオンは、雷と光の雨を神域の剣捌きで次々と斬り払いながら、狂笑を上げてアーサーへと突進していく。
ただ「強い奴を斬りたい」という三十年分の純粋な渇望が、最高位の神の理と完全に融合し、アーサーの圧倒的な暴力の豪雨の中を真っ直ぐに切り開いていく。
「……チッ、野蛮な剣士風情が、我の神威を物理的に両断するだと……!」
アーサーは忌々しそうに舌打ちをし、アテナの盾を前方に多重展開してレオンの凶刃を迎え撃つ。
ガキンッ! ガァァァァァンッ!!
レオンの白銀のクレイモアが、絶対防壁に何度も何度も叩きつけられる。
万物を両断する権能をもってしても、アテナの絶対防壁をただの力押しで破ることはできない。だが、レオンの常軌を逸した剣圧の連撃は、アーサーの意識と防壁の出力を、完全に己の一点へと集中させることに成功していた。
「おい、坊主! 姉ちゃん! 俺がこいつの盾に食らいついてる間に、お前らの重たい一撃、しっかり準備しとけよ!」
レオンが血まみれの顔で振り返り、最高に楽しそうに叫ぶ。
「……バカヤロウ。言われなくても、お前の背中には極東の総帥がついてるんだよ」
俺は、激痛の引かない右腕を左手で強引に掴み、ウロボロスの魔力を極限まで燃やして再び立ち上がった。
隣では、翠蓮が偃月刀を構え直し、無力感に唇を噛んでいたセリアも、紅刃と雅と共に再び前傾姿勢をとる。
五百年の間、誰にも侵されることのなかった覇王の城塞と、圧倒的な暴力。
だが今、極東の純粋な剣鬼がその傲慢な理の正面から斬り込み、イカサマ師たちがその首を狩るための反撃の牙を研いでいる。
灼熱の絶島での死闘は、互いの神の理と魂を削り合う、極限の領域へと突入していった。




