奥多摩の剣神と、狂気の西洋剣士
奥多摩の深い山中。
ウロボロスの魔力で木々を蹴り飛ばしながら現場へ急行した俺は、凄まじい金属の激突音と、木々を薙ぎ払う暴風に顔をしかめた。
「オオォォォォォォォォッ!!」
山頂で大地を割っていたのは、ギリシャ神話において黄金の剣を帯びて生まれたとされる巨人——『剣神・クリューサーオール』だった。
全身を分厚い黄金の重装甲で覆い、手にはビルほどもある巨大な黄金の剣が握られている。
(……デカい。あんな巨剣を街で振り回されたら、一瞬で西東京市が更地にされるぞ)
俺が先手を打つために【1の目】を発動しようとした、その時だ。
「……ハハッ。素晴らしい。まさか極東の島国に、こんな最高に『斬り甲斐のある剣客』が歩いているとはな」
巨大な剣神の足元。
そこには、ボロボロのトレンチコートを纏い、無精髭を生やした三十歳前後の『ヨーロッパ系の男』が立っていた。
「……おいおい、嘘だろ」
俺は木の上からその男を見下ろし、目を疑った。
魔力を全く感じない。王でも騎士でもない、完全に『一般人』にしかみえない。
男の両手には、長年の使い込みで刃こぼれした、無骨な『ロングソード(洋刀)』が握られていた。
本来なら、神の神威にあてられた一般人は、恐怖で動けなくなるか、そのまま魔力に当てられて死ぬ。だが、その男の碧い瞳には、恐怖の欠片もなく、ただ純粋な『歓喜』だけが燃え盛っていたのだ。
「三十年だ。物心ついた時から、ただ己の剣の限界を知るためだけに世界中を歩き回った。……まさか、こんなバケモノに出会える日が来るとはなァッ!」
男は、巨人が振り下ろすビルサイズの黄金の剣を、恐るべき動体視力と紙一重の体捌きで躱し、巨人の極太の脚の装甲に向けてロングソードを振り下ろした。
カァァァァンッ!!
鈍い金属音が響く。
もちろん、ただの鉄の剣が神の黄金装甲を裂けるはずもない。刃は激しく弾かれ、男の腕の骨がミシミシと悲鳴を上げた。
「ガハッ……! 硬えな、おい!」
男は口から血を吐きながらも、不敵に笑って後退する。
「おい、アンタ! 何してんだ! 死ぬぞ!!」
俺が叫んで飛び降りると、男は俺を一瞥し、ニカッと人の良さそうな笑みを浮かべた。
「ん? なんだ坊主。ここは危険だぜ、下がってな。……俺はただ、俺の剣がどこまで通用するか試したいだけなんだ。邪魔すんなよ」
(……剣に人生を狂わされた、ただの戦闘狂か!)
男は、目の前の巨人が『神』であることも、自分が踏み込んでいるのが神殺しの闘争であることも、何一つ理解していなかった。
ただ、「目の前に斬り甲斐のある強い剣士がいる」。その純粋すぎる剣気と狂気だけで、神の威圧を跳ね除け、圧倒的な質量差に立ち向かっていたのだ。
「オォォォォォッ!!」
自らの装甲を傷つけようとした羽虫に、剣神が苛立ち、巨大な黄金の剣で横薙ぎの一閃を放つ。
「クゥッ……!」
男はロングソードを斜めに構え、衝撃を受け流そうとした。
だが、神の圧倒的な物理力の前に、その高度な剣技すらも無意味だった。
刀身はへし曲がり、男の体は数十メートル先の岩壁に激突した。
「ガハッ……!」
全身の骨が折れる鈍い音が響き、男は血の海に沈んだ。
致命傷だ。普通の人間なら即死している。
だが。
「……ははっ。まだ、だ。俺の……剣の道は、まだ……終わっちゃいねえ」
男は、ひん曲がったロングソードの柄を、血まみれの両手で無理やり握り直し、折れた足を引きずりながら、なおも剣神に向かって這い進もうとしていた。
その異常なまでの執念。
それは、かつてイカサマという泥臭い手段に縋ってでも、神殺しのテーブルに食らいつこうとしていた俺自身の姿に、ひどく似ていた。
「……上等だ、剣士のオッサン。アンタのそのイカれた執念、俺が少しだけ『イカサマ』で手伝ってやるよ」
巨人が、トドメとばかりに黄金の剣を男に向けて振り下ろそうとした瞬間。
俺は、剣神と男の間に割って入り、両手を広げて挑発した。
「こっちだ、デカブツ! 極東の王の『特大質量の的』はここだぜ!!」




