イカサマの調整と、悲鳴を上げる盤面
西東京市、御堂家の地下に増設された八咫烏の特別訓練室。
カルマ戦、そしてアーサー戦での満身創痍の傷がウロボロスによって癒え始めた数日後、俺は一人、汗だくになりながら「新しい手札」の実験を繰り返していた。
「……シッ!」
俺は右手に握った鉄球の質量を【1の目】で『ゼロ』にし、同時に足元に向けて【2の目】の『微弱な斥力(反発力)』を展開する。
質量ゼロの鉄球は、空気抵抗を完全に無視し、斥力のわずかな反発だけで『超音速』の速度で前方へ射出される。そして、数十メートル先のチタン合金の標的に当たるコンマ一秒前——俺は鉄球の質量を『特大』へと反転させた。
ドゴォォォォォォンッ!!!!
凄まじい轟音と共に、絶対の強度を誇るはずのチタンの標的が、まるで粘土のようにひしげ、後方の壁ごと吹き飛んだ。
「……威力は申し分ねえ。正真正銘の一撃必殺の手札だ」
俺は、ひび割れた右手首を庇いながら、荒い息を吐いた。
女神が「ハズレ枠」と嘲笑った【2】の権能と、俺の【1】の権能の相乗効果。
俺はこの最悪のコンボを、『超音速質量弾』と名付けた。
だが、課題は山積みだった。
アーサー戦のように、俺自身の体を質量ゼロにして射出し、ぶつかる瞬間に特大質量に戻す『超音速質量パンチ』。あれは威力が絶大だが、加速と質量の急激な反転に俺の肉体が耐えきれない。
「今のままじゃ、一発撃つたびに俺の腕が消し飛ぶ……。反発力(2の目)の出力をもっと極小に抑えて、肉体が自壊しないギリギリのライン(ベット額)を見極めねえと」
ギャンブラーにとって、チップの掛け間違えは死を意味する。
俺は再び鉄球を拾い上げ、血の滲むような反復練習へと没頭していった。
ビーーーーーッ!! ビーーーーーッ!!
突如、地下訓練室に耳を劈くような警報音が鳴り響いた。
「統!! 訓練を中断してください! 緊急事態です!!」
モニターに、血相を変えたイヴの顔が映し出される。普段は冷静なAIの彼女が、かつてないほど取り乱していた。
「どうした、イヴ。地震か?」
「違います! 世界中のあらゆる座標で、同時に『神格クラスの巨大な魔力反応』が複数顕現しました! 北米、欧州、アフリカ……各地で神々が受肉し、都市部が未曾有の大災害に見舞われています!」
「……はぁ!?」
俺はタオルを放り投げ、急いで作戦司令室へと駆け上がった。
メインモニターに映し出された世界の惨状は、まさに地獄だった。大津波、竜巻、地割れ。かつて原初神アルテアが顕現した時のような絶望が、世界中で同時に起こっているのだ。
「なんだこりゃ……。いくらなんでも異常すぎるだろ」
俺は、震える手でコンソールに手をついた。
「神が顕現するタイミングなんて、本来は完全にランダムだろ。せいぜい十から二十年に一度、気まぐれな神が暇つぶしに目を覚まして地上に降りてくる程度と聞いたことがある。それが、まるで堰を切ったように世界中で一斉に押し寄せてきている……。普通に考えたらこんなカオスな盤面はありえねえぞ」
「……ええ。これほどの大規模な魔力現象、まるで、誰かが裏で糸を引いているとしか……」
イヴの声も震えていた。
何かがおかしい。
得体の知れない強大な力が、無理やりゲームのテーブルをひっくり返そうとしている。だが、今の俺たちには、その原因を究明している暇すらなかった。
「すばる君! 極東(日本)にも、二柱の神が顕現しました!」
司令室に飛び込んできた翠蓮が、扇子でモニターの一部を指し示す。
「一柱は東京湾の沖合。『海神』です。そしてもう一柱は、奥多摩の山中に顕現した、全身を黄金の鎧で覆う『剣神』の巨人です!」
「チッ、二匹同時かよ!」
俺は、傍らに控えていたセリア、紅刃、雅を見た。
「姉貴!東京湾の海神はあんたの組織と紅刃たちに任せていいか?奥多摩の山奥の巨人は、俺が一人で沈めてくる」
「一人で!? 統、いくらなんでもそれは……!」
セリアが慌てて引き留めようとするが、俺は首を横に振った。
「どっちかに戦力を偏らせたら、被害が広がる。
それに、俺には地下で調整した『新しい手札』のテストも試したい」
「……分かりました。絶対に無理はしないでくださいね、すばる君」
翠蓮が深く頷き、俺たちは二手に分かれて、顕現した神の討伐へと急行した。




