極東の解散と、新たなる盤面(テーブル)
西東京の地下アジト。
分厚い鉄扉を押し開けると、いつもの喧騒が鼓膜を打った。
「遅えぞ統! セリアと抜け駆けして、どこまでシケ込んでたんだよ!」
「すばる様のお帰りです! 宴の支度を!」
赤い髪を逆立てた紅刃が噛みつき、雅がエプロン姿で出迎える。
ダイニングテーブルには、レオンとガルドがすでにジョッキを並べ、翠蓮が艶やかに微笑んで座っていた。
「ただいま。……ったく、相変わらず騒がしい連中だ」
俺はセリアの荷物をソファに置き、ダイニングの中心へと歩み出た。
そして、ポケットから使い古した『ただのカジノチップ』を一枚取り出し、指先で弾く。
カチンッ。
澄んだ音が地下空間に響き、全員の視線が俺に集まった。
「全員、よく聞け」
俺は、かつて神々を相手にハッタリをかました時と同じ、不敵な笑みを浮かべた。
「炎の原初神をブチ殺し、アペイロンを破産させた。俺たちの頭上にあったクソみたいな理は、完全に消滅した」
誰も口を挟まない。
神殺しの狂人たちが、静かに俺の次の言葉を待っている。
「だから、今日をもって『極東』は……神殺しのクランとしては解散だ」
紅刃が目を丸くし、雅が息を呑む。
だが、悲壮感はない。セリアは俺の隣で、迷いのない瞳で頷いている。
「規格外の手札を持て余す気持ちはわかる。だがな、世界が平和になった以上、俺たちが剣や魔法を振り回す盤面はもうどこにもねえ」
「……じゃあ、アタシらはこれからどうすんだよ?」
紅刃が、不満そうに唇を尖らせる。
「決まってんだろ」
俺は、弾いたチップをテーブルの中央にピタリと押さえつけた。
「これからは、この退屈で平和な世界で、腹一杯飯を食って、笑って、馬鹿みたいに生きていく。……それが、俺たちの新しい『ゲーム』だ」
ガハハハッ! と、レオンが腹を抱えて笑い出した。
「神様相手のデスマッチの次は、平和な日常ってか! そりゃあ、俺たちにとっちゃ一番難易度が高いテーブルじゃねえか!」
「違いねえ。だが、最高の退屈しのぎになりそうだ」
ガルドも豪快にジョッキを煽る。
「……ふふっ。ディーラーがそう言うのなら、降りるわけにはいきませんね」
翠蓮が優雅に頷き、雅が「すばる様のお心のままに!」と深く頭を下げる。
紅刃は「ちっ、仕方ねえな」とそっぽを向きながらも、その口元は嬉しそうに緩んでいた。
「——さてと」
俺は、テーブルの片隅に置かれたままの『空席』へと視線を向けた。
そこには、透き通った氷のグラスと、蒼いマントの切れ端が置かれている。
かつて、炎の原初神にすべてを奪われ、心を凍らせていた氷の王。
俺の命と引き換えに、あの絶対的な虚無の前に立ち塞がって散った、最高の家族。
俺は自分のグラスにジンジャーエールを注ぎ、レヴィのグラスへと軽く打ち当てた。
「……聞いたか、レヴィ。俺たちはもう、誰も殺さねえし、誰にも命を張らせねえ。テメェがツケを払ってまで繋いでくれたこのテーブルで、しぶとく生き残ってやる」
氷がカラン、と溶ける音がした。
復讐を終え、家族の温かさを知って散った彼が、満足げに笑ってくれたような気がした。
「乾杯だ。俺たちの、平和な明日に」
「「「乾杯!!!」」」
俺の号令と共に、極東のバケモノたちのグラスが打ち鳴らされる。
未成年の俺やヒロインたちはジュースで、大人たちは酒で。それぞれが、それぞれの未来へ向けて、新たなチップを積み上げた瞬間だった。
窓のない地下アジト。
だが、そこにはどんな神々の光よりも眩しい、俺たちの『夜明け』が確かに存在していた。




