白銀の日常と、次なる盤面(テーブル)
復興の槌音が響く西東京。
抜けるような青空の下、俺は両手に紙袋を抱えて歩いていた。
「すばる様、こっち! 次はあのお店に行きたいわ!」
前を歩くセリアが、弾むような足取りで振り返る。
いつもの白銀の甲冑ではなく、淡いブルーのワンピースに白いカーディガン。戦場では見せない年相応の無邪気な笑顔が、春の陽だまりの中でキラキラと輝いていた。
「……オイ。買い出しの荷物持ちなら、ガルドかレオンを連れてこいよ」
「何言ってるの。これは『デート』よ? あんたが私のために時間と労力を払うことに意味があるんじゃない」
セリアは悪戯っぽく舌を出した。
洋服、雑貨、そして今彼女の手にあるのは、駅前で買ったいちごのクレープ。宣言通り、彼女は平和な街での「普通の女の子」としての休日を、俺の隣で全力で満喫している。
(……まあ、悪くねえか)
紙袋を持ち直す。
神々の理に縛られ、明日死ぬかもしれないという極限のテーブルに座り続けていた俺たちにとって、こんな風に荷物の重さやクレープの甘さに一喜一憂できること自体が、途方もない『特大の払い戻し』なのだから。
***
買い物を終え、俺たちは見晴らしの良い公園のベンチに腰を下ろした。
眼下には、大いなる淘汰の傷跡から立ち直ろうとしている街並みが広がっている。
「……ねえ、すばる様」
クレープを食べ終えたセリアが、ぽつりと呟いた。
さっきまでの燥いでいた声とは違う、静かで、どこか真剣なトーン。
「神様もいなくなって、世界は元通りになりつつあるわ。……でも、私たちはどうなるのかしら」
彼女の視線は、遠くの空を見つめている。
俺たち「極東」のメンバーは、神殺しのゲームの中で規格外の理を手にしてしまった存在だ。
俺の原初の灰燼。紅刃の【6の目】。雅の絶技や、翠蓮の闘気。そしてセリアの絶対防壁。
世界が平和になった今、その強大すぎる手札は、この日常というテーブルには大きすぎる。
「……極東というクランは、戦うために作られた。でも、もう戦う敵はいない。私たち、ただの『はぐれ者』になっちゃうのかなって」
白銀の第一の盾。誰よりも俺を護ることに命を懸けてきた彼女だからこそ、護るべき脅威が消え去った今、自分の存在意義(ベットする場所)を見失いかけているのだろう。
俺は、小さく息を吐いた。
「……セリア。お前、自分が何歳か忘れたのか?」
「え? ……十、七だけど」
「俺もだ。ついでに言えば、雅も同い年だろ」
俺はベンチの背もたれに寄りかかり、西東京の空を見上げた。
「神様との命懸けのギャンブルは、確かに終わった。だがな、俺たちはまだ未成年で、ガキだ。……これから先、嫌でも『普通の人生』ってヤツが何十年も続いていくんだよ」
セリアが、パチリと目を瞬かせる。
「極東カジノ(うちのクラン)は、神を殺して世界をひっくり返すために開いたテーブルだ。……だから、もう店じまいだ」
「店じまい……解散、するってこと?」
「違う。目的が変わるんだ」
俺は、セリアの目を真っ直ぐに見据えた。
「これからは、どうやってこの退屈で平和な世界で、腹一杯飯を食って、笑って生きていくか。……そのためのテーブルにすげ替える。お前らは、俺の最高の家族(共犯者)だ。神様がいなくなったからって、その絆まで捨てるほど、俺は三流のディーラーじゃねえよ」
戦うための盾はいらない。
これからは、ただのセリアとして、俺の隣で笑っていればいい。
言葉にはしなかったが、そんな俺のイカサマ師なりの真意が伝わったのだろう。
セリアの瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「……っ、ばか。すばる様のくせに、カッコつけないでよ……っ」
彼女は両手で顔を覆い、しゃくり上げながら俺の肩にコツンと頭を乗せた。
「……ずっと、不安だったの。戦いが終わったら、あんたがどこかに行っちゃうような気がして」
「バーカ。俺がお前らみたいなイカれた手札を手放すわけねえだろ」
俺は、泣きじゃくる彼女の頭にそっと手を置き、不器用に撫でた。
血の匂いに満ちた神話の時代は、完全に終わったのだ。
これからは、剣や魔法ではなく、それぞれの「未来」という途方もなく広大な盤面へ向けて、新たなチップを積み上げる時間が始まる。
(……さてと。残りの奴らにも、きっちり引導を渡してやるか)
公園を吹き抜ける春の風が、心地よく俺たちの頬を撫でていった。




