武神のリードと、観覧車の密室(クローズド・サークル)
週末の西東京。
抜けるような青空の下、駅前の待ち合わせスポットは人でごった返していた。
「……目立ちすぎだろ」
俺はポケットに手を突っ込んだまま、周囲の視線を一身に集めている女を見据えた。
翠蓮。
先日のポーカーでイカサマ勝ちを収め、今日の主導権(デート権)を握った極東の武神。
深いスリットの入った真紅のロングワンピース。肩に羽織った黒いストールが、大人の色香を際立たせている。すれ違う男たちが、ことごとく首を回して彼女を二度見していた。
「お待たせしました、すばる君」
翠蓮が花が咲くような笑みを浮かべ、俺の腕にすっと自分の腕を絡ませてきた。
ニット越しに、豊満な感触が押し付けられる。
「おい、翠蓮。近……」
「今日は私が勝者(エスコート役)です。大人しく、私のリードに従ってくださいね?」
唇に人差し指を当てて悪戯っぽく微笑む。
完全にペースを握られている。俺は短く息を吐き、彼女の歩調に合わせた。
***
「……で。なんで映画館なんだ?」
暗闇の中。
スクリーンでは、派手なアクション映画が上映されていた。
俺の意識は映画には向いていない。
「あら、定番でしょう?」
翠蓮が顔を寄せてくる。ポップコーンを取るふりをして、俺の手に彼女の指が重なった。
甘い白檀の香りが鼻腔をくすぐる。
(……定番はいいが、後ろの席の殺気がエグいんだよ)
視線はスクリーンに向けたまま、背後の気配を探る。
三列後ろ。ポップコーンを握り潰す音。ジュースのストローを噛みちぎる音。極寒の冷気と、燃え盛る熱気。
銀髪、和服、赤髪。
変装用のサングラスと帽子を被った不審な三人組が、俺たちの後頭部を親の仇のように睨みつけていた。
「すばる君、あーん」
「……んむ」
翠蓮が暗闇に乗じて、キャラメルポップコーンを俺の口に運ぶ。
背後で、座席の肘掛けがメキッと軋む音がした。
「……お前、絶対わかっててやってるだろ」
「なんのことですか?」
翠蓮は妖艶に微笑み、俺の肩にコツンと頭を乗せた。
映画の内容なんて、一ミリも頭に入ってこなかった。
***
夕暮れ。
ショッピングモールでの買い物を経て、俺たちが辿り着いたのは、西東京の郊外にある大型の観覧車だった。
「これなら、誰も邪魔できませんね」
ゴンドラに乗り込むなり、翠蓮が満足そうに息をつく。
地上から徐々に離れていく。窓の下には、尾行を諦めて地団駄を踏んでいる三人組の姿が小さく見えた。
茜色に染まる西東京の街並み。
神々の淘汰による傷跡は、少しずつ人々の手で修復され始めている。
「……綺麗な街ですね」
向かいの席に座っていた翠蓮が、静かに呟いた。
いつものからかうような大人の余裕が消え、どこか儚げな表情を浮かべている。
「ああ。まあな」
俺が短く返すと、翠蓮はゆっくりと立ち上がり、俺の隣の席へと移動してきた。
ゴンドラが少し揺れる。
「すばる君」
真っ直ぐな、熱を帯びた瞳。
彼女の手が、俺の炭化から再生した右腕をそっと包み込んだ。
「アペイロンとの戦いの時。……あなたが命を全部テーブルに投げ出した時、私、本当に心臓が止まるかと思いました」
翠蓮の声が微かに震えていた。
「レヴィ殿が命を懸けて……それでも、あなたまで灰になって消えてしまうんじゃないかって。私、自分の無力さが悔しくて」
「……翠蓮」
「もう二度と、あんな無茶はしないでください。あなたの特等席は、私たちが必ず護りますから」
武神としての強さじゃない。一人の女性としての、切実な願い。
俺は、呪いの消えた左手で、彼女の頭をポンと撫でた。
「……わりぃ。俺は生粋のイカサマ師だ。盤面がイカれてりゃ、また全額ベットするかもしれねえ」
「すばる君……」
「でもな」
俺は、窓の外の夕焼けに目を向けた。
「次からは、俺一人じゃ張らねえよ。テメェらと一緒に、テーブルをひっくり返してやる」
翠蓮の瞳が丸くなり、やがて花がほころぶように、柔らかく、美しい笑顔が広がった。
「……ふふっ。言質、取りましたよ」
翠蓮が、俺の肩にそっと寄りかかる。
「やっぱり、私はあなたの心をベットしにいきます。……覚悟していてくださいね、私の愛しいディーラーさん」
頂点に達したゴンドラの中で。
茜色の光に包まれながら、俺たちはしばらくの間、静かな時間を共有した。
***
「——ちょっとおおおおッ!! 密室で何してたのよ!!」
「すばる様! 服の乱れはありませんか!?」
「アタシにも観覧車乗せろォォォッ!!」
ゴンドラが地上に着いた瞬間。
待ち構えていたセリア、雅、紅刃が、弾かれたように突撃してきた。
「お前ら、出待ちまでしてたのかよ……」
「あらあら。せっかくの良い雰囲気が台無しですね」
翠蓮が俺の腕に抱きつきながら、クスクスと笑う。
「さあ、すばる君。次はどこへ逃げましょうか?」
「オイ、俺はもう歩き疲れたぞ!」
夕闇が迫る西東京の街。
神殺しのゲームが終わっても、俺の周りの盤面は相変わらず騒がしく、そして最高に愛おしい。
極東のイカサマ師の日常は、まだまだ終わる気配がなかった。




