泥臭い献身と、決壊する氷の殺意
『——■■■■■ッ!!』
すり鉢状のクレーターの遥か上空。夜空を引き裂いた次元の狭間から、炎の原初神が己の極上の果実を横取りされまいと、星の地鳴りのような咆哮を上げた。
直後、巨大な紅蓮の眼球から、太平洋の絶島を瞬時に蒸発させたのと同じ『極太の熱線』が、一直線に俺たちの頭上へと降り注いでくる。
「来やがるぞォォッ!!」
レオンが白銀のクレイモアを両手で強く握り締め、天空を睨みつけた。
「フンッ……星の理屈だろうが何だろうが、俺の群れ(獲物)には指一本触れさせねえッ!!」
獣王ガルドが、再びその肉体に『神話の獣』を降ろした。
腕の剛毛がさらに分厚く膨張し、二度と人間の姿に戻れなくなるリスクをチップにして、ガルドはクレーターの底の巨大な『岩盤』を両手で強引に引き剥がし、頭上へとぶん投げた。
ズゴォォォォォォォォンッ!!
原初の熱線が岩盤に直撃し、数千トンの岩が一瞬でマグマに変わって四散する。
だが、そのほんのコンマ一秒、熱線の威力が岩盤で相殺された隙を、極東の狂った剣鬼と騎士たちが見逃すはずがなかった。
「——『絶空・無双』ッ!!」
レオンが放った【万物両断】の神威が、マグマを突き抜けて熱線そのものに物理的な亀裂を走らせる。
「斬り捨てます!」
翠蓮の号令に合わせ、紅刃の大剣、雅の神速の抜刀、そして翠蓮の武神の槍が、レオンが割いた熱線の『隙間』へと乱れ打たれる。
最高位の王二柱と、極東の決死の連携。原初の熱線は俺たちの頭上数メートルの位置で軌道を逸らされ、周囲の氷の壁を凄まじい勢いで溶かしていった。
「……上は凌いでも、こっちはどうするんだよッ!」
紅刃が、足元から溢れ出す黒い瘴気に顔を歪める。
レヴィの氷の亀裂から漏れ出した死王ゼインの『死の呪い』。
それは空気中に溶け出し、触れた端から俺たちの皮膚を黒く変色させ、細胞を腐死させていく。
「ゴホッ……! 統、これ以上は……私たちが全滅します!」
セリアが白銀の障壁で瘴気を防ごうとするが、呪いの概念は物理的なバリアをいとも容易くすり抜けてくる。
このままでは、氷が完全に割れる前に俺たちが死ぬか、あるいはレヴィ自身が溢れ出した呪いの反動で喰い殺されてしまう。
「……クソッタレが。だったら、毒の行き先を変えてやるよ」
俺は、腐死していく左腕の激痛に歯を食いしばりながら、レヴィの氷の亀裂に、自らの左手を深く押し当てた。
「統!? 何をしてるんですか!」
「決まってんだろ……! この『死の呪い』を、全部俺の体ん中に引き受けるんだよ!!」
俺の言葉に、仲間たちが息を呑む。
俺はウロボロスの魔力をフル稼働させ、レヴィの氷から漏れ出す瘴気を、無理やり俺の左腕の毛穴から『吸収』し始めた。
「グ、ガァァァァァァァァッ!!」
脳髄が沸騰し、全身の血が硫酸に変わったような激痛。
俺の左腕の皮膚が真っ黒に腐死し、ボロボロと崩れ落ちていく。だが、崩れた端からウロボロスの超再生が新しい細胞を強制的に編み上げ、それをまた呪いが腐らせていく。
「やめろ、統! お前でもそんな量の呪いを被ったら、再生が追いつかずに死ぬぞ!」
レオンが叫ぶが、俺は氷から手を離さなかった。
「……おい、見栄っ張り。テメェの重たい荷物は、俺がいったん預かってやったぞ。……いつまで寝てやがる、さっさと起きろッ!!」
俺の絶叫と、呪いを引き剥がしたことによる急激な反動。
ピキィィィィィンッ!!!!
クレーターの底に甲高い破砕音が響き渡り、レヴィを覆っていた絶対零度の氷柱が、ついに粉々に砕け散った。
「……ッ!」
砕け散る氷の破片の中。
死の呪いの大半を俺が肩代わりしたことで意識を取り戻したレヴィの身体が、前方へと倒れ込んできた。
「……おっと」
俺は、真っ黒に腐死した左腕で、彼の細い身体をガシリと受け止める。凄まじく冷たい。
「……統、お前」
俺の腕の中で。水色の髪の青年が、ゆっくりと目を開いた。
彼は、自らを引き留めている俺の『真っ黒に腐り落ちた左腕』と、その痛みに血反吐を吐いている俺の顔を見て——いつものような余裕のある不遜な笑みを作ろうとして、作れなかった。
彼の端正な顔が、驚愕と、不器用な痛みに歪む。
「……他人の死の呪いを、素手で啜るなど……貴様ら極東の狂犬どもは、本当に……どこまでも救いようのない馬鹿だな」
「ハッ。テメェがこんな所で、一人で背負い込んで心中しようとしてるからだろうが。……俺のテーブルのジョーカーが、誰の許可で勝手に席を立ってんだよ」
俺が悪態をつくと、レヴィは血の滲む唇を強く噛み締め、自らの足で大地に立った。
「……恩に着る。最高の目覚めだ」
だが、その直後だった。
『——■■■■■ッ!!』
遥か上空。次元の狭間から、極上の果実を解凍された『炎の原初神』が、歓喜と嘲笑の入り混じったような悍ましい波動を降らせた。
「……あ、」
その波動と、大気に混じる『懐かしくも忌まわしい炎の匂い』を感じ取った瞬間。
レヴィの肩が、ビクリと不自然に跳ねた。
彼の瞳の瞳孔が限界まで収縮し、呼吸が、異常なほど浅く、そして速くなる。
「……ああ。いるな。……そこに、いるんだな」
レヴィの口から漏れたのは、いつも俺たちをからかう時の芝居がかった美声ではなかった。
地の底から這い出るような、怨嗟と、純粋な『殺意』だけで構成された、凍てつくような低い声。
「レヴィ……?」
俺が声をかけるが、彼の耳にはもう届いていなかった。
レヴィの脳裏で、焼き付けられた最悪の記憶がフラッシュバックしているのが分かった。
共に背中を預け、誰よりも愛した女の神殺しが、あの理不尽な炎に焼かれ、自分の腕の中で黒い灰となって崩れ落ちていったあの日の絶望。
自らの心臓を素手で握り潰されるような喪失感と、炎の原初神がわざと自分を生かし、復讐心を煽って愉悦に浸っていたという悍ましい事実。
そのすべてを、あの日からずっと、誰にも見せずに心の奥底の氷に閉じ込めてきた。
だが今。その元凶が、自分の頭上から見下ろして嘲笑っているのだ。
「……許さない」
レヴィの足元から、パキ、パキパキッ……と、異常な速度で氷が広がり始めた。
それは魔力による現象ではない。レヴィという一人の男の魂から溢れ出した『純度百パーセントの憎悪』が、空間そのものの熱を奪い、凍結させているのだ。
「……俺は、お前のその悍ましい炎を永遠に凍らせて、砕くためだけに……あの日から、血反吐を吐いて地獄を這いずり回ってきたんだッ!!」
レヴィの顔から、すべての仮面が剥がれ落ちた。
氷王としての誇りも、見栄もかなぐり捨て、ただ愛する女を奪われた一人の男として、彼は血の涙を流さんばかりの凄絶な形相で、上空の巨大な紅蓮の眼球を睨みつけた。
「落ちてこい、星のクズッ!! 俺の心臓ごと、残さず喰らってみせろォォォォォッ!!」
レヴィの絶叫と共に、クレーターの底から天を貫くほどの『絶対零度の猛吹雪』が爆発的に吹き荒れた。
極東のイカサマ師たちが泥臭く繋いだ命のバトンを握りしめ、欠けていた氷のジョーカーが、凍てついた生涯の憎悪と殺意をすべてチップにして、ついに星の悪意へと反逆の牙を突き立てたのだった。
時系列の矛盾を解消し、レヴィの「あの日から背負い続けてきた地獄」という執念の解像度をぐっと引き上げました。




