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神殺しのダイス・マキア ~最弱ギャンブラー、命をチップに傲慢な理を物理で粉砕する~  作者: kiro


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万獣の咆哮と、絶対零度の微笑



「邪魔だっつってんだよ、火の粉共がァッ!!」

獣王ガルドが吠えた瞬間、彼の巨大な肉体に異変が起きた。


浅黒い肌を分厚く硬い『獣の剛毛』が覆い尽くし、両腕の筋肉が丸太のように膨張する。両手には巨大な鉤爪が生え、黄金の瞳は完全に猛獣のそれへと縦に裂けていた。


ズゴォォォォォォォォンッ!!


変化したガルドの右腕から放たれたのは、複雑な魔力術式でも神の概念でもない。ただの純度百パーセントの『暴力の塊』である裏拳。


だが、その一撃が引き起こした凄まじい風圧(衝撃波)は、周囲の砂を吹き飛ばし、迫り来る炎の眷属たちを物理的に粉々に粉砕した。


「……すげえ。原初の炎に直接触れてるのに、火傷が一瞬で治っていく……!?」


紅刃が、目を丸くして叫んだ。


「ガハハハッ! 驚くこたぁねえ! 俺の権能は、神話のバケモノ(魔獣)をこの身体に直接宿す、ただそれだけのシンプルな力だ!」


ガルドが、炎を浴びながら獰猛な牙を剥き出しにして笑う。


圧倒的なまでの基礎身体能力スペックの底上げと、欠損すら一瞬で繋ぎ合わせる超回復力。


それが、【獣王】の権能。だが、強すぎる力には当然、理不尽なまでの『代償』が存在する。


「……ただし、この力に頼りすぎりゃ、二度と『人間の姿カタチ』には戻れなくなる。一生、このバケモノの体のままで生きていくしかなくなるって寸法だ」


「……理性を失って、本物の獣になるわけじゃねえのか?」


俺が問うと、ガルドはニカッと笑った。


「ああ、俺のナカミは俺のままだ。だが、人間の街を歩くことも、普通のメシを食うこともできなくなる。……群れの王として立つための、妥当なチップだろ?」


ガルドの言葉に、俺は息を呑んだ。


己の人間としての『日常』や『姿』そのものをチップとして賭け続ける、究極のハイリスク。安全圏から理を弄んでいたアーサーとは真逆の、極限まで泥臭い生き様だ。


「……ハッ! 最高にイカれた力だぜ、オッサン! だが、獲物の横取りは感心しねえな!」


レオンが白銀のクレイモアを肩に担ぎ、ガルドの隣へと並び立つ。


「俺が『斬って』、アンタが『砕く』。……どっちが早くこのクレーターの底に辿り着くか、競争と行こうぜ!」


「ガハハハッ! 面白え! 足でまといになったら、テメェから先に喰ってやるよ、剣士の兄ちゃん!」


二人の戦闘狂バケモノが、凄まじい神威と野性を爆発させながら、すり鉢状のクレーターの底へと雪崩れ込んでいく。


「……バカ野郎どもが。競争じゃねえ、これは俺たちのダチを迎えに行くための喧嘩だ」


俺は、ウロボロスの超再生でようやく骨が繋がり始めた右腕を庇いながら、唯一動く左手を足元のマグマに向けた。


レオンとガルドが暴れ回ることで、炎の眷属たちのヘイトは完全に二人に集中している。だが、それでも原初神が降らせた火の粉の数は圧倒的だ。


「行くぞお前ら! あの二匹の猛獣の背中を追うぞッ!」


俺の号令と同時、極東のクランが一斉に動いた。


「退きなさい、炎のクズ共ッ!」


雅の神速の抜刀が、ガルドの拳から漏れた炎獣の足首を正確に斬り裂く。


「燃えカスは、さっさと消えなッ!」


紅刃が大剣の推進力を利用して宙を舞い、レオンの死角から迫る敵を重力加速の蹴りで砂の底へと叩き落とす。


「すばる君! まっすぐ進みなさい!」


翠蓮の青龍偃月刀が、武神の流麗な軌道を描いて、俺の目の前に迫る炎の壁を真っ二つにこじ開けた。


「——上等だッ!」


俺は、左手に【2の目】の斥力を限界まで圧縮し、足元の砂とマグマを斜面の下へ向けて一気に吹き飛ばした。


ズゴォォォォォォォンッ!


斥力の反発によって、ドロドロに溶けた砂漠の斜面に、クレーターの最深部へと続く『巨大な滑りトンネル』が一直線に穿たれる。


「セリア!」

「はいッ!」


俺が叫ぶと同時、セリアが俺の背中に回り込み、なけなしの魔力を振り絞って極小の『白銀の障壁』を俺たちの足元に展開した。


それをボード代わりにし、俺たちは開かれた斜面のトンネルを一気に滑り降りていく。


「おォォォッ! やるじゃねえか、極東の群れ! なら俺たちも行くぜェェッ!!」


ガルドとレオンが、崖を蹴り砕きながら、俺たちの左右を並走して降りてくる。


太平洋での死闘の疲労で、全員の身体は悲鳴を上げている。


だが、この灼熱の地獄の底に、愛した女の無念を抱え、たった一人で絶望と戦っている家族がいると思えば、足が止まることなどあり得なかった。


「……待ってろよ、見栄っ張り。今、そのクソ熱い蓋をこじ開けてやるッ!」


地下数百メートル。


クレーターの最深部に到達した瞬間、俺たちの全身を打っていた暴力的な熱風が、ピタリと、嘘のように止んだ。


「……な、なんだよこれ」


紅刃が、息を白く染めながら大剣を下ろした。

周囲の景色が、一変していた。


すり鉢状に溶け落ちていたマグマの壁は、ある一定のラインを境にして、すべて『青白い氷』へと物理的に凍結させられていたのだ。


原初の炎がもたらす一万度近い熱を、完全に相殺し、押し留めている『絶対零度の結界』。


「……すげえ。この熱砂の底に、こんな巨大な氷の城を創り上げてたってのか」


腕の剛毛を解いたガルドが、黄金の瞳を丸くして感嘆の息を吐く。


その氷の結界の中心。

美しくも冷酷な、決して溶けることのない巨大な氷塊柱の中に——『彼』はいた。


「……レヴィ」


俺は、震える足で氷塊へと歩み寄った。


分厚い絶対零度の氷の中に閉じ込められている、美しい水色の髪を持った青年。


その身体は、俺が最後に見た時のような余裕のある姿ではなかった。


死王ゼインから受けた『死の呪い』を示すドス黒い瘴気が首筋から右半身を侵食し、幻王の凶刃によってつけられた無数の深い傷から流れた血が、そのまま真っ赤な氷となって彼の肉体に張り付いている。


生きているのが不思議なほどの、凄惨な満身創痍。


死の呪いの進行を遅らせ、かつ、愛した女の仇である原初の炎から身を守るために、己の命の炎を極限まで小さくして、この絶対零度の底に引きこもるしかなかったのだ。


だが。

「……フッ。テメェ、本当に……どこまでも腹の立つ野郎だな」


俺は、氷越しにレヴィの顔を見て、ボロボロの左手で顔を覆い、安堵と悔しさの入り混じった笑いを漏らした。


氷の中に眠るレヴィの表情。


それは、恐怖に怯える顔でも、苦痛に歪む顔でも、絶望に沈む顔でもなかった。


彼は、死の淵にあってもなお、その口角を微かに吊り上げ、いつものような『不遜で、誇り高い冷笑』を浮かべたまま凍りついていたのだ。


——俺は絶対に折れない。俺の誇りも、あいつの記憶も、誰にも奪わせやしない。


氷越しのその顔が、そう雄弁に語っていた。

星の概念たる原初神が、彼を「最高の絶望に熟した果実」だと嘲笑おうとも。


氷王レヴィの魂は、決して絶望などしていなかった。


「……美しいな。こいつは間違いなく、群れを率いる資格のある『王』だ」


ガルドが、深く敬意に満ちた声を漏らす。


レオンも黙って剣を下ろし、翠蓮はそっと涙を拭い、セリアと紅刃、雅も、静かにその場に膝をついた。


「ああ。俺のテーブルの、最強で最高のジョーカーだ」


俺は、冷たい氷塊の表面に、血の滲む左手の手のひらをピタリと押し当てた。


氷を通して、微かな、本当に微かな『命の鼓動(魔力)』が伝わってくる。 


「……迎えに来たぞ、レヴィ。随分と長く寝てたじゃねえか」


俺がそう語りかけた、その瞬間だった。 


ピキッ……。

レヴィを覆っていた絶対零度の氷塊の表面に、一本の微かな『亀裂』が走った。


「……ッ、統! 氷が!」


セリアが顔を輝かせる。俺たちの魔力ぬくもりに呼応し、レヴィの意識が浮上しかけているのだ。


だが——氷が割れたことで、最悪の事態が引き起こされた。


「……なッ、なんだこの黒いモヤは!?」


レオンが鋭く叫ぶ。

亀裂から漏れ出したのは、レヴィの魔力ではない。彼が絶対零度で無理やり進行を止めていた、死王ゼインの『死の呪い(瘴気)』が、封印が緩んだことで一気に外へと噴き出し始めたのだ。


「ゴホッ……! マズい、呪いが……大気に溶け出して……ッ」


雅が瘴気を吸い込み、その場に膝をついて咳き込む。ウロボロスの超再生を持つ俺でさえ、触れた端から皮膚が腐死していくほどの猛毒。


このまま氷が割れれば、俺たちは呪いで全滅するか、レヴィ自身が死の呪いに喰い殺される。

さらに。


『——■■■■■ッ!!』


俺たちの頭上。すり鉢状のクレーターの遥か上空から、星の地鳴りのような悍ましい咆哮が響き渡った。


「ウソだろ……ッ」


俺が血の気を失って見上げた先。

夜空を真っ二つに引き裂いて、次元の狭間から『炎の原初神』そのものが、巨大な紅蓮の眼球を覗かせていた。


自らの「極上の果実レヴィ」が他者の手によって解凍されようとしていることに気づき、星の悪意そのものが、クレーターの真上から一直線に『極太の熱線』を放とうと、ありったけの光を収束させていたのだ。


足元からは、溢れ出す死の呪い。


頭上からは、太平洋を蒸発させた星の炎。


「……クソッタレが。感動の再会くらい、少しはゆっくり味わわせろよ……!」


俺は、腐死していく左腕の激痛に歯を食いしばりながら、迫り来る二つの絶対的な死を見上げて、獰猛に嗤った。

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