盟主
「あーあー、全く手応えがねぇな。これが天下の警視庁とは、笑わせてくれるぜ」
周囲に横たわる警官たちを冷ややかに見下ろし、大男が退屈そうに大きな欠伸をした。その足元には、数分前まで誇り高く職務に励んでいた男たちが、糸の切れた人形のように転がっている。
「ホントに。私ひとりで充分だったんじゃない? みんなで相手して、ホント時間の無駄~」
金髪の少女が、血のついた警棒を無造作に放り投げながら不満を漏らす。
その仕草は、放課後のカフェで愚痴をこぼす女子高生そのものだが、その瞳には凍てつくような殺意が宿っていた。
「私は、ただ新作のガスを試してみたかっただけだよ。ほっほっ」
老人は、手にしたアタッシュケースを愛おしそうに撫でながら、にこやかに微笑んだ。
その柔和な表情と、周囲に漂う「死の空気」とのコントラストが、見る者の神経を逆撫でする。
「ほ、ほんとに……あ、あまり荒事はやめてほしいよ。セキュリティ解除は僕に任せればいいんだから、もっと隠れながら……穏便にいこうよ……」
小柄な男は、震える手で眼鏡を拭いながら、物陰からようやく姿を現した。
「ま、そっちの方が効率は良かったかもな。でもほら、警察に恨みがあるのはみんな一緒だろ? 少しだけ『お掃除』してやったってことで良しとしようぜ」
少女がガスマスクを無造作に外す。
「ちょっ……危ないよ!」
「一過性の神経毒でしょ? パッと作れるくらいだから効果時間も短いし、もう充分薄まってるわよ」
「ほっほっ……仰る通り。よく見ておられますな」
四人の間に、この場にふさわしい緊張感は微塵もなかった。
しかし、彼らが共有しているのは、警察組織に対する底知れぬ「怨嗟」と、変革への歪んだ渇望。
それは特務課の面々が持つ正義感と同じくらい、強固な信念となっていた。
「じゃぁ……この先のロック、開けるよ?」
小柄な男が、カードキーの認証パネルに小型のノートパソコンを直結する。
「何秒で開く?」
「この程度なら、30秒……いや、25秒かな」
静かな廊下に、軽快なタイピング音がリズムを刻む。
予告通り、25秒ジャストで電子ロックが解除され、重厚な扉が音もなく滑り出した。
「やるー! さすがハッカーくん」
「ほっほっ、お見事ですな」
四人は、薄暗い廊下の奥へと歩を進める。
しかし、ハッカーと呼ばれた男だけは、不意に足を止めて首を傾げた。
「……? でも、変なんだよなぁ」
「ん? 何が~?」
「うん……さっきのロックを開けたとき、『誰か』が干渉してきたような気がしたんだ。僕のプログラムを、ほんの数ミリ秒だけ押し戻したような……。その邪魔がなければ、20秒で開いてた」
「アンタと張り合えるハッカーが、この中にいるってこと? まさか、それはないっしょ」
「うーん、心当たりがないわけじゃないんだけど……まさか、ね」
ハッカーの脳裏に、ある一人の少年の顔がよぎる。
しかし、彼はすぐにそれを打ち消すように首を振った。
「どちらにしても、我々の後から『盟主殿』が直々に来られるのです。その妨げにだけはならないようにせねばなりませんな」
「ハッカー! アンタ、ちゃんとバックドアもチェックしときなさいよね!」
「分かってるよ……」
一見、緩慢な動き。
しかし、彼らの目的は明確だった。
目的地は、ある高官の執務室。
「執務室に着いたら、抵抗する前に拘束。そこで盟主さんを待つことにしよーよ。アサシン、頼むね」
「へいへい。あー、だりーな……」
神の国の幹部、そして『盟主』。
ついにその全容が、警視庁の闇の中に浮かび上がろうとしていた。




