侵入者
高橋逮捕の歓喜に沸く現場から、わずか数十分前。警視庁特務課司令室――。
司が下した「主力の投入」という判断は、戦術的には完璧なはずだった。
最も危険な駒である『狙撃手』を確実に仕留めるため、北条、虎太郎、あさみ、辰川という特務課の誇る精鋭4名を同時派遣する。
それは、これ以上の犠牲を出さないための、司令官としての執念が結実した「英断」であった。
実際、その「英断」によって、勾留中の犯人たちは死の恐怖から解放されていた。
「さすが特務課っスね。……これで、あたしたちも救われたっス」
独房のなかで、元幹部の桜川は自嘲気味に笑った。
「神の国」において、失敗は「消去」を意味する。
逮捕された者が組織の全容を漏らす前に、組織がその口を永遠に封じる。それが彼らの鉄の掟。
「あの組織にとって、末端も幹部もただの『道具』っスから……。だから、逮捕されるくらいなら死ぬ気で抵抗するか、道連れにするのが普通なんスよ」
命を懸けた契約。
その契約を履行し続けてきたのが「狙撃手」という男だったはずだ。
「さぁ、高橋さ……いえ、狙撃手がこちらに移送されてくるわ。取り調べの内容を各課とリアルタイムで共有して、『盟主』に繋がる糸口を一本残らず手繰り寄せましょう」
司が静かに、だが力強く命を下す。
「了解しました。では、回線をセキュア・モードに切り替えて……え?」
志乃の指先が、キーボードの上で止まった。
「志乃さん、どうしたの?」
「いえ……今、コンソールの画面に一瞬、ノイズが……」
「嘘でしょ~? ウチの回線をハッキングできる奴なんて、この世に五人もいないよ? もし乱れるとしたら、外因的な……あ。」
悠真の軽口が止まる。
数千枚のモニターに囲まれた司令室の空気が、一瞬で凍りついた。
「電波関係に、異常……?」
司が椅子から立ち上がり、メインモニターの隅に表示されている「重要防衛エリア」の防犯カメラ映像を注視する。
特務課のある地下フロアへと続く、唯一の隠し通路。
本来なら、特務課員と限られた上層部しか知らないはずのその場所に、その『影』は立っていた。
「あれは……」
司の瞳が大きく見開かれる。
ノイズ混じりの白黒映像の中で、その人影はカメラに向かってゆっくりと顔を上げた。
そこには、8年前に死んだはずの、あるいは今の警視庁では決して見かけるはずのない、「あるはずのない顔」が映し出されていた。
その人影が手をかざすと同時に、司令室の全モニターが、鮮血のような赤一色に染まり、巨大な『神の国』の紋章が浮かび上がる。
「……志乃、悠真! 直ちに全シャッターを閉鎖! 緊急コード『アポカリプス』発動よ!!」
司の叫びが響くよりも早く、警視庁全館に重厚な金属音が鳴り響いた。
それは勝利のファンファーレではなく、絶望という名の檻が閉じる音だった。




