2 森の中の住人
森の中を進む事、数日。多分もうラゼル王国から出たんじゃないかなぁ。特に国境に線が引いてある訳でも、柵が作ってある訳でも無いから、はっきりした事は判らないんだけどね。多分話す言葉がラゼル語で無くなるはず。せっかく共通語勉強したんだから通じれば良いなぁ。
ティーさんが一緒だから【探知】はあまり使ってなかったんだけど、前のほうに何かが居るのを感じたの。その場に停まって貰って、【探知】をしたわ。木が生えているからやりにくかったんだけどね。弱い魔力源がたくさんと強めの魔力源が一つ。うーん、迂回したほうが良いのかなぁ。
方向は前のほう右手15度くらい。距離約500メートル。人間にしては少し魔力が強いみたい。角ウサギの群れと捕食する魔動物とかかなぁ。種類まで判らないって不便よねえ、何とかなら無いのかしら。すっかり【探知】の便利さに慣れきったあたしはそんな贅沢な事を考えてしまったのね。
ともあれ魔力源を確かめない事には、とそのまま進む事にしたわ。まあ、人が魔狼に襲われていたとしても、こんな場所に突然助けが現れたりしたら、国境を無断で越えてきた不届き者とかって思われそうなので、姿を見せるかどうかは決めて無いんだけどね。
500メートルを進む間にも、次々と弱いほうの魔力源が消えていくのが判ったの。きっと魔動物にやられてしまったのね。狼かしら、それとも猪か、或いは熊とか、山の中という訳ではないけれど深い森の中、何が居ても不思議で無いのよね。
やがて、木々が少し疎らになって、景色が見える様になったの。大きな魔力は熊でしたね。森熊ってやつねきっと。【認識】して見ても、やはり森熊でした。とすると小さい魔力のほうはウサギかしら、それともネズミとか?
それらしいのが見えなくて、よく観察して見ると、八本足の蜘蛛だったのよ。【認識】してみましたとも。「アルケニー。魔蜘蛛」だそうな。魔動物同士の争いかぁ、あたしは傍観者として眺めていたわ。特に魔蜘蛛を助ける義理もないしねぇ。
蜘蛛達はだんだんと数を減らして行ったわ。大き目のが2匹見えたけれど、1匹は既に動かなくなっていたの。50匹以上居た小さいのが10匹そこそこまで数を減らすのを見ながら、捕食側とそうでない側と、自然って過酷よねぇと思っていたあたし。何度目かに【認識】をした時に、「網糸:強度高」に気づいたのね。
「ティーさん、あの蜘蛛たちとお話できたりする?」
「ああ、念話が通じれば意思は伝わるはずだが」
「あの、蜘蛛達、助けて見ようかしら」
「関わらないんじゃないのか」
「ちょっと気まぐれなの」
そう、あたしは他の人が襲われていたとしても、自分に関係の無い人だったら、係わり合いにならない様にするってティーさんに言ってあったのね。下手に助けたりすると、そこから関係が始まってしまって、あたしの素性を探られたりしても困るし。さらにはあたしと知り合いに成ったが為に、変なトラブルに巻き込まれたりする事も有り得るのよ。村の家族の事は精霊さん達にお願いしたから大丈夫だと思うんだけど、知り合いが出来てその人を人質にあたしが脅迫されるような場面は嫌だからねぇ。
「あの森熊、始末してくれるかしら」
「ああ、判った」
ティーさんは大きな頭で頷くと、熊へと飛び掛って片腕で殴りつけてお終い。森熊は2メートルほど吹き飛ばされてぐったりと動かなくなったわ。
あたしは森からゆっくりと出て行き、森熊の傍へ行って様子を見たわ。もう呼吸も止まって居たみたい。【探知】をしてみると、力の弱い魔力源がいくつか有ったので、そこへ行って【治癒】をかけて回ったわ。蜘蛛の体に触れるのは少し抵抗があったけど、やわらかい短い毛が生えていて、思っていた程には気持ち悪くなかったの。
ティーさんに念話でお話してもらった。
「もっと早く来れなくて申し訳ない。治癒もかけたけど、間に合わなかった人も居た様で、残念だった。」
意図が通じたようで、返事をしてくれたみたい。
「熊を始末してくれて、さらに子供達も助けてもらって、有り難い事です。亡くなったのは仕方ない事、謝まって貰う筋合いではない。感謝する。」
みたいな感じかしらね。
さて、ここからは交渉ですね。
「お礼といってはなんだけど、あなた達の巣を作る糸を分けて貰えないか。代わりにこの熊を置いていく。」
「そんなもので良いのか?代わりにこんな大きな熊を貰えるのなら、幾らでも持って行って良い。」
やったぁ。アルケニーシルク、ゲットだぜぃ。
ティーさんの鋭い爪で森熊を小さく刻んで貰うと、蜘蛛さん達は巣のような、糸で囲った場所へと運んでいったの。あそこが家なのかなぁ、それとも貯蔵庫だったとか。あの大きさの熊だと、全員で食べても10日以上は持つらしいわ。大きな蜘蛛がお父さんとお母さんで、他のふた回りくらい小さいのは子供達だそうな。
そして代わりに糸を出してくれたの。木の枝を芯にして巻き取るところまで手伝ってくれて、とっても有り難かったわ。全員で糸を出してくれたのは良いんだけど、巻いた糸が20巻き以上になっちゃって、持ちきれない可能性も出て来たのよね。まあ、ティーさんに頑張って貰いましょう。
と思ったら、糸で袋のようなものを作ってくれました。縦糸をみんなで引っ張りながら横糸を器用にくぐらせて行って、最後に糸の原液みたいなのを塗りこめると一枚の布で出来た袋の様になっちゃうのね。その中に巻いた糸を入れてティーさんが担ぐの。
その晩は泊めてもらいました。糸で出来た天井の様な物の下でティーさんにくっ付いて寝たわ。雨が降っても大丈夫なのかしらね、これって。
翌朝、もう一度お礼を言ってあたし達は村へと出発したの。道へ出る為の方向は蜘蛛さんが知っていたのよ。道を歩いて・・正確にはティーさんが歩いて、あたしは腕に抱かれていただけなんだけどね・・夕方には小さな村に着いたわ。やはりラゼル語は少ししか通じなかったわ。共通語を勉強していて良かった。
村が小さすぎて宿屋が無かったのはちょっとがっかりしたの。ずっと野宿だったから体を洗いたかったのよね。でも仕方ない、この先には少し大きな街が有るそうだから、そこでのんびりしましょうか。布を織っているところも有るそうなので。
結局、馬小屋の片隅を借りて寝ました。あたしもずいぶんとたくましくなったものだ。




