1 隣国へ
時は少し遡る
あたしは覚悟を決めた。あいつのせいで楽しいはずの学校生活も台無しになってしまった。あいつを何とかしないとこの先は続けられない。
あいつと親の伯爵を何とかしようかとも思った。精霊さんに頼めばおそらく、伯爵領の屋敷くらい簡単に瓦礫の山に出来るだろうし、本人も無事では済まないだろう。あいつだって簡単に始末できるはず。或いはあたし自らが【加熱】を使ってもいい。
でも、あたしにはまだ自分の都合だけで人に手を下す覚悟が無かった。どうしようも無い屑の伯爵とて、突然居なくなっては領地の人々が困ったりする事も有るだろう。居なくなってほっとする人のほうが多いだろうけどね。
だから、あたしは自分が姿を消す方を選んだの。それも、出来ればあいつに罪を着せる形で。
ティーさんと何日も打ち合わせをしたのよ。姿を消す準備をして。ついに決行の日になったわ。
朝起きたら、リンとケイト先生宛の手紙が机の上にあるのを確かめて、あたしは学校へ。だって、もう通う事ができない場所なんだから記憶に留めて置かなくっちゃ。
そして、山のほうへ向かったの。途中であいつがついて来てるのを確認したのよ。責任を取らせるんだからね。山頂には思ったとおり見物人が何名か居たの。思った通りあいつは絡んできた。
膝蹴りが入ったときは、やったぁ~ と微笑んだけど、殴られてしまい、あたしは崖を転がって・・そして、落ちた。
ティーさん、頼むわよ。崖から放り出されたあたしは下の岩だらけの川原へと落ちていく。
横から白い何かが飛び出し来て、あたしを咥える。そしてそのまま斜め下へと落ちながら、崖の岩を足場にして落ちる速度を緩めていき、下の地面に着いた時には、大分と横に離れたところに居た。
元々あそこから転落するのは計画の一部だったの。そしてティーさんに途中で受け止めてもらって、そのまま姿を消そうという計画ね。
「ふうっ、やっぱり怖かったよぉ~」
「まあ、落ちたんだから仕方が無いなぁ」
ティーさんは大きな口に咥えていたあたしをそっと地面へと立たせるように離した。そして、少し千切れかけているローブを爪で引っ掛け破き、杖を踏んで折った。それらを咥えて、落ちた場所の真下へと走り、あたかも上から落ちた後で川に流された、という様にに装ったのね。
あたしは自分の体のあちこちに【治癒】を掛けたの。だって殴られた勢いで転がったときに地面に擦ったり、立ち木にぶつかったりして傷や打ち身が出来てたんだから。
あらかじめ隠して置いて貰った、魔石を売りに行くときの例の年季の入ったローブ、靴、鞄に替えて、元々の破れたローブなんかは全部川に流したわ。どこかに引っかかったら、やっぱり流されていたんだって結論に結びつくだろうしね。ベテランっぽくはなったのだけど、あとは目を何とかしないといけないのね。左右で色が違うって目立つからねぇ。左目を隠すように頭と顔に布を巻いたわ。
戻ってきたティーさんの上にまたがって「行きましょう」そう声を掛けたの。走り始めるティーさん、さすがに虎の姿で走って貰うと速い。でも人目につかないように道から少し外れたところを選んで走ったので、全速とは行かなかった。木の間を縫うように走るからティーさんは通り抜ける事が出来ても、あたしだけが張り出している枝に激突とかってなったら困るじゃない。
思ったより時間が早く進んで行った。道じゃないところを進むのってやっぱり大変。
学生が行方不明って事で手配書みたいなのが出回る可能性が有るから、それより先行したいのよね。普通の道を通れば目撃されてしまうだろうし。やはり人に会わないようにこうして進むしかないのね。
しばらく進んだら夕方になってしまったわ。森の真っ只中、野宿するしかない。あたしは【探知】で回りを探り、脅威になりそうな魔力が回りから感じられない事を確認したの。小さいのはたくさんあったわよ。多分角ウサギとか、ひょっとすると二尾狐とかもいるかもしれないわね。でも、大分離れているから大丈夫のはず。なによりティーさんが居るからね。
あたしは丸く寝転んだティーさんに包まれるように横になったの。ぽかぽかして寒くなんて無いわ。さすがに疲れていたのか目を閉じるとうとうとし始めてしまったの。明日はもっと距離を稼がないとねぇ。
翌日、鳥の声で目覚めたあたし。うーんと伸びをしながら、起き上がったのね。
ティーさんには、7日後に村に行って両親達にお話してもらわないといけないから、このまま進むとしてあといいところ3日だけね。戻るのに3日は見ておかないといけないでしょ。
また道の無いところを強引に進んで行くの。
「なあ、マリー」
「ん?」
「風の精に遠いところまで運んで貰うっていう選択肢は無かったのか?いささかこの森の中ってやつがうっとおしくなって来たんだが」
「おお、そう言う手が有りましたねぇ」
「考えてなかったのか」
「てへへっ」
いや、ぺろっと舌を出したりはしませんでしたとも。
というか、風の精さんに頼まなくとも、自分の【風】で飛べたりはしないだろうか。少し樹が少なくなったところで試して見る事にしたよ。手に持ったままだと杖だけ持っていかれちゃうから、杖にまたがるようにして・・・【風】。
げっ、杖だけが飛んでった。ていうか、乗せて居たおちり、擦り剥けてないよね、ひりひりするんだけどさ。おちりを摩りながら杖を捜しに行きました。とんだ時間のロスになっちゃったなぁ。
諦めてシルフさんを呼んだわ。
「シルフさーん、お願いがあるんだけど」
ヒューっと風が吹いて、ふわっと回りへと舞って、風の精霊が姿を現すの。
「なにかありましたか?」
「ええと、他の人に見られない様にこの森を抜けたいんだけど、風で運んで貰う事とかって、出来るかしら」
「そんなの簡単ですよ」
シルフは強めの風を起こしてあたしを持ち上げて、風に乗せて森の上を越えるように運んでくれるんだけど。
「きゃぁぁっ・・ま、待って、怖い」
風に支えられて居るとはいえ、真下が何も無い空中に浮かべられてしまうと、思わず悲鳴が。あたふたしても、まるで飛ばされるように下のほうで森の木々が通り過ぎていく。
「いゃぁぁぁっっ、お、降ろしてぇ」
シルフさんは風を弱めてくれた。あたしは必死で近づいてきた樹木の先端にしがみつくの。
「無理、これ絶対に無理」
ティーさんが樹に爪を立てて登って来てくれたけど、大きく揺れてしまう樹にあたしは手が離せず、そのあと下へ降りるのに30分も掛かってしまった。
「はあ、はあ、はあ・・やっぱり下を行こう」
呼吸もまだ落ち着かないけど、あたしは力強く宣言したわ。
空を飛ぶのは、マリーにはまだ早すぎたようです。
またティーさんに跨って、のろのろと進んで行きます。のろのろといってもあたし一人で進むのに比べると断然速いんですけどね。
2日ほど野宿しながら森の中を進んでいくと、村が見えてきたの。ティーさんにはそろそろ両親の村へ行って、家族に話をして貰わないといけないので、あたしは村の傍でティーさんに降ろしてもらったわ。
この村で待っているか、或いは少しでも進んで行くかは状況次第。ひょっとしたら先に進んでいるかもしれないので、そのときはその先の村で待って居て貰う様にティーさんにお願いしました。ティーさんとは少し離れていても念話っていうか、頭の中で意思が通じるので、はぐれてしまう事はなさそう。
ティーさんが虎の姿のまま森の中を引き返していくのを、姿が見えなくなるまで見送ったあたし。踵を返すと村へと足を向けました。片言しかわからない旅のエルフ、ベテラン探索者の振りをして宿へと向かい、1泊の部屋を頼んだわ。宿の人はそう信じてくれたみたい。食事は、そこそこ美味しかったよ。品数は少なかったけどね。
がやがやと人の声が聞こえて来た。宿の人に何かあったかしらとたずねて見ると、商隊が到着したとの話だったの。それに同行して見るのも良いかも知れないなあ。魔動物討伐とか、護衛とか、学校の授業で話を聞いた事は有るけど、実際にやった経験が無いのよね。ティーさんが追いついてくるまでに、少しでも先に進んで置居たほうが良いのかも、物は試しで明日商隊の人に聞いて見ようかしら。
翌日目覚めると、あたしは商隊の護衛らしき人を探して歩いたわ。うまく話が通じて、同行させてもらえることになったの。
ティーさんが追いついたのは2日後だったわ。初めて魔動物を倒して食料にしたし、魔狼なんて代物も出たのよね。ちょっと焦ってしまったのも事実だけど、なんとかベテランメンバーに怪しまれずに過ごせて、少し自信も持てたのよ。
ティーさんと二人、国境を目指してまた森の中を進んでいきます。王国から出るのはいつになるのかなぁ。




