間話(商隊護衛)
朝も早い時間帯。使い込まれた長いローブのフードを被り、手には樹の杖、背の低い小さな体、傷を負って見えないのか左目を隠すように顔には布が巻かれている。そんな少女が商隊の護衛らしき探索者のところへと無造作に歩いていく。
「ごめんなさい、隣の国へ行く商隊の護衛の方ですよね」
幼く聞こえる声だが、不安げな響きは無い。
「ああ、そうだが何か用か」
出発の用意をして居た大柄の男、背中に大剣を背負っている。がっしりした体には鉄片が要所に埋め込まれた皮の防具。訝しげに少女をちらっと見た。
「ええ、私も途中まで同行させて貰えないかなと思って。迷惑料くらい払えますし、自分の面倒は見れますから」
言われた男は顔を向けてじろりと相手を観察する。こいつ、こんな少女のなりでいっちょ前の言葉を吐きやがって、めったにお目にかかれないエルフか?。
「杖を持ってるって事は、魔法が得意と見たが、火か風か?」
「残念ですが、攻撃系は得意じゃないんです。治癒なら自信がありますよ」
「治癒か、そいつは有りがたいな。今のうちのメンバーには治癒持ちが居ないんだ。ちょっと商人達に聞いてみるから待ってて呉れ無いか」
「わかりました。よろしくお願いします」
男は商隊の先頭の方へと走って行く。少しして戻ってくると
「かまわないってさ、ただ銀貨1枚くらい出せと言われた。大丈夫か?。俺はハート。護衛を請け負っているグループのリーダーだ。歓迎する。」
「1枚ですね」
肩に掛けた鞄から銀貨を取り出して手渡す少女。外見どおりの幼子ではなく、経験豊富なベテラン探索者のような態度だ。
10両ほどの馬車の列、どの辺りに乗れば良いのか男に問う。
「真ん中が良いですか?それとも後ろにします?」
「そうだな、真ん中に乗ってくれるか」
万が一のときに先頭にも後尾にもすばやく行く為には中ほどに居るのがちょうどいい。妥当な指示にうなづく少女。
「判りました。あたしはマリー。マリー・フリーマン、しばらくの間よろしくお願いします」少しだけ頭を下げ、そう口にすると中程の馬車の荷台へと小さな体を乗せた。
出発した商隊は、昼の休憩を除けば止まる事なく進んで行く。やがて陽が落ち始めた。商隊も野営の準備に入る。広めの野原に馬車を並べ、火を起こす者、食事の支度をする者、ばたばたと人が動く。
マリーは護衛のリーダーであるハートに回りを見てきますと断って、野原の真ん中へと進んだ。
体をゆっくりと動かして回る。一回りすると10歩ほど移動してまた一回り。方向を定めたかのように一直線にある方向へと進んで杖を伸ばし、魔法らしきものを使う。あたりが少しだけ冷える。動かなくなった角ウサギを、手を伸ばして取り上げ、ロープで首を縛り腰へとぶら下げる。
また方向を変えて真っ直ぐに進む。足元には棘ねずみ。
「これは食べられないわ」呟くと別の方向へ。
そう、夕食の食料採取である。【探知】で魔動物の場所を確認し、魔動物の頭の辺りで【加熱】する事により、一瞬にして食料が手に入る。さすがに頭の中を加熱されては魔動物も瞬殺されてしまう。接触するほど近寄らないといけないという欠点はあるが、便利な事この上ない。
但し【探知】は魔力を探知するのだから、魔動物でない普通の動物は探知の対象とはなら無い。つまり角ウサギであれば少し離れていても【探知】で居ると判るが、普通のウサギはすぐ傍に居ても判らないという点はどうしようも無い。
あちこちを回り、4匹の角ウサギを仕留めて商隊へと帰る。野豚も見つけたのだが、重くて持って帰ることが出来ない為断念したのは商隊にしてみると残念なのだろうが。
「これ、みんなで食べましょう」
そう言いながら4匹の角ウサギを差し出すとハートは驚いた顔をする。
「いつの間にこんなに。ウサギは小さくてすばしっこいからなかなか仕留めにくいんだが。おい、どうやったんだ?殴ったのか?」
よく見れば角ウサギの体には傷一つ無い。こんな体の小さなエルフが殴り屋とは思えない。倒した方法を問うのはルール違反だと知りながらもハートはそう口にしてしまう。
「それは内緒です。あたしの分はちょっぴりで良いですから」
ハートは調理係のメンバーを呼び、ウサギを渡しながら、こいつは、とんだ拾い物かもしれんな、と思った。どうやら腕もそこそこの様だし、治癒使いだ。条件さえ合えばうちのメンバーとしてどうだろうか。焼けたウサギの足を調理係から受け取ると齧りつく。
護衛の仕事で新鮮な肉に有り付ける事などほとんど無い。カチカチの干し肉を口にするか、あるいは硬いパンを食べるだけというのが通常なのだ。
瞬く間に食べ終えたハートは捌いたウサギの毛皮を調理係から受け取ると、隅のほうでひっそりと食事をしているマリーに近寄っていく。
「まだ食べて居たのか。少し邪魔しても良いか?」
「あたし、食べるの遅いから。」
「これはお前さんのだ。肉はご馳走になったがな」
そう言いつつ毛皮を差し出した。
「ああ、それ荷物になるから要らないわ。そちらで好きにして下さい」
あっさりと権利を放棄するマリー。
普通なら買い取って欲しいと言い出すはずなのだが、本当に移動の為だけに同行しているんだなとハートは思う。
「それは有りがたい。こんな物でも数が多けりゃそこそこになるんだ。メンバーが多くなると食ってくのがやっとでなぁ。マリーさんだったよな、そっちはずっとソロなのか?グループには入らないのかい?」
「この先で友達が待ってるはず。この道のどこかって約束しているから、その人と会えるまで、同行させて欲しいんです」
すでにグループに入っている。その相手と会ったら、同行もお終いですと暗に伝える言葉に、そりゃしょうがねえなあと諦めるハート。
「そうか、ウサギ旨かったぜ」
護衛の仕事、夜といえども酒を飲むことは無い。メンバーは三交代で夜中も警戒を続けるのがルール。幸いマリーは客人扱いされており、朝まで眠る事ができた。
翌朝になり、商隊は野営の後始末をして移動開始。10両の馬車に商人が10人、もちろん全員御者を兼ねている。護衛の数も10人。1台の馬車に一人ずつ乗り込んでいる事になる。
マリーは元々人数外なので真ん中の馬車の荷台に後ろ向きに座っている。【治癒】だけを求められていたが、自分に危険が迫るのも嫌なので5分おきに【魔力探知】を使っていた。くるりと回る【探知】は使えないので360度全周にわたって魔力の大小だけを感じ取るだけである。
その【魔力探知】にやや大きめの魔力が引っかかって来た。幸い移動する馬車の上、右側と左側を別々に顔だけ向けて180度ずつを探る。正確な場所を割り出す事は出来ないが、左前方の300から500メートルくらいのところに魔力がある。
マリーは渡されていた笛を短く吹いた。ぴいっ。馬車の列がぴたりと止まる。後ろについていた馬車の御者の横の護衛を手で来い来いと呼ぶ。自分が降りて走るよりそのほうが速いのだ。
「前のほうの気配が変です。ハートさんを連れて来て貰えますか?」
「お、おう」先頭に居るハートまで約50メートル。
急いで駆けつけたハートは、「どうした、何があった」と問いただす。
「前の方の左側、何かが居るような気がします。おそらく隊列の長さ3つから5つ分くらい離れているとは思うのですが、気をつけるに越した事は無いかと」
「そんな遠いところの気配がわかるのか、お前さん」
「なんとなくそんな感じがするだけなので、外れたら申し訳ないです」
「いや、なんとなく気がするってのも、大事な事だ。わかった、警戒しながら進もう。」
ぴぴっと短い笛2回は、メンバー集合の合図。前や後ろから護衛の人たちが集まってくる。
「前のほうになんか居るかも知れんそうだ。少しの間歩いて進むぞ。マリーさんも良いかな」
そんな言葉にマリーも頷いて馬車から降りる
先頭をハートとマリーが歩く。少し間隔をあけて次の二人、また二人と馬車の左前側を守るように護衛たちが進んでいく。マリーは歩きながら左前のほうへ顔を向けて【探知】のように探る。自分が移動しているので正確さは無いが、だんだんと魔力源が近づいてきている。進路の前のほう、道が少し曲がっているところを過ぎたあたりで脇の林が途切れている場所が有った。
「ハートさん、あそこ、とても怪しいですね」
魔力源はもう道路際まで来ていた。
突然、前方の道路に100キロもありそうな大型魔狼が姿を見せた。商隊をめがけて突進してくる。
ハートは前へ出て、大剣を構える。近寄ってきた魔狼めがけて振り下ろすが魔狼はサイドステップするように剣を交わし、一番小さなマリーが番弱そうだと考えたのか、マリーへと歯をむき出して噛み付こうとした。
マリーは初めて相対する魔狼の姿に足が竦んでいたが、我に返って両手で差し出していた杖を右側へと引き、魔狼の顔めがけて振り回しつつ【風】を使った。強い風が魔狼の顔に向かって行き、ついでに杖がまともに顔の横に当たる。
バキッと音がして、魔狼の顔がぐいっと横に向いた。
おそらく頚骨が外れたか、頭蓋骨が陥没したか。ショックで棒立ちになった魔狼から慌てて離れるマリー、と同時にハートが大剣をもう一度振り下ろす。首が半ばまで切断された魔狼はゆっくりと横倒しに倒れていった。
「ふうぅぅっ。戦うのは苦手です」
無我夢中で杖を振り回して幸いにもターゲットに命中したから良いようなものの、冷や汗を掻いていたマリー。
「苦手って、お前さんがほとんど倒したようなもんじゃねえか。それで苦手だって言うなら、うちのメンバーなんぞ八割がた役立たずだぞ」
ハートは剣を握り締めて強張った手を無理やり開きながら答えた。
「あたしは、気配を感じるのと、治癒がメインなので。戦うのはいつも友達に一任してるんです」
杖が無事かどうかを確認しながらそう言うマリー。
「どんだけ、つええんだよ、その友達ってのは。まあ、助かったぜ、こんなのが真横から現れた日にゃ、人はともかく馬がやられちまう」
2~3人が魔狼の血抜きを始めた。馬車に積んでいって次の街で売るつもりなんだろう。
「こいつはほとんどお前さんの手柄だぜ。どうする?」
「うーん、そちらの言い値で構わないわ。お譲りします」
「まじかい。銀貨5枚って所でどうだ。」
「出来れは今貰えるとうれしいんだけど。換金が終わるまで居ないかもしれないから」
「お、おう」
血抜きの終わった狼を馬車に乗せ、また進み始めた商隊。その後は特に魔動物が現れる事も無く、日が傾き始めた頃には次の街に辿り着いた。街の中に入って行く馬車から見覚えのある後姿が見えるとマリーは飛び降りて駆け寄った。
「お待たせ、ティーさん」
「いや、俺もそんなには待たなかった」大柄な男はするっとマリーを左腕で持ち上げると、慣れた仕草で胸へと抱き上げた。馬車を追い抜くように早足で先頭へと向かうと、リーダーらしき男へと挨拶をする。
「友達がお世話になったようだ。感謝する」
「お、おう。お前さんがマリーの相棒かい。いや、こっちこそ助かったぜ」
「またお会いする機会があったら、よろしくね」
ニコニコしながら手を振るマリーの横を商隊が進んでいく。
「マリーも只者じゃなかったが、あの男、見るからに半端じゃねえなぁ。」
リーダーを務めているハートはそう独り言を呟いて、マリーが同行してくれてグループがすごく助かった事に感謝するのだった。
一部語句を修正しました




