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影使いの街  作者: やぎざ
第一章 初まりの夜
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初まりの夜 8

 「午後の授業が終わるな」


 いよいよ放課後を迎え、学生たちにはその後の浮ついた開放された時間が訪れる。

 部活に勤しむ者。委員会や雑用に務めるもの。友と寄り道をする者。恋人と時を過ごすもの。

 仲間と”やるべき事”を遂行する者。


 「奴に変な動きは見られるか?」


 脚組をして腕時計に姿勢を落としたまま、桃城レンカは言う。

双眼鏡のようなものを持ちだして、生徒らが校門の外に流れていく景色を見ながらそれに答える鬼道ムサシ。


 「ええ」


 鬼道の視界に移る校庭。周囲の生徒より頭一つ高いその男、鴉丸スイレンは仏頂面で校門付近に居るその先を睨む。


 周囲の学生とは違う見慣れないブレザーにパーカーを纏った少女が、後ろ手にカバンを下げて、視線を鴉丸の方に向けている。


 「おいおい。桃城さんに告られてる上に、他の女まで居んのかよ」

 「マジで事故で死んでおけば良かったのにな」


 周囲の避難めいたつぶやきを鼓膜に捉えながらも、鴉丸の眼光は歩を進めるに連れて細く、鋭く研ぎ澄まされていく。


 「学校お疲れ。時間を作らせて悪いね。鴉丸くん」

 「おゥ。で、行く場所は?」

 「歓楽街あるじゃん? 高層区の。ここから電車でそれなりの所に。そこら付近の」

 「そうかい」


 見下ろすような視線で、鴉丸はその少女の瞳を睨む。吸い込まれそうな深淵を帯びたその眼球には夕日が照りつけており、琥珀色の光が艶めいて帯びる。

 それは、ほんの一瞬ではあったが、次の瞬間にはその少女は、少女らしく鴉丸の横に擦り寄るように身を寄せ行先を合わす。


 急行の電車に二人は乗り込む。夕日がビル群を嗅ぎ分けてすり抜けるように車両の窓に差し込み、色とりどりの学生服を着た男女が寿司詰めになっている。

 鴉丸らは、垢抜けたような派手な学生たちの脇に立ち尽くし、その駅がくるまで待った。


 「おい。あの娘良くね? ハンパなくねぇ?」

 「やだ……あれモデル? 読モ? やばくない? かっこ良くない!?」


何もしゃべりはしない二人。少女は俯いたように視線を落とし、鴉丸は電車の停車駅表のようなそれを睨んで下唇を軽く噛む。


 「そういや。名前聞いてなかったよな?」

 「え? あ、うん」


 鴉丸の今にもなって思い出したように言った言葉に、少女は驚いた様にハッとなって周囲を見渡す。

 その小動物めいた動きを見て、身なりだったり世間知らずだったりで、イイトコロのお嬢様的な印象を持つ鴉丸は、あまり外でそういった名前を出すことを避けるべきだったのかもと勘ぐる。刺客や側近、あるいは何らかのリスクが伴っているのが上流階級の人物の常なのかもしれない。


 「そ、そう。月詠サラク」

 「そうか。月詠、でいいか?」

 「なんでも良いよ。サラクでも、なんでも」

 

 電車はある駅で停車した。高く建つビル群が巨木のように乱立し、その根本には背の低い雑居ビル。日が沈みそうだとは言い、まだ明るい時間帯とも言うのに寂れたネオンが点滅をし始めている。

 『高層区A-』

 車両から流れだす群衆の中、鴉丸と月詠が紛れる。学生服を着た面々は少ない。知能指数の低そうな安い着衣を身にまとう大学生と思わしき人種と、疲労困憊としてスーツを纏った中年がほとんどだった。


 「何か飲むか?」

 

 改札を出て、自販機を目にした鴉丸は月詠と呼ばれるその少女に問いかけたが、少女は無号で首を振り、その後そんなに遠くないから、と答えた。


 頭上に走る高速道や鉄道。風邪を切る音とエンジン音の下で、二人は並んで歩く。陽光の照り付かない路地裏を抜けて、雑居ビルの脇を抜けて。手入れの行き届いていない枯れ木が蜘蛛の巣めいた影を長く伸ばす道を過ぎて、鴉丸は月詠の少し後ろをついていくように歩く。


 「ここは……!」


 最後に複雑な迷路めいた路地裏を何度も縫うように駆け抜けてたどり着いたそこは、楕円形の広場。中央には、今や水しぶき一つも上げない噴水。煉瓦敷の地面。二人がならんだその奥にある噴水に、もう既に沈もうとする赤色の太陽が重なる。

 

 「数日前、此処で殺人があったの。マフィアの抗争だとか、海外のエージェントだとかが、普通じゃありえない血しぶきの上げ方をして、脳漿を撒き散らかして──」


 雄弁に語るよう、月詠は前に踏み出す。硬直する鴉丸を目に止めず。


「一部では、それは漫画に出てくる能力者の戦闘によるもの、と考察がされている。この街には人が多い。物好きな人の人口もそれに比例して大きくなる。人って不思議だよね。そんなこと、自分には何も関係が無いはずで、何の得にもならないのに」


 少女が夕日と噴水のオブジェを背中に、鴉丸の方を振り返る。


 「──得とは」


 その少女の黒い髪を夕日が照らし、輝いて見えるが、次第にそれは陽光の乱反射ではなくそれその物が白色に輝きだしていると気がつく。先端から、白金の様に。


 「でも、私はそれを知っている。そこに有る赤黒い血のアザがレンガに残るのも。あそこに有るコンクリート壁にひび割れが入っているのも。好奇心を満たそうとする人の思考力はある意味で異常。ある意味で正しい。そして、ある意味でそれは身近なものでそれが特異的な物か平凡な物か、その境界を感じさせてくれるのは他人の相互。孤独とはかけ離れた存在。そうは思わない? ──鴉丸スイレン」


 最後、鋭く冷たくそう言う月詠の右半身は銀色の閃光の塊と化していた。腕部から鋭く伸びた触腕めいた筋肉の鎖が鴉丸を貫いて──


 「やはり……な」


 その銀色の腕を胸の前でガシリと握り、確実に捉えていた。

 胸部を切り裂いて鴉丸の後ろに伸びる銀色の腕が慌てふためいたように暴れるが、鴉丸はその腕を引き抜き、遠心力に任せて本体ごとそれ投げ飛ばした。


 「クソッタレが。こちとら病み上がりの病人ってのによ」


 既に胸部を斜めに横切るようにし、今や人である部分が左腕部と首、頭だけとなった月詠は、その異形そのものに変わり果てる寸前だった。


 「月詠サラク。お前の狙いは俺を殺すこと。俺の『死』という結果の過程にお前が立つこと。まったく、月影ってもんは本当に訳が分からんな。最も、お前はこの不意打ちを通すため、幾つかミスをしていた」

 「……猶予を与えたまでだよ。その方が、人間らしいじゃないか」

 「なぜ俺の名前を知っている? お前の言う、爺やは、本当に居たのか? あの怪我人が運ばては退院を繰り返す急性期病棟に、持病で入院する爺やが。病室に送り込まれる俺の姿を目撃したという話は確かに筋が通るが、お前はそれ以外でどうやって俺の顔と名前を一致させた?」

 「あの時、邪魔者の影の使い手二人に邪魔された時に、お前にもまだ意思があったということか……ッ!」

 「その時に、お前は俺にトドメを刺していなかったのが最大ミスだったな!」


 白金の粒子が旋風を巻き上げて周囲の建造物に叩きつけられた。

 その爆心地、一対の巨翼を生やす人型の銀影が姿を表す。


 「ようやく姿を表したか。そっちの方が、まだ殺しやすいビジュアルをしている」


 貫かれた胸部から血が流れ出る。その風穴に手のひらを添えて、青黒い稲妻を走らせる。

 次の瞬間には穴は消え、筋組織が蓋となってそこに再生していた。皮はまだ間に合っていないようだ。


 「──やろうかァ!」


 ブレザーを脱いで、茜色の空に跳躍する鴉丸。

 大柄な四肢をバネの様に使い、向かい討つように飛翔する銀咲。

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