初まりの夜 9
ただただ闘争本能に身を任せ、思考よりも速く筋組織を反応に任せて牽制を繰り返す。
壁を蹴り、宙を蹴り、地を踏み鳴らして瓦礫を巻き上げ、空を切り真空の刃となった溝が黒と白の影を纏う。
銀咲が吠え、地面を踏み鳴らせば地中から無数の光の柱が出現し、鴉丸にそれらは向かっていく。鴉丸は、それを雷神の動きめいた緩急のついた軌道を書いて駆け抜けて接近。
「ッルゥアァ!」
勢いに任せた膝蹴りを銀咲の胴部めがけて繰り出すが、それは白き月影の掌で止められている。
咄嗟の防衛本能で退行を考えた鴉丸だがそれは僅かに遅かった。
白金の粒子があふれだすように煌めいて衝撃波を上げる。
吹き飛ばされた鴉丸は、両手と片足だけを使いネコ科動物のように這って着地し、姿勢を整える。その数秒後、鴉丸の後ろにぼとりと落ちる足。
「……フォォォ……」
鋭く目を細め、赤い眼光をした頭部の顎が上に上がったり下がったりする。回転するように、緩急をつけた動作で。
(近接戦は分が悪い……が、それしか手はない)
大腿部から下がなくなり、鮮血を撒き散らす足を一つ叩いて青黒い雷電を巻き上げる。
肉体の再生にはならないが、その黒雷電は筋肉を隆起させた鬼の足の様な形状を保ち、鴉丸の無くなってしまった片下肢として現れる。
その脚を見て、月影は瞬時に飛び出した。音速を超える速度での超低空滑空ッ!
「ッラァ!」
鴉丸もその動きに反応し、垂直に飛び上がる。
高度20メートルほどに飛び上がった鴉丸は、体を捻り、脚の形に形成された黒雷を振り下ろし、衝撃波を直下させる。
着弾地点にはまた一つ瓦礫が巻き上がり、地面に亀裂が入る。付近には衝撃波が走り砂埃が晴れたそこにはクレーターのみがあった。
「──!?」
着弾地点に、月影が居ない。視覚情報でそれを確認した時には遅かった。
視界の隅に銀色の閃影がチラついており、次の瞬間には力強い殴打が鴉丸の胴部を確実に捉えた。レーザー光線めいた一直線の残影が、街を貫くように尾を引いて高速道の側面にめり込んだときにはようやく止まった。
雑居ビルや廃屋のコンクリートに風穴を開け、電柱を真っ二つに折り、その奥の高速道の側面にめり込んだ鴉丸は弱々しく上肢を動かし、腰を抜いて浮かす。
「フゥー……フゥー……」
もはや痛みなんて無かった。極度の興奮状態にある鴉丸は、口の中で粘着く赤黒い粘稠度の高い体液を、頭の横に水平に伸びるアスファルトの車道に吐き出し再び跳躍した。
「ラァッッ!」
水平方向にミサイルめいた速度でかっ飛ぶ鴉丸の目標は、夕焼けを背に滞空する月影。
それに向かい、脚を振り上げ黒色の衝撃波を叩き込む。続いて欠損した下肢の大腿部から黒い雷を放出し、再度推進力を纏い、衝撃波を追うように突っ込む。
鴉丸の影を使った遠距離攻撃と、鴉丸本体による同時攻撃。防ぐことは出来ない。
──しかし、避けることはできる。
月影の居るであろう”そこ”に到達し、拳を振りぬいた時に、それは虚空を捉え鴉丸には手応え一つ無かった。
「ショォォォオオオオオ!」
同時に、鴉丸の頭上から裏拳染みた挙動で、銀咲の一撃が垂直に叩き込まれようとしていた。
その突如、鴉丸を中心として、ブラックホールめいた球体の爆発が巻き起こり、雷鳴に似た轟音が街を轟かせる。
その爆発を直に浴びた銀咲は回避を行うこともなく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた後、何度も体を跳ねるように転がして回転し、広場のクレーターの溝に腰を埋めた。
爆発の中心点から自然落下運動に身を任せ着地した鴉丸は、俯いた頭部を前に向けて、地を蹴り、矢のように一直線にかけ出した。行き先は月影の元だ。
進行方向の奥から、銀色の矢羽めいた閃光の嵐が出現し、鴉丸に襲いかかる。
それを回避することも無く、防ぐことも無く、ただ己の胴部や、肩部や、腕部、頭部を捉えるものの急所をギリギリで最小限の体動で回避し、それ以外を鴉丸は受け止め、肉と鮮血を巻き上げて疾走する。
「捉えたァ!」
身動き取れない銀咲の真上を取った鴉丸。引きぬかれた拳が落雷の如く一直線に白き月影に直下した。
空を引き裂くように黒い雷が上がる。周囲には衝撃波が伝い、空にかかる雲に風穴を開けた時には、鴉丸の闘争本能は収まっていた。
握られた拳が、儚げな少女の頬にめり込んでいた。月影は少女の姿に変わっていた。
「……テメェは俺と似て攻めっけが強いからな。ああいうぶっぱなしを警戒するため、様子見というやり方を覚えたほうが良い」
「……説教? 良いから、早く殺し……たら?」
赤く腫れ上がった頬でモゴモゴと滑舌を悪くして少女は吐き捨てるようにそう言う。
霞がかった視界。朦朧として白紙になりそうな思考と意識。
だが鴉丸は拳を抜いて、そのボロボロになった少女の、カッターシャツの様な襟首を掴んで引っ張り上げる。
「……」
「速く殺したほうが鴉丸のためだよ。もう……知ってると思うけど、私はあなただけを殺せられればそれでいい……それ以外要らない……此処で逃せば、また、アンタを殺し行くことになる……さっきの博打で使った爆発の不意打ちなんて通用しない。そうともなれば……不利なのはスイレンの方だけど?」
「……知るかよ。その時は俺がお前より強くなっていればいいだけだ」
鴉丸は少女を引き抜くように力任せに襟首を引いた。ミシミシと音を立てて、地面にめり込んでいた身体が浮き彫りとなって顕になる。
「約束しろ」
「……はぁ?」
「お前が、俺を殺そうとする月影の始末を……独占のため始末していたことは確かだろ?」
乱れる息と横隔膜。肺の拡張。
ヒューヒューとした音を胸部から上げる鴉丸に、襟首を掴まれたまま宙空に浮き上がる少女はあたふたとして周囲を見渡す仕草を見せる。
「ど、どういう意味?」
「金の問題だ。俺は月影を狩って小銭を稼ぐことを生業としてんだよ。ようは、お前は商売敵。俺のことを思ってか、はたまたお前のことだけを思ってか知らねえが、俺を襲う者が居なければ、俺は生活出来なくなんだよ」
「ちょっと! 意味分かんないんだけど!」
おろしてよ、と暴れる少女。鴉丸は一度思考を巡らし、このまま下ろしたら再び激戦が展開されるのではないかと予測したが、少女のその目や身体からは、闘志や殺意は感じ取れない。
ぶっきらぼうに落とすよう、少女の襟首を離す。何やら黄色い声を短く上げて尻もちをした少女を見下すよう、立ち尽くす鴉丸はそれでも眼光をより一層鋭くさせる。
「俺も人間だ。人間の姿をしていて、話し合うこともできれば……人間だろうが怪物だろうが躊躇する」
「殺すのを?」
「……」
「……甘いなアンタは。アマアマ」
「認めるよ。不向きなのかもな、この仕事を」
懺悔の様な口調で鴉丸は言って、また一つ血痰を地面に吐き捨てる。
「……取り敢えず場所を移すぞ」
鴉丸は少女の肩を担ぎあげて立ち上がり、その広場を後にしようとする。
「ちょっと待ってよ! 話はまだ──」
「やかましい。黙って足を動かせ」
「言ってること無茶苦茶じゃないのォ!?」
残る周囲は火薬を使った紛争でもあったのかと思われるほどの損害。
人として生きる異端。
人を狩る異端
それらが衝突して、残した爪あとの煉瓦と噴水の広場の廃屋。
そこに数分後現れたのは黒色のコートを纏った10代後半と思わしき男女二人だった。
「ここに確かに鴉丸が居たはずじゃ……」
「一足遅かったな。桃城」
「アイツ、一体何と……」
黒く長い髪を、戦地に吹く風邪が揺らす。
桃城レンカと鬼道ムサシが駆けつけた時には、二人は居なかった。




