卑怯な『王子』と無垢な『眠り姫』
怖い目にあわせてしまった。目を覚ましたらどんな顔をして話しをしよう。これでも役者の端くれだから、演技をすることに難は無い。ありもしない嘘をついて安心させることだって容易いことだ。
ただ、嘘を見破る術を知らない葉澄はどんな表情を自分に向けるだろう。きっと、またそれを無垢な心で受け入れて、そして信じ続けるのだろう。そうして創り出されたものが彼女の中の『芭流』という優しい男だ。
葉澄は可愛らしく彩られた寝台で、まるで眠り姫のように優しい表情で眠っている。かれこれ丸一日この状態だった。
びしょ濡れで、それに増して泥だらけになってしまったこのお姫様は、今では美しく手入れがされて、現実の世界に舞い降りた。細やかな朝陽の入る彼女の部屋は、彼女がここを空ける前と同じ姿だった。それは空白の期間がまるでなかったように――。
「陛下……私は……」
掠れた、か細い声が聞こえた。けれどその口は自分ではない男を呼んでいる。
(触れたい……)
ふと無性にそう思った。
まるで小動物の毛並みのような色合いの艶やかで心地のいい髪に。
そして目が合ったなら、その柔らかな唇を塞いで乱暴に唾液を絡ませて、自分だけを感じさせて。潤んだ瞳と微かな囁きで求めさる。
あの王を忘れさせたいと無性に思う――。
「はあ……」
これが世に時めく男の浅はかな想いだなんて笑わせる。けれどこれが世に明かされたなら、たった一人だけを一途に愛することができるだろうか。そうであるなら、『芭流』なんてものは手放したって構わない。
「愛してる……葉澄」
けれど返事はない。
――わかっていた。唇を塞げばこの眠りは終わりを告げる。
あともう少しの間、この可愛くて安らかな寝顔を見続けていたかったけれど、他の男を呼ぶならそうはいかない。
もっと深いものをという気持ちを押し殺し、優しく眠り姫の唇に触れる。唇が離れる頃には彼女の瑪瑙のような瞳がきらめきを取り戻した。
「だれ……」
ぽかんとした声が聞こえる。眠り姫は寝ぼけていた。まさかキスをした物語の王子もこの呆気にとられる言葉を聞いただろうか?
けれど心は躍る――。
霞んだ瞳と微かな吐息。もう一度、それよりもずっと触れたくなるこの感情を、あの王子も味わったのだろうか。
「葉澄……おはよう。もう一回、していい?」
そして彼女はまだ寝ぼけているのだろう。寝ぼけ眼でじっと顔を見続けている。
だから先手を打って俺は暗示をかける。葉澄の思考より早く、彼女が理性を持つ前に。
卑怯でもいい。彼女がまるで幼子のように、何も理解する前に手を差し伸べる。
(ほら、思った通りだ……)
頬を触れられた姫は微笑んで、言葉を受け入れるようにそっと瞳を閉じた。




