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あの『花』の行方

「朱那殿も用意周到といいますか。まさか『菊家の刃』を武官に紛れ込ませていたなんて恐ろしいですね~、全く。吹き矢が飛んできたときは目を疑いましたが、でも……あの彼が『菊の花のごとく流麗な刃』と名指される人物だなんて、驚きしかありませんね」

「鶯蕾。雅茜のいる前ではこの会話はなしだ。この事は知らせなくていい」

「は~い、そうですね。雅茜は忙しいですから、余計なことは知らなくていいですよね……」

 まるで秘密基地を見つけた子供のように、鶯蕾は自分の居場所と居座り、寛ぎながら窓枠に腰かけ外を眺めていた鶯蕾は、その時だけ鸚染の方に顔を傾け、了解を得ようとするに少し微笑んだ。

 彼はいつでもこうに気の利いた優しさを人に向ける。ふらふらとどこ吹く風のように人を惑わす癖はあるけれど、実は忠義深い人物で人の心を察する事に長けている。刀を相棒に持つだけれど、本当はこうして、本当の意味で誰かを傷つけることなく守ることができる。

「ああ、そうだな」

「でもどうして、何も言ってくれなかったんです?彼のこと。無害だと思ったのでほうっておきましたけど。けっこう複雑な人物たちを送り込んできますね、かの丞相様は。それに『あれが』答えだったなんて。先輩たちは怖すぎますよ」

「いや……すまぬな、鶯蕾」

 そう言ってから少しの間、何も聞こえない無音の時が流れ、居心地のいい空気が辺りに舞い込む。何もかもを遮断してしまったように、二人はまた自分の役目に取り掛かる。

「『彼女』、お姫様みたいに連れて帰られちゃいましたね。まるでこっち側が『人質』にしていたみたいに。でも実際、そうなるんですかね」

 そして背を向けて夜空を静かに眺める鶯蕾に問いかけるように、鸚染は口を微かに開いた。

「鶯蕾。この世には知らなくていい無残なことなど山とあるが、それを見ずにまっさらに生きてもらいたい人間も中にはいるだろうか。……それこそ残酷な事だが、彼女にはあのままでいてほしい、そうに思う」

 鶯蕾ははっと鸚染を振り返った。その表情がゆっくりと優しい微笑みへと変わっていく。

「……主上が誰かに気を向けて下さるのは嬉しいですよ。きっと、それは間違いではないと思います」

 わからなかった回答を教えるような優しい調べで紡がれる言葉に、鸚染は見えない枷が外れたようにそっと頬を緩ませた。


  ゜***。***゜***。***゜


『桜朱那殿、呼びつけてすまない。昨夜、後宮で騒動が起きた。私の武官が対処をしたが、どうやら忍び込んだ者はこの間行方不明になったとされる貴族官吏だった。火急に対処をしてもらいたいのだが』

『御意。では早急かつ迅速に御史をそちらに回しましょう。では、失礼致します』

 慌ただしく去って行く朱那を王は呼び止め、もう一つの頼みをした。

『騒動で美しい花壇が荒れてしまったのだが、菊家に頼めないだろうか。あれでは美学に欠ける。すぐに植え替えてもらいたいが可能だろうか?』

『ええ。陛下の頼みでしたら、明日までにでも可能です。どのような花に致しましょうか?』

『そうだな……余の〝一輪の花〟も居なくなってしまった。だから換わりに美しい鬱金香を一面に。女人は綺麗な花が好きだろう?』

『……そうですね、華やかにさせましょう。今回は盛大に』



 月が欠け、射す光も薄っすらと見えるだけだった。

 桜の咲く麗らかな季節から続く、嫌気のする不可解な出来事は終わりを告げる。どうにか自分たちの中で解決させた彼らは、事をどう理解しただろうか。

 美しい姿で人々の心を魅了する美術品の数々や彩られた華々しい文化の中に暗躍する『不可解な事柄』をその見栄えで無慈悲にも美化してしまえるこの国は、まるで何もなかったかのように人々は夢の中に没頭するのだが、それこそ人の頭というものは無限にこの世の物を美化して、また評判は高まり、その空想が〝美しい国〟と云われる所以(ゆえん)に繋がっている。

「王様はわかったのですね。朱那様が下手に出るなんてそうない事ですから、甲斐がありました。それに加え上手く収まってくれたのは何よりです。内心、朱那様が行動を起こさないかとハラハラものでしたから」

「その通りだな。見ているのも苦痛だった。片付けたい仕事を遠くから傍観しているのは全く苦痛だ。だが、一斉捜査をしなかっただけでもマシだろう。王城内を占拠し兼ねなかった」

「……ですね。陛下も圧力は感じていたのでしょう。血眼になって、あなたの『あの暗号』の鍵を見つけていたらしいですし、それに倒れかけたとか……。もう少し優しい問題にしてあげる、なんて事は無理だったとは思いますけど、詳細を告げなかったのは本当に可哀相でしたよ」

「どこがだ?葉澄を後宮に引き込んで、奴らは何も知らずに呆けている。それに国のためなら何でもする『頭のいい羚羊(かもしか)』が、裏で何重もの企みを企てている始末だ。何も知らない葉澄に甘い言葉をかけたのだって、すでに彼の筋書き通りだ。私たちが覆せるはずもなく、利害が一致しなければ私たちは退屈させられるだけで、時を待つしかない」

 朱那はそう言って扇子であおぐのも止め、閉じたそれで何かを指した。

 舞琳はその方向を見ると、一目で彼が何を伝えたいのかが理解できた。『怪奇事件』の事の発端を少し眺め、改まったように舞琳は眼鏡を掛け直す。

「それでは、私たちの本当の仕事を始めましょうか。放って置くことなどできませんよね?」

 朱那は窓辺にある一輪挿しの毒々しい花を横目に捉えながら、舞琳に粗悪な笑みを向けた。

「……祭りに向けて準備だ」


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