彼女らの役目に彼らの仕事
「主上、失礼します」
鐘の音がして、王は入ってきた雅茜に目を向ける。
「ああ、どうした。その書類は?」
「この間消えた官吏の調査報告書です。目を通して見てください」
椅子で寝転んで足組みをしていた鶯蕾は、真剣な雅茜の態度と告げられた案件を耳にして、興味あり気な表情で王を眺めた。
言われるままに、王はまとめ上げられた書類を読んでいく。そして、鸚染は一か所に目を留めて首を捻る。
「雅茜。なぜ若い官吏ばかりが〝消える〟のだろう。戦力がいなくて、部署は回っているのか」
「ええ……。それに、おかしな噂も信憑性を高め出し、誰も触れようとしないようです」
鸚染は納得のいかない顔をした。
「だが、なぜいなくなる?突然に」
「――武官の方は、誰一人いなくなってはおりませんよ。人数が減るのは不本意ですけどね」
暇を弄ぶように辺りをふらついていた鶯蕾の言葉に、王は眉をしかめた。
「鶯蕾、訊きたいのだが。近頃、後宮の警備の数がめっきり減っているが何故だ?」
「そのことでしたら、『その』のせいです。私たちも単独行動を避け、主に朝廷の見廻りを重視していますから。城外の見廻りもそうですが、手薄になるのは申し訳ないと思っています。それに御史台が『あの話』を内密にしたいのであるなら、後宮は迂闊に警備の人数を増やせないですしね~。宮女の娘たちを護ってあげたいのは山々ですけど、事件は官吏たちに起こっているわけですから」
「そうだな……」
「主上?どうかされましたか?」
押し黙ってしまった王に雅茜は訊ねる。
「雅茜……舞琳殿はあの時『最善だから』、そう言っていた。だが事件が起きているのは朝廷なのに、そのことには一度も触れなかった。なぜそれを疑問に思わなかったのかと」
「それは後宮でも同じような事件が起きるかもしれないという忠告に聞こえたからではないでしょうか?そんな事が起きたら由々しき事態です。ですから、茶燗さんが厳しく監視をしているようですが、『起きる』というのはどうやら外れのようです」
「それだ、何も起こらない。だが御史台は後宮にしか着目していないのではないかとも取れる言動だった。これだけ行方不明者が出ているなら、大々的に城内を調査していてもおかしくはないのに、全く動かない……」
飾られた生花を触りながら、鶯蕾は近所の痴話げんかを耳の端にそれと無くいれるように、事の内容には興味がなさそうだ。それをよそ目に、雅茜は黙った鸚染に心配そうに声をかける。
「主上、それは……」
王の表情は曇り、沈んでいった。思い詰めるような表情だ。
「……少し気になることが、できた」
ゆっくりと、何かの感情を噛み締めるように王は呟く。
「それはどのような?御史台ですか?」
雅茜は優秀な側近らしく緊迫した表情に変わっていく。
「いや、別の話だ……」
「別?」
雅茜は少し首を捻る。意味が分からないというよりも、王の言いたい事は何なのだろうという風に。その姿を見て鶯蕾は綺麗な花に向けていた目線をふと、真剣な雰囲気の二人へと向ける。
「『行方不明事件』だと思い、この件は見てきたが。鍵になるのは……『狂おしいほどに美しく……恐ろしい花』だ。真相は分からぬが、苺羅殿がそう言っていた」
二人の視線が向けられると、王は忘れられていた言葉を思い出したように、声を紡いだ。
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月がまた見え始めた……。誰もいない静かな回廊の途中で、鸚染は風に当たる。そよそよという葉擦れの音が、まるで楽器のように鳴り響いていた。
深層は掴めないけれど、苺羅や、きっと国の上層は事の真相を知っている。未だに足掻きながら答えを見つけようとしている自分は一体何をしているのだろう。
そして誰かの靴音が近付き、振り向いた。
「主上、どうなされましたか?今夜は私が護衛に付くことになりますよ」
「鶯蕾。余を狙う者から〝王〟を守るのだな?話題になっているようだ。いつ〝事件〟が起こるのかと」
「主上……私でも笑えない冗談で対抗しないでくださいね……」
鶯蕾は武官らしく、普段よりもしっかりとした服装をしていた。どうも彼が駄目な姿を演じているのは、雅茜の反応が面白いからじゃないかと鸚染は感じている。何故かと言えば彼は普段、仕事をちゃんとこなす性質だからだ。
「いや。鶯蕾が余の警護など珍しいから」
「雅茜に言われたんですよ。自分よりも主上の護衛をしろだなんて……。うるさいですよね、本当に。主上には私なんて必要ないから雅茜についていようかななんて思ったんですけど、とうとう追放されちゃいまして。困った子ですよね~」
「様子が浮かぶ……だが、何よりだ。頼みたいことがある」
鶯蕾は少し驚いたような顔をし、そしてなぜか嬉しそうに優しい微笑みを返した。一歩引いて片膝を地面につけると、彼は頭を下げ敬いの礼を取る。
彼はれっきとした地位を持つ武官だ。
「宮内で何か不審な動きがないか調べてほしい。特例で宮内すべての横行を許可する」
「御意。陛下の御心のままに」
その実に美しい調べはそよ風に攫われた。
「王様たちは頑張っているのかな……」
どこからともなく零れた独り言に彼はくすりと笑った。
自分からすれば弟のような彼らを見ているのは本当に面白い。からかい甲斐もあるならなおさら微笑ましい。でも今となってはもっと心躍るものを見つけてしまったかもしれない。
「ありがとう。これで彼女の枷が無くなるね。……元通りの彼女だよ。全く、これは大事にしないとなのに、お姫様はダメだよね」
肩に留まった小鳥の小さな頭をいい子だねと撫でてあげると、いつもの気に入りの露台で夜風を浴びながら、その髪と同じ色の酒が入った酒杯を揺らす。
綺麗な色をした小鳥は慣れたように彼の周りをついて回り、甘えているようだ。それを視界におさえて、片手に収まった藍色の耳環を月明りに照らしながら苺羅は薄っすらと笑い、光る神秘の花に口付けた。




