仮面の騎士
「あら、来たのね。やっぱり」
久しく聞いていない声に、芭流は振り向いた。そこには、見事に彩られた着物を着た女官が立っていた。けれどもその鮮やかな柄とは対称的に、身動きの取りやすそうな身軽な服装だった。
「これでも変装したつもりなんですけどね。茶燗さんにはバレバレですか。ここには簡単に馴染めたのに」
そう言って、芭流は身に付けていた目元の隠れる仮面を取る。
後宮の見廻りの武官は、皆このように仮面をつけているから、普通は気づかないのだけれど、彼女は違うようだ――これこそ『やっぱり』である。
後宮の宮女の暮らす『嬢花宮』の辺りで難なく捕まってしまった芭流だけれど、相手が茶燗でなければ強行突破を計っているところだ。
「わかるわ。可愛いばあ君の事だもの。でも見ないうちに、とても大人になったわね。背、抜かれちゃったわ」
気さくな性格は年を重ねても変わらないようで、相変わらずこの年になっても彼女は〝ばあ君〟というあだ名で呼ぶようだ。
芭流は近場の木に寄りかかって、安心したように笑む。
「――『警備に』来てみたんですけど、ガラガラですね」
「そう、『警備』ね。今、後宮が手薄で困っていたところよ?あなたが見廻りを引き受けてくれるなら大歓迎ね。『本当は外の人は入っちゃいけない』んだけど、特例で許すわ~。筆頭女官の権限でね」
茶燗はそう言って笑って片目を瞑って見せた。
『本当はいけない』と知っていて許してしまえる許容さは彼女ならではの芸当だけれど――その彼女の下に仕えることは実に新鮮味溢れることだとも思える。
「はい、ありがとうございます。茶燗さん」
すると茶燗は腕組みをして、あからさまにわかるようにため息をついた。
「そういえば。ばあ君、きいてよ。今ね、大秋長様が故郷に帰っていて不在なのよ。なのに後宮はがらんどうで『監視』がいない。これってどう思う?」
「俺だったら、悪さをしますね。気づかれないように……こっそり」
「あら、面白そうね。私もそうしていると思うわ。でも……そういうあなただからこそ必要よ。監視役に適任だもの。色んな意味でね……」
草花を震わすようにさらさらと風が流れる。そして茶燗の解れ毛を攫っていった。
まさに彼女は絵になる美女だ。――ずっと前からこの場にいるのも無理はない。
「葉澄ちゃん。可愛くて、しかも綺麗になったわね。当然のことなのかもしれないけど、もしかしたら、あなたのお陰なのかしら」
「さあ……乙女たちの心を掴むのが俺の仕事なのに、本当に欲しいものを手にするのは難しいですね」
仮面をつけ直しながら、芭流は呟いた。茶燗は少し驚いたような表情を浮かべて、ゆっくりと首を横に振る。
「どうして?あなたは欲しいものはすべて手に入れる子でしょう?売れっ子のあなたが立場を後回しにしてそれでも本当に欲しいもの。それはとても素敵なものなのね」
「……そうですね」
「ばあ君、一つ教えてあげるわ。葉澄ちゃんは誰であっても〝人〟として相手を見る子よ。それが誰であってもね」
芭流は俯きながら優しい苦笑いを浮かべて、言葉を流すように立ち去った。その彼の姿は、本当に『大人に成長した男の子』の背中だなと茶燗は嬉しく思い、丸くなった彼に微笑ましく感心もしたのである。




