『蝶々』という少女
何をすればいいのか――。ずっとその疑問を抱きながら、日々が過ぎていく……。
夜になれば、その日の疲れを癒すような和む音色が耳に届く。まるでこの虚無の状況が嘘のように、彼女がいれば憧憬の世界を思い描いてしまう。
つい先日〝後宮〟へ来た少女は花の香りを放つ暖かな風を連れて、今も美しい音色を奏でる。何も知らない彼女の澄んだ音色を聴いているのは、何も考えずに済んで居心地がよかった。
彼女が来てから、月は膨らみ、そしてまた姿を消しさえしている。もうひと月になるのだろう。
そして美しい音色を奏でる少女はこの環境に慣れてきたのか表情が明るくなったように思う。その陽気な芸妓はこちらには何も求めずに、幼い頃を思い出させるように無邪気な笑顔で会話を始める。
茶燗に何を聞いたかは知らないけれど、近頃は一緒に過ごす時間が長くなった為か印象深く彼女の行動を見るようになった。
桜葉澄――『蝶々』の本当の名前は、ずっと昔から知っている。
そして彼女はその頃と何も変わらずに綺麗のままだった。
「『蝶々』というのがそなたの名だが、それはどのような蝶を想像して名づけたのだろうな」
何気なく会話の中でその疑問を投げかけると、可愛らしく結われた頭が傾き、少女は少し考える仕草を見せた。そして潤んだ桃花のような唇が微かに動く。
「そうですね……きっと、小さい蝶々だと思います。もっと綺麗で美しい翅を持つ蝶々を表わすなら、色っぽくて魅力的な女性に似合うと思いますから」
その言葉を聞いて、違和感を覚えた。きっと彼女は自らを過小評価しているだろう。けれどその事を気にもせず、周りを明るく照らす彼女の表情は光の粉を振りまく美しい蝶に見えた。
何曲かを弾き終えて、彼女は今夜も静かに部屋を後にした。
寝たふりをするのも慣れたけれど、頭を悩ませることもある。帰りざまに彼女が帳の近くまでこっそりと様子を窺いに来ることだ。どうやら彼女は几帳面らしい。
鳴り響く魔法のような美しい音色が消えた後は、独り寝台に寝転がりながら余韻に浸った。そして目許を覆う。
何かが動き出すのは夜だ――。だから休んでいる暇はない。
くたびれた体を無理矢理に動かして、今夜も『仕事』に出かける。




