食べさせ/られ・後悔
体から力が抜けていく。
指先から冷気が這い登り腕は鉛のように重い。足は飾りと化したかのようにいうことを聞かずそうしている間に冷気は体の芯に蔓延りはじめた。頭の芯が痺れいっせいに放たれた警告で思考は明滅する。
世界は一瞬で白から黒に変わりまた入れ替わる。俺は何を見ているのかそれともみていない?
いったい今何が起きている?耳鳴りがうるさくて集中できない。寒気が全身に回り脳まで冷え込む。どっと粘つく脂汗が出た体は支えられないほど重くなり、感覚はひどく遠くなっていった。
全身が死体のようになっていく中で口内にだけは熱を感じていた。しかしその熱は耐え切れないほど生理的嫌悪感を伴っていた。唇に腐った果実のような柔らかい感触を感じた直後、生温かく生ごみが腐ったようなにおいが流れ込んできた。どこか甘ったるいそのにおいに堪らず吐き気を覚え腐臭を押し出そうと咽喉が蠕動するが、それにかまわず今度は唇をこじ開け粘液に塗れたぬめぬめとした何かが侵入してくる。それは歯と歯茎を乗り越え、痺れる舌をなで回しこねくり回し唾液に身を浸そうと蠢きまわり存分におぞましい感触を伝えてくる。口の中を蛞蝓が這いずる様な感覚に動かない全身が怖気立った。
気持ちが悪い。
からだが重い。
ひどくあたまがいたい
なんだか とてもねむ い
………………
…………
……
目覚めは最悪だった。
だるい。
このまま寝ていたい。
吐き気と倦怠感がやばい。
今ならおまけに頭痛付き。
何かとても衝撃的なことがあった気がするが頭が回らずまったくもって思い出せない。
とにもかくにも薬を飲まなければなるまいとストライキを起こす全身を無理やり働かせベッドから這い出ようとしたとき、ようやく俺はベッドに寝かされているらしいということに気づいた。
ご丁寧に手のとどく距離に置いてある水がなみなみと注がれたグラスを見つけ、中身を3割ほど無駄にしながら苦労して飲み干すとようやく一息つけた。
いったいなにがどうした。
(たしか連休が終わって講義を寝てすごして家に帰ってそれから……?)
そこで台所のほうから物音がした。目を向けるとこちらを伺う視線と俺の視線がぶつかった。
黒い瞳になんだか怯えているような心配しているような不安げな色が揺れる。
ここ4日間で見慣れた顔だ。元がつり目がちな顔つきのコイツにこんな表情を見せられるとなんともいえない気分になる。こう、その、持て余すというか……
「……おはよう」
「おはよう、ございます」
敬語がとってつけられた。
「あ、あのっおかゆ、食べられますか?」
腹は減っているような気もするし満腹のような気もする。気持ち悪くてよくわからないが、こういうときは何か胃に入れたほうがいいだろう。
「食べる」
「すぐ用意しますっ」
用意って。今からおかゆを作るん?
まあいいか。気長に待つとしよう。それにしても炊飯器の使い方を教えといてよかった。
「熱っ」
なんて考えてたら炊飯器の釜を抱えて持ってきた。見れば大きいスプーンも一緒に持ってきている。
丸ごと!?病人(?)に対してそれはおかしいだろ!あとお釜はどんぶりじゃないから!それそういう使い方じゃねえから!大切なことなので二回言いました!
予想外のボケに対する心理ツッコミに多大なエネルギー消耗を強いられた俺はそのままおかゆが用意されるのを見守ることにした。なんかもう全部めんどくさいし。
「それじゃあ、いただき、じゃなくて……」
「めしあがれ、っていうんだ」
やっぱり常識が抜けてるなあ。
それにしてもおかゆの準備は思ったほどひどい状態にならずに済んで安堵した。いや、むしろこれは上出来ではあるまいか。
きちんと茶碗と小匙を別に用意しそこにおかゆをよそっているのを見て思う。冷蔵庫から出しただけとはいえ梅干や昆布の佃煮を用意しているのもポイントが高い。細かい不手際は、まあ追求すまい。
「めしあがれ」
湯気が立ち上る匙が顔の前に差し出された。
あつあつである。
これは?もしかして?伝説の?あれか。あーんってあれか。
「いや、自分で食べるから」
まだそういうのは早いよね。
しかし体を起こそうとしても強烈な立ちくらみで世界が歪んだ。
「起きたらだめです。とても疲れてるんだから……」
そう言って俺をベッドに押し込む彼女。期視感?
「はい。口をあけて」
そう言ってまた差し出される匙。
やばい。すっげ恥ずかしいこれ。
「ん」
視線に耐えきれず目を泳がせながらも口を開くと、彼女はやや乱暴な手つきでに匙を俺の口の中に、
ガッ
「ッ!?つ゛ぁ、がっ!!?!」
入れ損ねて盛大に前歯にぶつけてきた!
しかも熱々のおかゆが上唇に襲いかかってくる!
しばしの悶絶
……再評価、このおかゆは0点だ。ほんの少しでも「あーん」のシチュエーションにときめいた俺がバカだった。
でも、いくらなんでもあんまりだ!




