疲労と不足・本性
青々と葉を茂らせた桜のそばの電線の上でカラスが鳴いていた。そんな春の夕暮れ。
久々にまっとうな睡眠をとれた俺は陰鬱に足を進める。
陰鬱の原因は様々だが根源は一つである。もちろん言うまでもなくあのカラスっ子のことである。
(そういえば名前も知らないな)
帰ったら聞いてみよう。自分から人に名前を尋ねようと考えるとは、ずいぶんとコミュニティ的な何かが培われてきたものだ。
しかしそれを実践すべき学業の場ではずっと眠り込んでいた。
なんせ久しぶりの平日なのだ。連休中ずっと眠れなかった俺にとって今まで耐えてきた講義中の催眠音波に屈してしまうのも仕方ないことだった。
ああ講義ノートどうしよう。
家の前に辿り着いたことで蛇行していた思考は中断された。
「ただいまー……」
そっと扉を開けるが返事はない。
(あれ?)
なんかすごく嫌な予感がする。
足音を忍ばせて玄関を抜け明かりをつけぬままそっと中をうかがう。誰もいない。
物音がしないトイレと風呂を覗く。トイレに鍵はかかっていない。誰もいない。風呂場にもいない。
クローゼットを開ける。ベッドの下を覗く。窓の鍵を開けベランダに出る。
どこにも彼女はいなかった。
出て行った?いや、玄関の鍵はかかっていた。消えた?
突如出来上がった密室トリックに混乱する。妖怪なら壁抜けでもできるのだろうか。
それとも本当に消えてしまったのか。
記憶がぐるぐる回りだす。
震えていた手。時折見せる不安そうな顔。背中にしがみついている感触。取り繕ったような笑顔。
よろめいてベッドに腰をつく。
「なんだよこれ……ちくしょう」
俺のせい?
俺のせいで……彼女は消えた?
視界の端で布団が蠢いた。
「!」
あわてて布団をめくると冗談のように煙が湧き上がって……
「おなかすいた」
幼女が現れた。
幼女が現れた!
年の頃は7~8歳だろうか?暗い部屋にぼうっと光るような白い肌。華奢な体。ぼさぼさの髪。
消えたあいつにそっくりだった。ぎらぎらと光る目つきを除けば。
「おなかがすいたの」
幼女の手が俺の肩にかかる。そのまま強引に押し倒される。見た目からは想像できない強い力。
荒く生臭い息が顔にかかる。
本能的に感じた。こいつはやばい。
しかし直観と裏腹に体はピクリとも動かず視線は彼女から離すことができず……
「もう我慢できないの。ごめんね」
のしかかられても抵抗もできず、そのまま口にやわらかいものが押し当てられ、
貪られた。
意識が暗い所に沈んでいく……




