9話 理由
誰もいなくなった部屋で、ユリちゃんが開けていった窓から、緩やかな風が吹いてくる。
図らずも、静かでのどかな落ち着ける空間だった。
アメリアさんは、俺が死んでいると言っていた。
流石に、それは信じられるようなことではない。
そもそも、蘇生魔法なんてものも聞いたことはないのだ。
俺の心臓の鼓動が聞こえないのも、どちらかといえば、俺の身体がおかしくなっているほうが可能性としては高いのではないだろうか。
聴覚とか触覚とか、その辺がおかしくて鼓動を感じることができないということもあるかもしれない。
では何故、アメリアさんはそんなことを言ったのだろう。
恐らく、アメリアさんには俺をここに置いておきたい理由があるのだ。
しかし、アメリアさんの診察を受けなくなって、身体に異常が起きたことは事実でもある。
そして、先ほど見た薄紫の光。
あれは、俺の左腕から出ていた光と同じ色だったと思う。
ふと、部屋の扉がノックされ、獣人の丸みのある耳が顔を出す。
ユリちゃんだ。
「……ご飯」
お盆に乗せた食事を持ち、部屋に入ってくる。
俺の横まできて、ベッドの傍らにある小さな棚の上にお盆を置いた。
そして、部屋にある丸テーブルをベッドの近くまで持ってきたりなど、食事の準備をしてくれる。
ユリちゃんもまた、この屋敷の住人の一人だ。
アメリアさんが何か嘘をついているのなら、ユリちゃんもまたそうなのだと思う。
ただ、勝手な印象ではあるのだが、ユリちゃんはアメリアさんと違い、感情が分かりやすいところがある。
もし嘘をついた場合、顔に出るのではないだろうか。
「ユリちゃん」
「……?」
不意に声をかけられたユリちゃんは、不思議そうに俺を見上げる。
「ユリちゃんは、俺の身体のことって何か聞いてる?」
「……」
ユリちゃんは、黙って頷いた。
「そっか……いや、何か色々言われちゃってさ。なんて言うか、説明が難しいんだけど、嘘みたいなことで……」
ユリちゃんは、おもむろに食用のナイフを取った。
反射的に緊張が走り、警戒する。
「……っ!」
しかし、ユリちゃんが切ったのは自分の手首だった。
顔をしかめ、痛みを露わにする。
「ユリちゃん! 何して……!」
俺は急いでユリちゃんの腕を取った。
もし、血管を傷つけてでもいたら大変なことになる。
しかし、傷ついたユリちゃんの腕から血液が流れ出ることはなく、漏れ出してきたのは淡い薄紫の光だった。
「……!」
光はやがて、一本一本の細い糸のようになり、うねり始めた。
そして、ユリちゃんの傷口を縫うようにして塞いでいく。
ものの十数秒で、ユリちゃんの傷は塞がり、何事もなかったように綺麗な腕となる。
「……私も、レイズさんと同じ」
「俺と、同じ?」
前に俺の左腕が薄紫に光った時は、戦闘の最中だったこともあり、あまり注意深くは見れていなかった。
もしかすると、俺の左腕もこんな風になっていたのだろうか。
「ユリちゃん、ちょっとそれ貸して!」
俺は、ユリちゃんから奪うようにナイフを取り上げ、自分の指先を切りつけた。
当然、痛みはある。
そして、漏れ出てくる光は、ユリちゃんのと同じ薄紫の光だ。
光は細い糸のようになり、俺の傷口を塞ぐ。
(何だこれ……? 何だこれ!?)
何度切っても同じだった。
そして、ナイフに血がつくこともない。
やはり、俺の身体には本当に血が流れていないのだろうか。
「……ユリちゃん。俺と同じってことは、君も?」
「……私の身体も、アメリアが造った身体。レイズさんと同じ」
「……」
思わず絶句した。
もし、ユリちゃんの言っていることが本当なら、ユリちゃんもまた、一度は死んでしまっていることになる。
そしてユリちゃんは、その身体をもって俺と同じところを証明して見せた。
とても、嘘をついているようには思えない。
「アメリアさんは、何故こんなことをしているの?」
「……何故?」
「普通はあるでしょ? こんなことをする理由が。だって、俺とアメリアさんは会ったこともなかったんだよ? ユリちゃんだって、どうしてアメリアさんに魔法をかけられたの?」
ユリちゃんは固まり、少し俯いて考えるような仕草をした。
「……考えたことなかった」
「え?」
ユリちゃんは困ったように眉をひそめている。
それは、何かを隠そうとしているようには見えず、心からの言葉のように思えた。
「……で、でも、レイズさんのは、わ、分かる気がする」
「そうなの? それは、どうして?」
「…………のんだから」
ユリちゃんはいつも以上に小さい声で言った。
俺には、うまく聞き取れない。
「ごめん。もう一回言ってくれる?」
「……あっ、えっと、わ、私が頼んだから」
「頼んでくれたの? それは、どうして?」
ユリちゃんは、徐々にどもり始めている。
いつも、こんな感じで話が終わってしまうのだ。
しかし、今話している話は、俺にとってとても重要なことだ。
途中で終わらせたくはない。
はやる気持ちにブレーキをかけ、なるべく優しい口調を心がける。
「……そ、それは、その、レ、レイズさんが、助けてくれたから」
「俺が、助けたから?」
ユリちゃんは黙って頷く。
恐らく、俺がユリちゃんを突き飛ばして、炎の巨人からの攻撃を避けさせたことを言っているのだろうが、あれはその状況を解決するものではなかった。
そこまで感謝されるようなことでもない気がする。
「……そ、その、レイズさんに、お礼、言いたくて……お、お話もしてみたくて」
ユリちゃんは一生懸命に言葉を紡いでいく。
その顔は、切実な想いを伝えたいという気持ちが滲み出ていて、俺にはその気持ちが痛いほど伝わってくる。
「……だ、だから、アメリアに、お願いした」
「そう……だったんだ。それは、ありがとう」
俺の言葉を受けて、ユリちゃんは顔を上げる。
その目には涙が溜まり、頬が紅潮していた。
「……え、えっと、ナ、ナイフ、新しいの持ってくる」
ユリちゃんは、自分の顔を隠すようにして、部屋の扉まで走って行った。
そして、扉の前で一度、こちらに振り返る。
「……あ、あのっ!」
ユリちゃんは、これまでに聞いたことがないくらいに声を張る。
「……い、言えてなくてごめんなさい。あ、あの時はありがとう」
言い終わると、ユリちゃんは急いで走り去って行った。




