6話 女神の微笑み
食事を終え、俺はアメリアさんについて屋敷の中を歩く。
アメリアさんは愛想良く俺に声をかけてくれて、軽く談笑しながら移動させて貰った。
ユリちゃんは、食事の後片付けがあるからと、ついてきてはいない。
「それにしても、広いお屋敷ですね」
「まぁ、この辺は土地だけはあるので」
アメリアさんは軽く笑った。
まぁ、先ほどの荒野を見れば、ここが街中ではないことが分かる。
そもそもアメリアさんはエルフであり、二百年以上も確認されていない種族なのだ。
人里の近くに住んでいるはずがない。
きっとここも、恐ろしく辺鄙な場所なのだろう。
ただ、一つ不自然に思うことがあった。
部屋数もそれなりにあるし、階段なども見受けられ、二階建て以上の建物であることが分かる。
しかし、誰の人影も見ないのだ。
まさか、使用人がユリちゃんだけというわけではないだろう。
これだけの広さなのだ。
一人では、掃除をするだけでも一日かかってしまうのではないだろうか。
「ここはアメリアさんとユリさんしか住んでいないのですか?」
「いえ、本来は四人で住んでいます。ただ、二人は長期の休暇をとっておりまして、今は私とユリだけなんです。屋敷も広いので、ちょっと寂しいですけどね」
四人でも少ないような印象を受けるが、まぁ納得できなくもない。
しかし、二人同時に長期休暇が認められるとは、アメリアさんはきっと寛大なご主人様なのだろう。
「あぁ、そうなんですね。それはユリさんも大変そうだ」
「確かにそうですね。たまには労ってあげないといけませんね」
軽く苦笑いをした後、アメリアさんは一枚の扉を開ける。
扉の先は渡り廊下になっていて、どうやらこの屋敷の離れに繋がっているようだった。
柔らかな風が吹き抜け、微かに磯の香りが鼻をくすぐる。
辺りを見回すと、どうやら荒野の反対側は広大な海が広がっているようだった。
離れの建物もそれなりに大きく、一般的な二階建て住宅ほどのサイズ感がある。
建物の中に入ると、灰色の石壁が暖色系の淡い明かりに照らされていて、少し薄暗い。
部屋の中には多くの書棚があり、おびただしい数の書物が並べられていた。
少しだが、見たこともない植物や鉱石なども置かれているようだ。
何だか怪しげな雰囲気の部屋に思えてしまう。
「これは、何というか凄い量の本ですね」
「何だかどんどん増えていってしまって……たまに私も、どこに何があるのか分からなくなっちゃうんですよね」
アメリアさんは苦笑いを浮かべ、軽く頭を掻くような仕草をした。
意外とお茶目な一面もあるのかもしれない。
「えっと~、確かこの辺に……」
部屋の中には、少し大きめの作業台のような机が置かれていた。
その近くには簡易的なベッドもあるようだ。
アメリアさんは、作業台の上に置かれた山のような書類をかき分け、目当ての物を探している。
「あっ、ありました! こちらです!」
アメリアさんは嬉しそうに、俺に向かって一部の新聞を差し出してきた。
その帯には、我が母国である“シアイン帝国”の国旗が描かれている。
間違いなく国営新聞社が発行した物だ。
日付は二月の十八日。
街が襲われた日から、丁度一週間後の日付だった。
「ありがとうございます。すみません、わざわざ」
「いえ、是非こちらにおかけになってお読みください」
アメリアさんは、作業台に向かって置かれた椅子を引いてくれた。
椅子は並んで二台置かれており、俺とアメリアさんが並んで座るようなかたちになる。
「それじゃあ、すみません。拝見します」
「ただの新聞なんですから、そんなに畏まらなくて良いんですよ?」
俺はアメリアさんに苦笑いで答えながら、新聞を開き目を通す。
そこに記されていた内容は、俺の想像を超える衝撃的なものだった。
俺やフレン、ジークが冒険者として暮らしていた街の名は“ディバロ”といった。
人口は約二十万人。
シアイン帝国領内の街で、国のほぼ中央に位置する街だ。
内陸ではあったが、土地の高低差が少なく交通の要所となっており、活気のある街だった。
そしてそのディバロという街は、三日というごく短期間で壊滅し、完全に放棄されてしまったようだ。
いったいどれだけの血が流れ、どれだけの人が死んだのだろう。
こんなことは、俺の知る歴史上初めてのことだった。
これは最早、シアイン帝国だけの問題ではない。
人族全体にとって未曾有の出来事だ。
「数万人の死者が出て、十数万人が難民となりました。その後も魔族の攻勢は続き、他の街や、ましてやシアイン帝国以外の国にも、同じような被害が出ている国もあります。このような状況で、レイズさんのお仲間や家族の安否を確認するのは、困難を極めるでしょう」
言葉が出てこなかった。
あまりの衝撃に、頭の中が纏まらない。
「勿論、どうしても行くと言うのであれば、私にそれを止める権利はありません。しかし、レイズさんの今の身体では、きっと目的を果たす前に倒れてしまうでしょう。しばらくはここに残り、療養することを私は強くお勧めします」
アメリアさんは、冷静に淡々とした口調で俺を諭した。
多分、アメリアさんの言っていることは正しいのだと思う。
大陸中がこんなことになっている中で、俺はどこに行って何をすれば良いのだろう。
フレンたちを探すどころか、それすらも分からない。
「……こ、これは、いったい何が起こっているんでしょうか」
「そうですね……私は端から見ている身ですが、“魔族が人族に戦争を仕掛けている”ように思えます」
「せ、戦争……?」
本来、そんなことは起こりえないはずだった。
そもそも魔族という種族は、一匹一匹の力は人族よりも強力な奴も多い一方で、その絶対数は人族には遠く及ばない種族のはずだ。
知能も低く組織力もない。
群れるとしても、せいぜい百匹程度の集落を作るくらいなものだ。
それが巨大な陣営となって戦争を起こすなど、常識では考えられない。
「信じられませんか?」
「そ、そうですね。とても……はい」
実際にディバロを壊滅させるとしたら、数百程度の数では困難だろう。
数千か、あるいは数万の魔族がディバロに押し寄せたことになる。
しかも、同じような目に遭った国が複数あるのであれば、その何倍もの数の魔族がこの大陸にいることになってしまうのではないだろうか。
そんなに急激に魔族が増えるなんてことはありえないことだ。
未だかつて、そんな前例はない。
これではまるで、降って湧いたかのようではないか。
不意に、アメリアさんの手が俺の手に触れた。
「え?」
見ると、俺の右の手のひらをアメリアさんの手が包み込んでいる。
心地よい温もりが、俺の心にまで沁みてくるようだった。
「レイズさん。混乱されるお気持ちは分かります。ですが、それが実際に起きている現実なのです。ですから、せめてレイズさんの身体が癒えるまでは、ここに留まってくださいませんか?」
「それは、本当にありがたいお話なのですが、俺には金もありませんし……」
「お金は要りません。もしレイズさんの気が済まないというであれば、ユリの仕事を手伝ってあげてくれませんか?」
「それくらいは勿論……でも、そんなことで良いのですか?」
「十分です」
アメリアさんは軽く目を閉じ頷く。
身体を治療してくれて、仮とはいえ住む場所まで提供してくれると言うのだ。
しかも金すらも要らないと言う。
まるで神様のようなエルフだ。
「……分かりました。すみません、お世話になります」
「良かったです。宜しくお願いしますね。レイズさん」
女神の微笑みは優しく、美しかった。




