5話 エルフの魔法
「それでは私から自己紹介させて頂きますね。私はアメリア・エーデルワイスと申します。隣はユリ。先日はユリを助けて頂いてありがとうございました」
「俺が、助けた……?」
エルフの女性改めアメリアさんの話からするに、獣人の少女ユリちゃんは、俺が思う人物で間違いなさそうだ。
しかし、俺の記憶が正しければ、俺のしたことはユリちゃんを突き飛ばしただけであり、あの状況を解決するものではなかった。
「あれ? 記憶にありませんか?」
「あぁ、いえ……ユリさん? のことは勿論覚えています。ただ、俺はユリさんを助けたとまでは言えなかったような気がして……」
アメリアさんは小さく首を横に振り、優しく微笑む。
「そんなことはありません。ユリは、あなたの行動にとても胸を打たれたそうですよ? 結果は別として、あなたのした行動は勇敢だと私は思います」
俺に胸を打たれたと言われたユリちゃんの顔に目をやると、またすぐに逸らされてしまった。
あまり良い印象を与えているようには思えない。
「すみません。ユリは少し、男性に慣れていないものでして。悪気はないんです。どうか、許してあげて下さい」
アメリアさんは困ったように笑い、ユリちゃんの頭を撫でた。
確かに、よく見るとユリちゃんの頬は少し赤く、恥ずかしがっているように見えなくもない。
アメリアさんの言葉を全て鵜呑みにするわけではないが、ひとまずはそういうことにしておいても良いだろう。
「ところで、そろそろ戦士様のお名前をお聞きしても?」
「あっ、これは失礼しました。俺は、レイズ・グラスノー。冒険者をしています」
反射的に、首元にあるはずの冒険者証を探す。
しかし、俺の左手は空を切るばかりで、何も掴むことはできなかった。
「レイズさんですね。お探しの物はちゃんとありますよ」
アメリアさんは、俺の前に紐のついたシルバーのプレートを差し出してきた。
レイヤ5を示す赤色の線が五本引かれている。
「大切な物ですものね。でもすみません。レイズさんの私物で、持ち帰ることができたのはこれだけでして……」
アメリアさんは申し訳なさそうに目を伏せた。
「あぁ、いえ、それは仕方ありません。それがあるだけでもありがたいです」
俺が街で出会ったのはユリちゃんだけだ。
アメリアさんがいたとしても、二人とも細身だし、鎧や槍を持ち帰ることは難しいだろう。
それにあの状況だったのだから、俺の身体を持つだけでも困難なのではないだろうか。
というか、それこそどうやって俺の身体を運んだのだろう。
俺は身長もそれなりに高いし、鍛えている分重い。
アメリアさんとユリちゃんの二人がかりでも、俺を背負えるとは思えなかった。
「そう言って貰えると、ありがたいです」
アメリアさんは一口、食事を口に運んだ。
一つ一つの所作に品があり、庶民的な料理がまるで高級料理のように見えてしまう。
「ところで、レイズさんにお願いしたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」
「はい。何でしょうか?」
「レイズさんには暫くこの家に滞在して欲しいのです。レイズさんの身体は私が治療させて頂いたのですが、かなり難しい治療でしたので、暫く経過を診させて頂きたくて……」
どうやら俺は、アメリアさんに治療を施して貰ったようだ。
明らかに致命傷だったあの傷を、いったいどうやって治療したというのだろう。
エルフには何か、俺の知らない秘術でもあるのだろうか。
「それは願ってもないことですが、その前にどうやって治療を? そもそも俺は生きているんでしょうか?」
馬鹿なことを聞いたかもしれない。
ただどうしても、今目の前に広がる世界に現実感が湧かなかったのだ。
傷一つない俺の身体、神聖な種族であるエルフの女性、まるで全てが夢の中の出来事のようにも思えた。
「そうですね……治療方法は魔法です。レイズさんの知る治癒魔法とはまた違った魔法だとは思いますが、結果的に見れば同じようなものです。そして、あなたはちゃんとこの世に存在しています。私もユリも、そしてレイズさんも、全て本物です」
既存の治癒魔法では、あそこからの回復は不可能と言って良いだろう。
だからこそ、治癒魔法とは違うというのはそうなのだろうが、その違った魔法というのは結局何なのだろうか。
あまり、納得のいくような答えではなかった。
「……そうなんですか?」
俺の想いを察してなのか、アメリアさんは少し黙り、部屋には沈黙が流れる。
ふと、アメリアさんは手を伸ばし、その手を俺の手に重ねた。
柔らかい感触と温もりが伝わってくる。
「納得できませんか?」
「い、いえ、そういうわけではなのですが、あまりにも現実感がなくて……」
「レイズさんの気持ちも凄くよく分かります。自分の身体のことですものね。ただ、口で説明するのも難しくて……その説明は追々させて下さい」
アメリアさんは、俺を上目遣いで見つめながら、優しく言葉を連ねた。
アメリアさんのような美人に見つめられると、気恥ずかしくもなる。
それに、こうして身体に触れられて温もりを感じると、少し現実感も湧いてくるのは確かだ。
目の前に座るアメリア・エーデルワイスという名のエルフが、俺を救ってくれたという事実に間違いはないだろう。
少なくとも、それが悪意によるものではないことは分かる。
そんなことをしたところで、何の得もないからだ。
ならば、俺のするべきことは、アメリアさんを疑うことだろうか。
追々説明してくれると言うのだから、ひとまずはそれでいいだろう。
それよりも、俺は人間として大切なことを忘れているのではないだろうか。
「色々とお気遣い頂いてありがとうございます。それと改めて、アメリアさん、それにユリさんも、救って頂いてありがとうございました」
アメリアさんは、俺から手を離し、元のように座って再び微笑んだ。
「どういたしまして」
気づくと、食事もそろそろ終わりに近づいていた。
やはり、腹が満たされるというのは良いもので、幸福感が湧いてくる。
「フレンは……俺と一緒にいた女性を知りませんか?」
「女性ですか? えーと、私は知らないですね。ユリはどうですか?」
「……走ってどこかに行った」
「そうですか……」
恐らく、フレンはあの場所を離れることはできたのだろう。
ただ、だからといって無事とは限らない。
そもそも、あの炎の巨人はどうしたのだろうか。
俺や、ユリちゃんがこうしていることを考えると、炎の巨人はフレンを追って行った可能性が高い。
そうなるとフレンがどうなったのか、悪い想像ばかりが脳裏に浮かんでしまう。
「レイズさん。心配なことは沢山あると思いますが、まずはゆっくり身体を休めることが肝心です。ご自身では大丈夫と思っているかもしれませんが、レイズさんの身体はとても不安定な状態なんです。いつ容体が急変してもおかしくありません。ですから、ここで療養をお願いしたいです」
アメリアさんは、まるで俺が考えていることを見透かしたように言った。
できることなら、俺は今すぐにでもフレンや仲間たちの安否を確かめたい。
「お気遣いありがとうございます。ただ……」
「ただ?」
「あそこには俺の大事な仲間たちがいたんです。皆の安否だけでも確認したい。少しだけでも外に出ることはできませんか?」
「なるほど、そうですか……」
アメリアさんはおもむろに立ち上がり、部屋の窓の前へと移動した。
そして、カーテンに手をかけ一気に開く。
窓から見える景色は、辺り一面に広がる荒野だった。
木々の一つも生えてはいない。
俺のいた街の近郊では、見たことのない景色だ。
「レイズさん。見ての通り、ここはレイズさんのいた街からは遠く離れた場所になります。そしてあなたもまた、一晩だけ寝ていたというわけではないのです。レイズさんが目覚めるまでには、実に三週間ほどの時間を要しました。そして、先の件は決着が既についています」
「……」
驚いた。
驚きのあまり、声を失ってしまった。
三週間というと、かなりの期間俺は寝ていたということになる。
医療について深い知識はないが、そもそも人間は、三週間も寝ていて大丈夫なのだろうか。
「そ、そうだったのですね。それで、その、決着というのはどのようなものだったのでしょうか?」
部屋の中を、また沈黙が支配した。
物音一つ聞こえない中で、アメリアさんはすぐに答えてはくれない。
冷静で、どんな感情ともとれない顔で俺を見ている。
「一応、新聞記事をとってあります。そちらを見るのが一番早いと思います。食事が終わったらお見せしますね」
「はい……」
アメリアさんは再び席に着き、食事を再開した。
俺もまた、掻き込むように食事を口に運ぶ。
三週間もの時間があれば、きっと様々な情報が出回っていることだろう。
街はどうなったのか、フレンや仲間たちは無事なのか、そして街を襲った魔族たちは何者だったのか。
全てはどうして起こったのか、その真実が知りたかった。




