39話 望んだ未来
暖かな日差し。
澄んだ空。
ディバロの三月は、冬が明けたとはいえ、まだそれなりに寒い。
朝のコーヒーを飲み、コートを羽織って外に出る。
今日は久々に故郷へと帰る予定だ。
そして、それはただの里帰りではない。
今回は、五年振りにクリスが村に帰ってくるのだ。
長い銀髪をなびかせ、美しくも凛々しく立つクリスの姿が頭の中に浮かんでくる。
俺の想像の中のクリスは、何故か聖騎士団の制服を着て敬礼をしていた。
入団はまだだというのに、気の早いことだ。
そういえば、五年も会っていないというのに、何故俺はクリスの顔や姿を想像できるのだろうか。
その姿は、俺の知るクリスとはまったく印象が異なるものだ。
ふと立ち止まり、首を傾げていると、後ろから俺を呼び止める声がした。
「レイズ!」
フレンの声だ。
軽快な足音が聞こえてきて、首を捻って振り向くと、軽く背中を叩かれる。
「おっはよ!」
「あぁ、おはよう」
フレンもまた、少し寒そうにしながら俺の隣につき、俺たちはともに歩みを進めた。
「フレンは、ギルドに行くのか?」
「ん~。まぁ、そんなとこ。レイズは里帰りだっけ?」
「あぁ、そうなんだよ。悪いけど、しばらくここを空けることになる」
「まぁ、それは良いんだけど……レイズ、何かいつもより嬉しそうじゃない? いつも面倒くさそうに帰るのに」
「え? そ、そうか? 別に、何もないけど……」
自分の顔に手を当ててみる。
どうやら気づかぬうちに口角が上がり、ニヤついたような顔をしていたようだ。
軽く頬を叩き、口を尖らせてみる。
フレンならまだしも、クリスの前で変な顔はしたくない。
油断しないよう、気をつけなければ。
「何か、余計変な顔になってるけど……」
「そ、そうか?」
「何かやな感じだな~」
「うるさいなぁ。ほっとけよ」
「……まぁ、良いけど!」
フレンは不満そうな顔をしながらも、前を向く。
フレンには、クリスの話をしたことはない。
別に後ろめたいことがあるわけではないのだが、わざわざ話すようなことでもないと思っている。
途中、通りかかった公園には、ジークたち家族が揃っていた。
アレク君がジークを追いかけ、走り回っている。
セレーヌさんはそんな様子をにこやかに見つめていた。
「ジークは、今日はオフかな?」
「あ~、そんなこと言ってたかも」
不意にジークと目が合う。
距離があったため手を振るに留まるが、アレク君を抱きかかえるジークも、その腕の中のアレク君も、とても幸せそうに笑っていた。
「幸せそうだね~」
「あぁ、そうだな」
少し歩いて、冒険者ギルドの前でフレンと別れる。
そして、街を出る馬車に乗せて貰い、ディバロを発った。
二頭立ての馬車で、荷台はそれなりに大きく、俺以外にも何人か乗り合わせている。
そして外では、冒険者パーティーが一組護衛に就いていた。
いつもは守る側だが、今日は守られる側。
気が楽だ。
馬車はゆっくりと進み、緩やかな揺れが心地よくなってくる。
(少し、眠るか)
柔らかなまどろみの中で、俺は眠りに落ちた。
目が覚める頃には、どこまで進んでいるだろう。
俺の瞼の裏には、またクリスの姿が浮かんできた。
ぼんやりとした頭の中、まとわりつくような血の臭いが鼻をつき、俺は目を覚ます。
広がる景色は、馬車に揺られる穏やかな街道ではなく、木々の生い茂る山の麓。
俺が消えてなくなるはずだった場所だ。
痛みや苦しみは殆ど消え去り、違和感はあるものの、意識ははっきりとしている。
そして俺の目の前に現れたのは、クリスでもフレンでもマックでもなく、金色の艶やかな髪をなびかせる、エルフの女だった。
「……アメリア」
「レイズさん……」
アメリアは地面に膝を着き、俺の隣に座っている。
アメリアの後ろには、仰向けに寝かされたフレンの姿が見えた。
フレンはぴくりとも動かず、その顔には一枚の布がかけられている。
「お前……どうして、ここに……」
「あっ、レイズ殿、起きたっすか?」
俺はその声に驚愕し、すぐに声がしたほうを見た。
その視線の先、俺やアメリアから少し離れたところで、マックとユリちゃんが火を起こす準備をしていた。
マックはいつも通りあっけらかんとして、ユリちゃんは少し安堵したように俺を見ている。
「マック……お前……!」
身体を起こそうとするが、上手く力を入れることができず起き上がれない。
それでも俺は、マックを睨みつけた。
煮えたぎる怒りと、殺意を込めて。
「そんな怖い目で見ないで欲しいっす。フレン殿のことは……残念だったっす」
マックは気まずそうに俺から目線を逸らし、俺に背中を向けた。
肩をすぼめながら、小さくなる。
「彼は、私の協力者の一人です。実は、レイズさんの手助けを、彼に頼んでいました」
「手助けだと……監視と言ったらどうなんだ」
まるで、流れてもいない血液が、沸騰するような感覚を覚える。
これまでの旅路、マックとの会話も契約も、そのすべてが茶番だったのだ。
そうだとしたら、フレンはどうなる。
フレンの死は、いったいどんな意味をもつ。
俺は、フレンを巻き込むだけ巻き込み、殺したのだ。
どうしようもない後悔。
そして自責の念が、俺の肩へとのしかかってくる。
俺は目を見開き、歯を食い縛りながらアメリアの顔を睨みつけた。
アメリアは困ったように眉をひそめ、溜息をつく。
「随分と、嫌われてしまっていますね……」
「……俺を助けたのか? 何故そんなことをする? 何が狙いだ? 俺に何をさせたい!?」
「……」
アメリアは黙り、目を閉じた。
そして呟くように、話しだす。
「レイズさん……まずは、謝らせて下さい。以前、あなたの感情を安易な方法で鎮めようとしたこと、とても後悔しています」
「……は?」
そんなことはどうでも良い。
俺はそんな言葉が聞きたいわけじゃない。
しかし、アメリアは俺の反応になど構わず言葉を続ける。
「大切な人だったんですか?」
アメリアは、横たわるフレンを見て言った。
「……答える必要はない」
「……そうですか」
少しの沈黙が流れた後、アメリアは俺の目を真っすぐに見つめる。
「蘇生、しますか?」
「……!!」
「確約はできませんが、今であれば蘇生が成功する可能性は高いでしょう。レイズさんは、またこの方に会える。話すことができる。触れることだってできるのです。蘇生魔法は、そのための魔法です」
“死”は、冷たく残酷で、どうしようもなく理不尽な事実だ。それを捻じ曲げ、もたらされる“蘇生”というものは、救いなのだろうか……
次話 第40話 Revival Magic
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